第3次選考 これって戦争なのよね、とあの人も言ってました。②

 程なくして日野からメールがあり、指定されたのは割と家の近くにある喫茶店。昔ながらの煉瓦造りで、コーヒーのいい匂いが店内を満たしている。店員は一人。壮年のおじさんが、流し台で皿を洗っていた。


 ランチのピークは過ぎたようで、客は俺を含めれば、二人しかいなかった。


 ブレンドを注文した後、貧乏揺すりしながら日野の到着を待っていた。

 俺が店に到着して数分後、ドア鈴が鳴った。振り返ると、俺と同じ年頃の女子高生が入ってきた。店内を軽く見回した後、真っ直ぐこちらにやってきた。


「秋月勇斗さんですね」


 側に来るなり、少女は尋ねた。


 こいつが日野霧音? 俺が目を細めた。


 やや灰色に近い髪を二つにくくり、目を小さく、化粧はあまりしておらずあか抜けない顔をしている。起伏に乏しく、これといった特徴がない。ブラウン生地の冬服の制服が、地味の印象をさらに強めている。


 電話から察せられる日野霧音のイメージとは大きくかけ離れていた。


「そうだ……。あんたが日野霧音、か?」


 すると少女はおもむろに制服の襟元をぎゅっと引っ張った。わずかに下着が見え隠れする中、俺は体に刻まれた文字を確認した。


「あんた……」


 言った口を閉じることが出来なかった。


「察しの通りです。私は日野霧音ではなく、ただのバイパスです」

「バイパス?」


 俺が片眉を上げる。


 少女は目の前に座ると、注文を聞きに来た店員にカプチーノを頼んだ。


円環クラブのメンバーは常に出版社や魔術協会、魔術特許局から狙われる存在です。だから私のような人間を使い、間接的に接触するのです」

「俺が言いたいのは、あんたがそんな文字まで刻まれて、犯罪に荷担している事を了承しているのか――ってことだ」


 俺はつい立ち上がって、少女をのぞき込んだ。


「仕方ありません。……それよりもお話をさせてもらってもよろしいでしょうか?」

「仕方ありませんって」と俺は座り直す。「あんた、名前は?」

「いかようにでもお呼び下さい。……名無しの権兵衛、ノーネイム、ヤン・ペルジン、……空白でもいいですよ」


 はあ、と俺はため息を吐いた。彼女の情報すら秘匿されているらしい。


「話を続けても?」

「かまわねぇよ」


 すっかり怒りが冷めていた。

 本人が出てくるなんていう展開は期待していなかったが、ここまで肩すかしを食らうと思わなかった。自称「名無しの権兵衛」は操られているとわかっていながら、まるで悲壮感が漂ってこない。これは仕事だ、と完全に割り切っているように見えた。


「円環はあなたに協力したいと思っています」

「協力?」

「我々は、あなたがフルカスを現世に留めておきたい、そう考えていると理解しています」

「――――!」


 ストレートな指摘に、言葉を失った。

 無意識に胸を押さえる。滲み出た欲望を抑えるように。だが心臓は正直で、徐々に心拍数を上げていくのがわかった。


 俺はなるべく平静を保ちつつ「それで」という言葉を振り絞った。


「円環は、そのフルカスを現世に留めておく技術を提供したいと考えています」

「タダ……という訳ではないんだろ」


 相手の思考を探るように、俺は少女の瞳の奥を見つめた。


「代価は要求いたしません。お望みであれば、フルカスを一生使役していただいても我々はかまわないと考えます。つまりはあなたのもの――というわけです」

「フルカスはものじゃない」


 即座に反論した。

 怒気を含んだ視線を叩きつけると、少女は一瞬口を噤んだ後「すいません」と謝罪した。


 注文したカプチーノが運ばれてきた。店員はテーブルに置くと、一礼して去っていく。離れた頃合いを見て、俺は話を続けた。


「しかし……俺に有利な事だらけだが、あんたらにとってはメリットはあるのか?」

「ご承知の通り、フルカスはこれまで一度の召喚にしか応じていない珍しい悪魔です。しかし二度目となる今回の召喚は、用途が制限される限定契約。あなたが書鬼官になった瞬間、彼女は異界に帰ってしまう。これはあまりにももったいない。魔術界の大きな損失です。あなたもそう思っている――と円環は理解していますが」


 俺は答えなかった。だが、沈黙は是ということも承知していた。


 円環の理解とやらを否定できるほど、フルカスが異界に帰ってしまう事に、寛容になれない自分がいる。浅ましい――女々しいと思う。けれど、心のどこかで――思考の片隅で考えてしまう。


 ――彼女を描きたい。


 一生フルカスを書き続けたい。その欲望がまるで甘い蜜のように自分を支配するのだ。

 ただし、と言う接続語に、俺は我を取り戻した。


「一つ条件があります」

「なんだよ? やっぱり代価を要求するんじゃないか?」

「いえ。これはあなた方に何かしろ、という要求ではありません。ただ――」



 円環クラブに入っていただきたい……。



 少女の言葉は凛と静かな店に響き渡った。


「円環に……? 俺が?」

「正しくは俺達がです」

「馬鹿を言うな! 俺達にお前達みたいなことをさせる気か!」

「説明を最後まで聞いてください。……先ほども申し上げたように、円環はあなた方に直接的な行動を要求しない」

「つまり間接的な行動は要求するってことだろ。あんたみたいなバイパスになれってことじゃないのか?」


 少女は軽く首を振った。


「それとも違う。……あなたは円環の最大の目的をご存じでしょうか?」

「知らないね。一応、秘密結社なんだろ?」

「円環の目的は、第三勢力の台頭……」

「第……三…………?」

「魔術界は今も昔もシンプルな構造を取っている。すなわち魔術を行使するものと魔術を買うもの。そうした二つの関係が、魔術界を歪に形成していった。ちなみにフルカスの市場価値を貨幣に換算すると、いくらになるかご存じですか?」

「価値なんてそんな……」

「答えは三十億円です……」

「三、十――――!」


 高いと思っていたが、予想を上回る額だった。


「F35ステルス戦闘機を一機買うのに百億円すると言われます。その3分の1だと考えるなら、安い買い物でしょう。……すいません。こういう話はお嫌いでしたね」


 俺の目を見て、少女はそれ以上何も言わなかった。

 仕切り直しをはかるため、カプチーノに口を付ける。俺もブレンドに手を伸ばし、一口すすった。


「魔術は総じて高価な商品です。安価な占術の行使でも、五百万は下りません。しかしそれでは魔術というのは、肥え太った浪費家や富裕層のためにあるものなのでしょうか?」


 少女は一拍置く。俺の目を見て、答えを探っているような気がした。


「答えはノーです。魔術は弱者のためにこそ存在する。弱者が強者に対抗するために生まれた技術のはずです。ですが、実際は違います」


 ヒートアップする弁舌を冷ますように、少女はもう一度カプチーノに口を付けた。


「我々の目的は、魔術を弱者に分け与えること。そのための第三勢力として立ち上がりました」

「そこまではわかった。――で、あんたらは俺らに何をさせたい」


「何も」と短く答えた後、少女は「ですが」と切り返した。


「あなた方には、我々の象徴となってもらいたい」

「象徴?」

「我々はまだ組織として未熟です。抱える悪魔も少ない。……ですが、フルカスという悪魔のネームバリュー、そして悪魔としての格は我々の希望になる。円環はそう考えている」

「俺達に広告塔になれってことか?」


「有り体に申せば」と少女はまたカップを口に近づけた。


「断る」


 カップを持つ手が止まる少女。

 すっと視線が俺の方に向けられる。


「即答しましたね。一応、理由をお聞きしましょうか?」


 そう言って、カップを戻した。


「あんたらが気にくわない」

「後学のため訊かせてください。どの辺りが?」

「理由は二つある。一つはあんたらは弱者の味方だ、と言ってはいるが、今目の前にいる君を操っているヤツが果たして弱者なのか? 人質をとって、人間の心を犯した人間が、果たして弱者だと言えるのか。答えはノーだ。……まずその点が矛盾している事が一点」


「なるほど」とカップに口を付けた。


「二つ目。俺は自分を弱者だと思ってない。だから、あんたらのお仲間に入れない」

「面白い見解ですね。……その心は?」

「単純な理由だ。俺はフルカスがすげぇ可愛いと思ってる。けどあいつが恐ろしいということもわかってる。そんな存在に『主』と呼ばれる俺が、弱者なんていえるかよ。そんな人間が弱者の象徴だ、なんてどうして言える」


 なるほど、と少女は頷いた。


「あんたらも弱者の味方であるというなら、徹底して弱者であるべきだ。それなら、少しはあんたらの話を聞いたかもしれないがな」

「残念ですね。しかしなかなかしっかりした考えをお持ちですね。私はそんな考えに至れない。……なぜなら、私は弱者ですから」


 少女は立ち上がって、二枚のレシートを拾い上げる。


「あ、おい……」


「おかまいなく」とレシートをプラプラと振った。


「いや、そうじゃなくて。あんたは大丈夫なのか? その……。俺が断ったら、円環から制裁を受けたりはしないのか?」


 少女は口元を抑えて笑った。


「だったら、さっきの話を受けてもらえますか?」

「それは――――」

「優しいんですね、秋月くんは」


 少女は笑顔を浮かべる。ここに来て、初めて人間らしい表情を見せた。


「私もあなたぐらい強ければいいのに」

「いや、俺なんか全然……。正直、迷ってばっかりだ。でも――。俺みたいなヤツでも、信じてくれる人間がいる、からかな」


 そうだ。


 ……多分フルカスがいなければ、ここまで来ることが出来なかった。よみが自分の夢を諦めてまで声を出さなければ死んでいたかもしれない。先輩がいなければ、書くことすら諦めていたかもしれない。


 この世に強い人間だと偽る人間がいても、真に強い人間なんていないのかもしれない。


「気を付けてください」


 少女は声のトーンを落とし、忠告した。


「日野霧音は円環クラブの中でも特殊な人間です。組織の中でも、その姿を見たものはごく少数だと言われています。やりとりはすべて携帯電話で、私も声しか聞いた事がありません」

「あんた――」


 いきなり円環のメンバーについて暴露をした少女に、俺は驚いた。

 少女は優しく微笑みかけた。


「私も少しだけでも強くなりたいから」


 そう言い残し、会計を済ませた彼女は、ドア鈴を鳴らしてドアを開く。

 出ていくのかと思いきや、その場に立って呟いた。


「光里ちゃんのこと。ありがとう」


 そして名無しの権兵衛は店を後にした。

 俺は見送った後、テーブルに残ったブレンドに口を付けた。

 今ごろになって、ミルクも砂糖もいれていないコーヒーの「苦み」を知った。




 円環との邂逅を終えた俺は、激しい後悔に襲われていた。

 あいつらのやってること、言っていること、野望――すべて気にくわないものの、フルカスを現世に留めておくという技術には興味があった。


 後出しと言うことを考えれば、円環の技術とやらの恩恵を受けた後で、あっさりと裏切っても問題なかったのだ。


 おしいことをした!


 まあ、フルカスは例え相手が悪人であろうと、そういうことは嫌いだろうが。


「そう言えば、あいつは俺と別れる事をどう思っているんだろう?」


 無意識に俺は真っ青な秋空に尋ねていた。

 ふと考えながら、俺は家の方に向かった。


「秋月」


 背中に声がかかった。

 振り返ると、嶋井鳴子先輩が日傘を差して立っていた。

 ゴスロリ姿ではなく、普通の私服。眼鏡もかけ、髪を三つ編みにしている。俺が一番よく知る先輩の姿だった。


 俺は一瞬反応に迷った。


 円環の連中以上に、今もっとも会いたくない人物だからだ。

 それは向こうも同じなはず。先日の別れの印象は、最悪だった。


 そもそも俺達は、数日後殺し合わなければならないのだ。


「おは、おは――――……」


 おはようございます、と挨拶しようとしたが、ついどもってしまう。ちなみに今は昼過ぎだ。

 鳴子先輩は眼鏡の奥でキッと睨み付けると。


「話がある。ちょっとついてこい」


 と翻って、歩き始めた。

 反論する余地すら挟めない態度に、俺はポケットに手を入れて、先輩の後を追った。



        ※          ※          ※



 一人秋月家の和室で瞑想していたフルカスは妙な気配を感じ、立ち上がった。

 襖(ふすま)を開け、リビングへと向かう。その時になって、武人であるフルカスはすでに来訪者の正体に気付いていた。


 リビングの戸を開け、中をうかがう。その人物――その悪魔は、リビングのガラス戸から見える中庭に、一匹佇んでいた。


 フルカスはガラス戸を開ける。


「立ち話もなんだ。入られよ、ザガン」


 半透明の肌をした悪魔ザガンは、無言のまま縁台に足をかける。素足であることに気付いた。フルカスは一度リビングを出て、浴室で乾かしていたタオルを渡す。


 頭にかけられた布地の匂いが気に入ったのか、すっと息を吸い込んだ。


「感謝①」

「無用だ。それよりもよく拭いて、上がってくれ。床を汚しては主に怒られる」

「承知①」


 悪魔騎士の忠告に、悪魔の王は素直に従う。

 その光景を見ながら、フルカスはやかんに水を入れはじめた。その底に手を当て、軽く魔力を解放した。一瞬にして水はお湯になり、用意していたティーポットに注ぐ。緑茶の良い香りが、辺りに立ちこめた。


「疑問①」

「緑茶だ。知らぬか?」


 説明して、カップに注ぎ、テーブルに座ったザガンに差し出した。

 現代に顕現した以降、様々なものを飲んだが、フルカスは緑茶を好んだ。程良い渋みの中に、甘味と深い味わいがあり、飲めば飲むほど味の広がりと発見をもたらしてくれる。


 古代イスラエル時代。東方西方問わず、様々な飲料物を飲んできたが、そのどれにも緑茶に匹敵するものはなかった。最初飲んだ時は、これこそ伝説の甘露ではないかと疑ったほどだ。


 ザガンはカップの柄を持って、一口すする。


「抗議①」


 とひりひりする舌を出した。


「猫舌か。ならば冷めるまでしばし待て」


 フルカスもカップに口を付けた。


「賛同①」


 頷いて、カップを受け皿に戻した。


 匂いと味を堪能したフルカスは、珍客とも言える相手にまず先制した。


「それで何用だ、ザガン。どうやら主を連れておらぬようだが」


 周囲を目だけで伺った。ザガンは首肯する。


「単独①」

「それで……。数千年ほど会っていなかった同僚と、語らいにでも来たのか?」

「肯定①」


 ザガンの反応は、実はフルカスから見て意外だった。言ってはみたものの、本当に肯定されるとは思わなかったからだ。


 ――そもそも、こやつの思考は王の中でも特殊だ。詮索してもせんのないことか……。


 余計な腹のさぐり合いは、のれんに腕倒しだ。


「追加①。一つ、お前に訊いておかなければならないことがある」


 秋月家に来て、初めての長文の会話だった。


「なんだ?」

「質問①。何故、数千年の沈黙を破り。現界したのだ?」

「やはり……。そのことか」


 もう一度、緑茶をすすりカップに戻す。

 薄い口は開かず、顔は俯いたまま、フルカスは黙ってしまった。


 ザガンは数分ほど同じ柱の悪魔が動くのを待っていたが、先に口を出した。


「追記①。お前は王の痕跡を辿ると言っていた。ソロモンは死んだはず。何故、お前は死んだ人間の痕跡を辿ると言ったのだ。そしてここにお前がいるということは、ソロモンがこの世に存在するということか?」

「今日は、随分と喋るのだな。普段は無口で、何を考えているかわからぬ王なのに」

「偽言①。誤魔化すな、騎士よ。場合によって、力ずくで聞いてもいいのだ」

「私は構わないが、主が迷惑しよう。それにお前とは、後日戦うことになる」

嘲罵ちょうば①。人の摂理など放っておけばよい」

「お互い今は契約している身だ。軽はずみな発言をするものではない」

「再問①。ならば、何故お前は現界した?」


 話を戻す。

 フルカスはまた緑茶をすすり、カップを置いた。

 また同じ繰り返しかと思われたが、薄い唇はやっと語りはじめた。


「王を探す旅は止めた。……諦めたのだよ。王の痕跡などなかった。千年ほど前だったか。以来、私は剣を振るうこともなく、お主らのように献上された魔導書を読むことなく過ごしていた。やることと言えば、どうやって消滅するかということ。悪魔に死はない。だが、人間が言う死後の世界があるならば、王はそこにおわせられるなら。……消滅ではなくどうやって死するかを考えていた」

「嘲弄①。死後の世界など、死を恐怖する人間の妄言」

「しかり。だが、もはやそんなおとぎ話を信じる以外、道は残されていないと思ったのだ」

「執拗①。回りくどいのは好きではない。ソロモンの痕跡はあったのか?」

「先ほども言ったが、そんなものはない。しかし、痕跡はなかったが、種はあった」

「疑問②。種とは?」

「王の種だ。新しく我ら悪魔を先導しうる王の種を見つけた」

「意外①。それがお前の契約者だと言うのか?」


 初めてザガンの表情が動く。


 わずか数ミリほど眉が動いただけだったが、柱の悪魔で王と呼ばれる存在は、初めて人の形らしい反応を見せた。


 フルカスはザガンの様子をつぶさに観察していた。そもそもこの悪魔が入ってきてから、警戒を怠った事はない。何かあれば、一瞬で剣を抜く覚悟は出来ている。


 逆に、ザガンの微妙な反応はフルカスの警戒を少し解くことになった。

 わずかに頬を緩ませ、騎士は言った。


「私は主こそがソロモンの器として成る人間だと考えている」

「戯言①」

「お前も読めばわかる。……今の主の作品は書鬼王ソロモンが書く魔導書に似ている。いや、王そのものだったと言っていい」

「追求①。何故、そう言い切れる?」

「私はあのお方の本の中で、確かに王にお会いしたからだ」

「愚者①。魔導書に書かれた世界は、我々にとっては慰めの世界。小説と同じく幻想でしかない。貴様の数千年の願いを、夢うつつのもので満足するのか?」

「ならば、我らが魂を欲する理由はなんだ?」

「愚問①。その答えを持つ悪魔などいない。我々が魂を欲するは必然であり、疑問を持つべきものではない。魔導書が魂の代用というなら、喰らうべき。ただそれだけだ」

「私はその答えを知りたい」


 熱を帯びるフルカスとは対称的に、罵倒するにもザガンの言葉は冷淡だった。


「愚者②。そのために二千年も現界していなかったと言うなら、片腹痛い。ならば、その答えをお前の主が教えてくれるというのか?」

「言ったであろう。あの方はソロモンになれる方だと」

「愚者③。お前の現契約者が悪魔王以上とは思えない。まだ我の主の方が、その器に近い」

「ならば、決着を着ける他になかろう」

「同意①」


 ザガンが緑茶に苦戦するのを見ながら、フルカスは微笑みを浮かべる。

 盟友に笑顔を向けながら「しかし」と逆接した。


「少し後悔もしている」

「疑問②」

「今回の契約は限定的なものだ。あの方が書鬼官になられれば、消える身……。主が我らが王になる姿を、この目で見たかったが」


 一人呟くようにフルカスは言った。


 緑茶を飲み干したザガンは立ち上がる。

 引いた椅子は勢いで倒れたが、少女の姿をした悪魔は何もせぬまま、縁側の方へと向かう。


 ガラス戸を引くと、雨が降っていた。


「馳走①」

「礼には及ばない。こういうのも変だが、少し楽しかった。昔を思い出して。ザガンよ。お主が良ければまたこられよ。次は酒でも飲みかわそう」


 フルカスの言葉に対して、ザガンは何も言わなかった。

 外に出て、縁側を降り、素足のまま中庭に立った。


 そして後ろを振り返る。


「宣言①。容赦はしない」

「それはこちらとて同じだ、ザガン。お主が対峙しようとしているのは、並の悪魔ではない。お前と同じく七十二柱が一柱であることを忘れるな」


 アクアブルーの髪が翻った。

 中庭の壁に向かって歩き出す。

 まるで降り出した雨に洗い流されるように消えた。


 フルカスは同じ位階にある悪魔を見送った後、戸を閉め、カップを片づけようとした。

 緑茶の中は綺麗に飲み干され、代わりに一枚の銀貨が置かれていた。

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