生命をつくる

 アメノミナカヌシは、思案中だった。なぜなら、太陽系は面白味のない単純な回転運動に支配されていたからだ。複雑な周転円を使った配置のほうが楽しくて良かったとさえ思いはじめていた。

 そこで、アメノミナカヌシは、太陽系に生命をつくろうと考えた。どのようにすればうまくできるかわからなかったが、成功しても失敗しても、面白いものはできるだろう。とりあえず、オオゲツヒメを地球に派遣した。

 オオゲツヒメは、まず空と水に分けた。地球が水の惑星と呼ばれるようになった所以である。そして、水をひとつ所に集め、乾いた地をあらわした。この乾いた地を陸と名付け、水の集まったところを海と名付けた。オオゲツヒメはこれをみてよしとした。陸は、まだゴツゴツした岩山があるだけの殺風景な場所だった。

 海の中では、化学変化によって次第に複雑な物質がつくられ、生物の素となるタンパク質や核酸が生まれた。これが進化してバクテリアとなった。

 地球に原始生命が誕生したのは、第98億年目である。

 バクテリアは進化を続け、真核生物が生まれ、多細胞生物が生まれた。カンブリア紀には、生物が爆発的に多様化した。やがて、三葉虫が繁栄し、魚類が生まれた。

 オオゲツヒメが陸上に植物をつくるための段取りをしていると……。

 追放されたスサノオが、地球にやってきた。

 せっかくマイペースで作業していたのに、途中で邪魔されたオオゲツヒメは、一度チッと舌打ちした後、気を取り直してスサノオを作り笑いで出迎えた。

「空腹なんだ。何か食べ物はないか」スサノオは、挨拶もそこそこに尋ねた。

「あら、ごめんなさいね。まだこの地球では何も食べられるものはないのよ。でも、ちょっと待っててね。準備してくるから」そう言ってオオゲツヒメは岩陰に隠れた。

 オオゲツヒメは鼻と口と尻からものを出して、それを料理して差し出した。見栄えは良くなかったが、他に何もないので仕方がない。

 岩陰から出ると、スサノオが顔をしかめてこちらを見ていた。どうやら料理しているところを見られてしまったようだ。

 スサノオは、近づいてきて料理を一瞥すると、いきなり「おのれ、ゴルゴーン!」と叫びながらオオゲツヒメを突き飛ばした。

「あれ~~」

 オオゲツヒメは、スサノオの怪力で勢いよく飛んで行った。そして、岩山で頭を強打して死んでしまった。

 オオゲツヒメの頭からは蚕が生まれ、ふたつの目から稲ができ、ふたつの耳から粟ができ、鼻から小豆ができ、股の間から麦ができ、尻から大豆ができた。

 スサノオは、これらを採って種を蒔いて、食料とした。スサノオは、これをみてよしとした。植物が陸上に現れ、種子植物や昆虫が生まれたのは、第133億年目である。

 その後、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類と多様に進化して、いろいろな生物が生まれた。



 スサノオは、地球の上を歩きまわった。そして、とある山の麓まで行き、そこから川の上流に向かってさらに歩いていくと、おじさんとおばさんがいて、少女を抱いて泣いていた。その光景はどこかで見たような気がしたが思い出せなかった。

「どうして泣いているのかな?」スサノオは尋ねた。

「あぁ、みっともないところを見られてしまいました。あなたはどなたですか?」逆におじさんがスサノオに聞いてきた。

「俺はスサノオだ。アマテラスの弟で、さっきまで太陽系をつくる仕事をしていたんだ」

「それは、恐れ多いことです。私はここイズモの国の長で、アシナヅチといいます。妻の名はテナヅチ、娘の名はクシナダヒメといいます。もうすぐ、ヤマタノオロチがやってきて、娘を食べてしまうのです。だから泣いているのです」アシナヅチが答えた。

「あなたはペルセウスよりも偉い方だったのですね。私たちは決してエチオピアのケフェウスとカシオペアとアンドロメダではありません」テナヅチは取り乱していて意味不明なことを喚いた。

「ヤマタノオロチ?何だそれは?」スサノオはテナヅチの言葉を無視してアシナヅチに尋ねた。

「海の怪獣ではありません」テナヅチは呻いた。

「ヤマタノオロチは、目が丹波酸漿たんばほおずきのように真っ赤で、ひとつの身体に頭が八つ、尾が八つもある、とても恐ろしい大蛇です」アシナヅチは、テナヅチを押さえて、ヤマタノオロチがいかに巨大でおぞましい姿形をしているかをスサノオに説明した。

「なるほど、おまえのその美しい娘を俺にくれるなら、ヤマタノオロチを退治してやろう」とスサノオ。

「はい、娘の命が助かるのなら、よろこんで差し上げましょう」とアシナヅチ。

「超大陸パンゲアが形成され、火山活動が活発になっています」とテナヅチ。相変わらず混乱している。

 スサノオは、ヤマタノオロチ退治の準備として、まずアシナヅチとテナヅチに八回醸した強い酒をつくらせた。次に垣をつくって八つの門をつくり、その門ごとに酒桶を置いて、酒をいっぱい入れさせた。

 準備が完了してスサノオたちは物陰に隠れて息をひそめて待った。

「ヤマタノオロチは、やってくるだろうか」とスサノオ。

「絶対にやって来ます」とアシナヅチ。

「恐竜や鳥類、被子植物が生まれました」とテナヅチ。まだ混乱しているのか。

 すると、ヤマタノオロチがやって来て、酒桶ごとに首を突っ込んで酒を飲み始めた。

「よし、酒を飲んでいるぞ」とスサノオ。

「酔っ払って眠ってしまいました」とアシナヅチ。

「超大陸パンゲアが分裂しはじめました」とテナヅチ、やっぱり混乱中。

そこでスサノオは十拳剣とつかのつるぎを抜いて、ヤマタノオロチの身体をずたずたに切り刻んだ。

 ヤマタノオロチの尾を切り裂くと、中から大刀が出てきた。

「おぉ! これは、草薙の剣だ」とスサノオ。

「アマテラス様に献上すべきです」とアシナヅチ。

「恐竜が絶滅しました」とテナヅチ。

 このように、テナヅチが言ったとおりに恐竜が繁栄した時代は終わった。第137億年目のことである。

 スサノオは、クシナダヒメを娶って、よしとした。



                             つづく はず

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