第3次選考 これって戦争なのよね、とあの人も言ってました。①

 ショッピングセンターの事件から、丸二日が経過していた。


 その間、俺は何をしていたかと言うと、日がな一日ベッドで寝そべり、ずっと天井を眺めていた。

 最終選考のことや、先輩との対決のこと、そして自分の作品のこと。フルカス自身の事。


 そして俺が何をするべきか、ということ。


 色々考える事があったが、四十八時間――分に換算して二千八百八十分。俺なら軽く長編を二本書き上げる事が出来る時間があったにも関わらず、何一つ結論を得ることが出来なかった。


 思えば、これほど筆から離れた事もなかった。


 フルカスも何か考えごとをしている様子だった。

 おそらくザガンとの戦いについて悩むところがあるのだろう。実直な彼女の場合ザガンにどうやって勝利するかという部分で思索に興じているのだ。


 それに比べれば、俺の悩みなど何の値打ちもない。


 学校の方はショッピングセンターでの一件もあって、臨時休校している。

 どうやら何人かの生徒や家族が巻き込まれたらしく。その対応に追われているらしい。

 連日、教師たちは出校して会議を続けている。


 よみからは何度も連絡があった。

 そのほとんどが激励――。


 時には短文で。時には長文で。またある時は、チアのコスプレをした添付ファイルを送ってきた。胸の谷間が凄かった。是非、今度は動画で送ってほしい。


 ――ちがうちがう。


 うじうじと悩む俺に、またよみからメールが入った。


 今日、夕飯を作りに来てくれるそうだ。

 一瞬迷ってから、丁重に断ろうと考えた。何故か人と会う気にはなれない。一緒に同じ屋根の下にいるフルカスですら、目も合わせづらいのだ。


 ふとカルキュドリを葬った時のフルカスの姿が浮かぶ。あの時の少女はどんな顔をしていたのだろうか。自分の力に酔いしれ、狂喜していただろうか。同族を討ち果たし、悲壮な顔を浮かべていただろうか。それとも哀れな人間を嘲弄していたのだろうか。


『辞めるなら今のうちだ。だが、書鬼官を諦めるというなら、君はもう筆を折った方がいい』

『でも、今はゆーちゃんが書鬼官になってくれる事が私の夢だから』

『どうか我が望みを叶えるべく、主の望みの一助としてなんなりと申しつけください』


 様々な言葉が渦を巻き、俺の頭の中で煮詰められていく。様々な人々が、様々な言葉を、様々な立場から声をかけてくる。すべては自分に対しての期待や優しさからだ。


 だが、それが今は痛い。そして俺を苦しめていた。


 そんな時だった。


『あはん。秋月勇斗くんのお電話ですかぁ?』


 その電話がかかってきたのは。


『わたくしぃ、円環クラブ日野ひの霧音きりねと申しますぅ』


 一瞬で頭が沸騰した。


 ベッドから飛び起きると、一字一句聞き逃さない覚悟で携帯を耳に押し当てる。


 円環クラブ――。魔導書の自炊業者。ショッピングセンターでの事件を引き起こした張本人。そして静原光里の妹を人質に取り、フルカスを狙った悪質な組織。


 静原の一件は、フルカスから伝え聞いている。とても人間の所行とは思えない。人間を王錫書にして、悪魔と戦わせるなんて。話を聞くだけでも、腸が煮えくりかえってくる。


「てめぇ!」


 今までうじうじした悩みがどこかいっぺんに吹き飛んでしまった。


『お・こ・ら・な・いー。もう、そんないきなり美少女から電話がかかってきたのにぃ、怒鳴らないでほしぃなぁ。霧音はぁ、体も心もウサギさんみたいに傷つきやすいんだからぁ』

「美少女なら、ご尊顔を拝見してみたいものだな。一発ぶん殴ってやるから顔を見せろ!」


 自分でもかなり怒ってる事がわかるぐらい、俺の声は怒りを帯びていた。


『やあん、怖い。お・か・さ・れ・るぅ。……もう――霧音はぁ、勇斗くんに素晴らしい提案をするためにぃ、テレフォンしただけなのにぃ』

「素晴らしい提案だと! はん! 誰が犯罪者の言うこと聞くかよ! 切るぞ!」


 と携帯の切ボタンを押しかかった瞬間、日野の声音が変わった。


『あ~ら、じゃあ……幼馴染みのよみちゃんがどうなってもいいのぉ?』


 背骨を伝って蛇が通り抜けていくような感覚に襲われた。

 頭が真っ白になり、思考が停止する。いつの間にか持つ手が震えていた。


『あはははは!』と耳障りな笑声が携帯の受話器から聞こえてくる。『冗談。嘘。ジョーク。……君の嫁には何もしてないよぉ。で~も、今度ちょっと舐めた態度とると、よみちゃんの体ひんむいてぇ、頭いっちゃうまで輪姦まわして、くせぇネット住民のおかずにしてやるからね』


 最後の方は完全にどすがきいていた。


「て、てめぇ……」


 一瞬ストップした思考は再びチンチンと沸騰し始める。携帯がつぶれんばかりに握りしめた。


 突然、部屋のドアが開いた。

 真っ白な髪の少女が心配げな顔で俺の方を見つめている。フルカスだった。


「主よ。どうなされましたか? 何か叫んでいるようでしたが」

「いや、今な――」


 事情を説明しようとした瞬間、電話は切れた。

 代わりに、一通のメールが送られてきた。開くと日野霧音からだった。


『ひと気のない場所で、二人っきりで会いたいな。もちろん、指示に従わなかったら、どうなるかわかってるよね?』


 内容を見ながら、俺は奥歯を強く噛む。

 携帯電話をポケットにしまいながら、外出の準備を始めた。


「主よ。どうなされた?」

「すまん。ちょっと出てくるよ。……少し外の空気を吸ってくる」


 薄手のコートをひっかけると、フルカスを廊下に残し、家を出ていった。

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