一章 『呪い』1/2
吹き抜ける暖かな風を頬に感じながら、授業を受けている。
退屈な授業。一般的な問題で、さほど難しくなく、寝ていても、取れるレベルだ。
こんな日は、寝るに限るとばかりに、机に突っ伏した。
「十文字! 寝てばかりいると、内心に響くぞ?」
「大丈夫でーす……進学しないので」
十文字秋人。職業、呪解師。光影高等学校に通う高校二年生だ。
頭は良いが、授業態度が悪い。テストの点だけで成績を取っているような奴だ。
それでも、そこそこの成績は、取れており、基本的には、優秀な生徒だ。
(はあ、つまんねぇ……)
最近、勉強はおろか、仕事もしていない秋人は、退屈で仕方がなかった。
秋人は窓の外を眺めながら、盛大にため息をついた。
(今日も……幽霊がたくさんいるなー……)
秋人は他の人には、見えないものが見える。それは、幽霊。
幽霊は、どこにでもいる。見えていないだけで、そこらじゅうにいる。
幽霊を見るためには、目に霊力を込める。これは、呪解師にとっては、重要なスキルだ。
祓う対象が見えないというなら、とんだ笑い者だ。
この学校は、平和そのもので、悪霊も、イタズラする幽霊もいやしない。鉛筆を落とす、ぐらいのポルターガイストは、あってもいいものだ。
秋人が窓を眺めながら、ぼーっとしていると、授業は、終わっていた。
教師も秋人を注意する気にならなかったのだろう。
ともあれ、昼休みだ。休みという響きだけで、気持ちが和らぐ。
秋人は、コンビニで買ったパンを取り出し、屋上に向かった。
屋上は基本的には、侵入禁止だ。自殺防止とかそんなところだろう。
鍵の壊れたドアをギギと音をたてながら、開けた。
いつもは、ドアの付近で壁に持たれながら食べるのだが、日当たりがいいからか、柵の方に向かった。
「イチャイチャしやがって……」
パンを一口、毟るように食べた。
秋人の目線には、イチャついているカップルがいた。
秋人は顔が悪いというわけではないが、彼女が出来たことは一度もない。
彼女にするなら、同業者。そう方が楽でいいからと、秋人は考えている。
秋人の知り合いには巫女もいるが、秋人は性格をあまり好んでいない。
毎日のように、嫌味を言われ続けると思うとゾッとする。
それに、秋人には彼女はいなくとも、相棒はいる。
「
相棒の名前を口にする。
どこからともなく、菊花は現れた。
「秋人……何?」
「暇だったからな」
「……」
菊花。一応、十文字菊花となっている。
菊花は、秋人の使い魔のようなものだ。数年前に、幽霊としてさまよっていた菊花を秋人が、使役霊として契約した。
見た目は、十二歳あたりといったところで、子供だ。江戸時代あたりに生きていたらしい。顔も将来は有望だと言ったような顔で、可愛いが、幼さを感じる。当然ながら、胸もなく、幼女そのものだ。髪は、綺麗な黒髪で、少し短い。薄いピンク色の着物を着ている。
菊花は、不満そうに、秋人を見つめる。
「秋人、最近、妖怪も悪霊もいない。つまらないの」
「ほんっとに……暇だよな……」
「「はあ……」」
二人同時に、深いため息をつく。
有り余った霊力は幽霊を見るぐらいにしか使えておらず、身体が鈍っている。
いっそ、探しに行くのも悪くないかとさえ思うほどだ。
妖怪や霊の類は、夜になるほど出現しやすくなる。
丑三つ時なんかが、特にそうだ。学校の怪談なんかでも、夜に行うだろう。
(学校の怪談か……)
聞いた話によると、この学校にもあるらしい。
特に問題視していなかったが、危険性があるかも知れない。
「菊花」
「なに?」
「今日の夜。仕事するぞ」
菊花は、顔をぱあっと輝かせ、大きく頷いた。
****
太陽はとっくに沈み、辺りは暗くなっている。
それも、午前零時。教師も生徒も家に帰り、学校には誰もいない。
そんな静かな夜に、耳につくような軽薄そうな声が響いた。
「夜の学校とかテンション上がるわー」
「私、肝試しとか初めてなんだけど」
「二人とも、はしゃぎ過ぎるなよ? 基本的に勝手に入るのは、駄目なんだから」
「うぃー」
男二人と女一人のグループだ。学校の怪談を確かめるべく、夜の学校に来ている。
坊主頭に金髪の男が、
三人共、罰ゲームで学校の怪談を確かめに来ている。
特にこれといった準備はしておらず、祟られたり、呪われたりすることは、微塵も考えていないようだ。
「行くなら、早く行こう。どうせ、幽霊なんていないよ」
「慎二君は、夢がないねー」
「慎二は、あんたと違って、子供じゃないの」
「男は、みんな子供だって」
全く内容のない話をしながら、三人は、学校の中に入っていく。
校内はとても暗く懐中電灯なしでは、前がよく見えない。
先頭の羽鳥が辺りを懐中電灯で照らしながら、立ち止まった。
「一つ目の怪談。十三階段」
「怪談と階段とかウケる!」
「進藤うるさい」
光影高等学校の一つ目の怪談。それは、十三階段。
十三階段は、本来、十二段である怪談が一段増え、十三段になっているというものだ。しかも、一段増えていることに気が付くと、違う世界に飛ばされてしまうという。
この階段は職員室前にあり、普段羽鳥達も通っており、変わっていたらすぐ気付く程だ。
羽鳥がまずは自分からと、最初に階段の数を数え始めた。
「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二……増えて……ないな」
「マジで! この怪談は嘘かー」
「全部そうとは、限んないしね。次の行こうよ」
「そうだね」
階段には、全くと言っていいほど、何もなかった。
進藤はつまんねぇーと言いながら、とぼとぼ歩いている。
羽鳥は進藤をなだめながら、次の怪談を確認する。
二つ目の怪談は、動く人体模型。人体模型がなくなった心臓を探して、校内を徘徊するという怪談だ。
遭遇した場合は、なくなった心臓を渡さないと、自分の心臓を取られてしまう。
だから、これは、心臓を取ってしばらくしてからどうなるかというものだ。今すぐ動き出すものではない。
「じゃあ、俺が心臓持っとくわ」
「なくさないでよ? 先生に怒られるだろうし」
「なくさねぇよ!」
「美月は心配症だな。いくら、圭でもなくさないよ」
「こいつのことだから、ちょー心配なんだけど……」
「任せとけよ!」
進藤は胸を張り、どんと自分の胸を叩いた。
羽鳥は苦笑しながら、次の怪談の場所に向かった。
三つ目は、一番重要な怪談だ。三つ目までは、怪談を順番通りに回らなくてはいけないというルールがなければ、真っ先に行うほどだ。
三つ目は、使われなくなった一の六の教室の時計を二時に合わせるというものだ。その時計を二時にすると、霊が現れやすくなるそうだ。聞いた話によると、時間を二時にしてから、ポルターガイストが起こったとかなんとか。
霜田は椅子の上に乗り、時計を二時合わした。
「怪談が本当なら、ここからが本番だな」
「うっひょー! テンション上がってきたー!」
「幽霊出てきたら、真っ先にやられそうだね、あんた……」
「この! 俺の! パンチをお見舞いしてやるぜ!」
進藤は何もないところに、パンチを一回二回と繰り出した。
余程の自信があるようだが、幽霊相手に物理の攻撃など効くのだろうか? 進藤は、そんなことも考えていないようだ。
時計を二時に合わした今も、校内は静かで不気味な程だ。
三人は教室を出た後、少し異変に気が付いた。
「なんか……寒くない?」
「そうだな……」
「でも、夜だし冷え込むんじゃね?」
「そう……だよな……」
それでも、明らかに温度が下がっていた。実際の温度は分からないが、体感的には確実に。
時計を二時に合わした影響なのだろうか? 三人には、少し恐怖が生まれていた。
その三人を追い込むように、ドアの開く音が聞こえた。
『っ!?』
三人は瞬時に振り返るが、誰もいない。気のせいかとも思ったが、違った。ドアは、開いたままだった。
羽鳥が見を案じてか、ある提案をした。
「どうする?」
「ど、どうするって?」
「このまま続行するか、帰るか……」
「ここまで来たら、やるでしょ!」
「……美月は?」
「やる……怖がりだと思われたくないし」
二人共、続行すると答えた。時計を二時に合わせた今、危険な状況にあると羽鳥は考えている。本当なら、帰らしたいところだろう。でも、二人がやると言ってしまった以上は、仕方がない。
羽鳥も懐中電灯を握りしめ、深く頷いた。
「じゃあ、行こうか」
三つ目以降の怪談は、順番通りじゃなくても、いいのだが、どうせならということで、順番通り四つ目の場所に移動した。
****
「はあ、はぁ……」
「一体……あれは……」
羽鳥達が、四つ目に向かう途中のことだった。
四つ目は、音楽室のピアノだ。誰もいないはずの音楽室からピアノの音がする。その弾いていた曲と同じものを弾くと女の子の霊が消えるらしい。逆に弾けないと殺されてしまうらしい。
その四つ目の場所に行くはずだった。でも、その前に五つ目の怪談の動く足に遭遇してしまった。
その足が追いかけてきて、今に至る。羽鳥と霜田は一緒にいるが、進藤とははぐれてしまった。
「美月……先に帰れ」
「え?」
「進藤を探してから行くから」
「でも、それじゃあ……」
「大丈夫」
羽鳥の有無を言わさない表情に、霜田は頷いた。
霜田が下に降りていくのを確認すると、羽鳥は気合いを入れた。
「行くか……」
やや早歩きで、校内を探索し始めた。
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