生命と太陽をこわす

 アメノミナカヌシは、地球に悪がはびこり、人類が考えることはいつも悪いことばかりであるのを見た。アメノミナカヌシは、地球に人類をつくったことを後悔して心を痛めた。このままでは、だれかさんに怒られる……。

 案の定、アメノミナカヌシはだれかさんに呼び出されて、人類について何とかするように指示された。

 アメノミナカヌシは、オオナムチを呼び寄せて次のように言った。

「私はすべての人類を絶やそうと決心した。彼らは地球を暴力と憎悪で満たしたから、彼らを地球とともに滅ぼそうと思う。あなたは宇宙船をつくり、宇宙船の中に部屋を設けなさい。そのつくり方は、別紙の設計図のとおりにしなさい。私は地上に洪水を送って生命をすべて滅ぼし去る。地上にあるものは皆死に絶えるであろう。ただし、私はあなたと契約を結ぼう。あなたはあなたの家族とともに宇宙船に入りなさい。そして、すべての生き物の雄と雌を集めて宇宙船に入れなさい。また、あなたたちの食べ物を採って蓄えておきなさい」

 オオナムチは、アメノミナカヌシの差し出した別紙の設計図のとおりに宇宙船をつくって、アルゴ号と名付けた。アルゴ号は、方舟のような形状をしていた。


 さて、オオナムチがアルゴ号をつくり終え、生き物と食べ物を積み込むと、待ってましたとばかりに雨が降り洪水がおこった。そこで、オオナムチとその家族はアルゴ号に入り、洪水が収まるのを待った。

 雨は激しく降り続き、洪水はさらに勢いづき水嵩が増したため、アルゴ号は地上から浮き、流されて漂った。

 洪水は地上にみなぎり、山々はすべて水で覆われるまでになった。地上の生き物はすべて人類を含め皆滅んだ。ただオオナムチの家族とアルゴ号に入った生き物だけが残った。豪雨は40日間続き、水は150日間地上を満たした。


 アメノミナカヌシは、水を退かせるため、太陽の熱で地上を乾かそうとした。そのために太陽を少しだけ大きくした。太陽の熱が地上に多く届くようになって、地上は乾燥した。しかし、だれかさんの意に反して、太陽は大きくなり続けて、地上は熱くなりすぎた。もはや生命が住める環境ではなくなってしまった。

 だれかさんは、オオナムチとアルゴ号の中の生き物のことを気にかけ、地上に風を吹かせた。風はアルゴ号を勢いよく吹き飛ばした。アルゴ号は地球から離れて、宇宙を漂っていった。

 太陽が膨張して赤色巨星となったのは、第200億年目である。


 オオナムチたちを乗せたアルゴ号は、火星に向かうことにした。地球が熱くなりすぎた分、そのひとつ外の軌道を回っている火星はちょうどよい気候になっていると考えたからである。そして宇宙空間を長い間航行した末に、火星にたどり着いた。アルゴ号は着陸する際、大きな岩にぶつかって、船尾を壊してしまったが、何とか無事に到着した。

 オオナムチは、火星が生活するのに適した環境かどうかを調べるために鳩を放った。鳩はすぐに戻って来た。しばらく待った後、再び鳩を放つと、鳩はオリーブの葉をくわえて戻って来た。さらにしばらく待った後、もう一度鳩を放つと、もう鳩は戻って来なかった。その夜、空を見上げると鳩は「はと座」になっていた。どうやら、火星に住むことができそうだった。

 このとき、アメノミナカヌシはオオナムチに言った。「あなととあなたの家族は宇宙船を出なさい。あなたの連れてきた生き物を宇宙船から連れ出しなさい。そして、この火星に増え広がるようにしなさい」

 オオナムチは、家族と共にアルゴ号を出て、生き物たちを連れ出した。生き物たちは火星のあちこちに散らばっていった。

 オオナムチは、火星に到着したことを記念して、アルゴ号を「りゅうこつ座」と「ほ座」と「とも座」と「らしんばん座」の4つに分解して、それぞれを星座にした。また、着陸した場所を「ノア」と名付けて、大きな宮殿を建設しようと考えたが、火星にはまだ大きな宮殿をつくるための建設資材がなく、オオナムチの家族だけでは無理だったので、宮殿建設は子孫に託すことにした。とりあえず、「さいだん座」をつくっておいた。


 やがて、オオナムチの子孫は増えて、火星はかつての地球のように多くの生き物で繁栄した。オオナムチの子孫は、何世代にもわたって大きな宮殿の建設に携わった。彼らは皆、同じ言葉をしゃべっていたので、協力して建設を続けることができ、宮殿は天にも届くかと思えるほど高くなっていった。

 それでもまだ宮殿は建設中であった。ある者は、この宮殿を「バベルの塔」と呼び、またある者は「サグラダ・ファミリア教会」と呼んだ。

 さらにある者は、人類はこのように天に届く宮殿をつくることができるのだから人類が最も偉いのだと語り、これに賛同する者が何人も現れた。

 アメノミナカヌシは、人類が皆同じ言葉を話すので、背の高い建造物をつくり驕り高ぶるような考えが生まれるのだと思い、彼らが互いに言葉を理解できないようにした。彼らは宮殿の建設をやめ、火星の各地に別々に住むようになった。

 アメノミナカヌシは、これで人類は愚かな行いをしないであろうと考えた。


 人類は、しばらくの間はおとなしく過ごしていた。しかし、やがて各地で四角錐の建造物をつくる者が現れた。そのうちのいくつかは、巨大化してピラミッドと呼ばれるようになった。

 また、各地で空中庭園をつくる者もいた。このうち、最初につくられたものは、バビロンの空中庭園と呼ばれた。

 さらに、各地で巨大な宮殿が数多くつくられた。グラズヘイムのヴァルハラは黄金色に輝いていた。ヴェルサイユ宮殿はバロック建築の豪華な建物のほかに広大な庭園もつくられた。クレムリン宮殿は大小様々な宮殿が複合したものであった。

 人類の巨大な建造物は、やがて、天に向かって競争するように高く高くなっていった。

 法隆寺などでは、地・水・火・風・空を現す五重塔がつくらた。また、万国博覧会が開催されると記念にエッフェル塔や太陽の塔がつくられた。スカイツリーは、もうすぐ天に届く高さにまで到達した。

 ジャックは庭に豆を植えて水をやると豆は巨木に成長し、ついに天まで届いてしまった。


 アメノミナカヌシは、人類が同じ過ちを繰り返しているのを見て言いようのない無力感を感じた。そこでホヒを火星に遣わして人類を平定しようとした。ホヒは火星で人類にこびへつらって役に立たなかった。次にアメノミナカヌシは、アメワカヒコを火星に遣わした。しかし何年たってもアメワカヒコからは何の音沙汰もないので、アメノミナカヌシはアメワカヒコの様子を調べさせるために雉を遣わした。

 雉がアメワカヒコのもとに飛んでいくと、アメワカヒコは射撃の練習をしていた。アメワカヒコは、「いいカモが来た」とばかりに雉を射殺してしまった。

 雉も戻って来ないので、アメノミナカヌシは、タケミカヅチを遣わした。

 タケミカヅチは、火星ではなく太陽に向かった。そして、太陽の表面のガスを噴き出させた。ガスは太陽系を広く覆い尽くした。火星は太陽からのガスに包まれ、その気流の乱れによって雷が発生した。人類は悉く雷に撃たれた。タケミカヅチの勝ちだった。

 赤色巨星となっていた太陽は、外層のガスを放出し、このガスが惑星状星雲となった。一方、中心核は自分自身の重力で収縮し高温高密度の白色矮星となった。白色矮星はもはや核融合反応を起こすエネルギー源がないため、放射によりエネルギーを失い、徐々に表面温度が下がっていった。これが第260億年目である。



                             まだ つづく




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