#26 そうか、君は僕と同じだったんだね。
「立て。」
サルトー・ランドサン修道士に手錠をかけられ、僕は立ち上がる。 「前を進め。」
僕はランドサン修道士に押されながらよろよろと前を行く。 行く道は完全に整備されているようだ。誰もその廊下を不用意に通る者はいない。数人の監視に連れられながら、僕は赤い絨毯の上で従順に前を行く。これから僕はアリュヌフの神に会う。その正体が何にせよ、非常に強力な力を持った存在である事は確かであった。一歩一歩、踏みしめてゆっくりと前を行く。それは果てしなく続くように思える。もしかしたら、自分の命は今日で最後かもしれないからだ。
校舎の外に出る前に木の板が階段状に積み重ねられていた。その上を登りながら、それは校舎に組み立てられた祭壇に続くために組まれた階段である事を知る。ほぼ久しぶりに、激しく舞い散る灰を見る。ウッとする香り。香壇はいつもより強いようだ。僕は修道士に小突かれながら前を進む。自分は木の壁の上を登っている。壁の下には自分に向かって怒号を飛ばすフードを学院生たちがいた。その中にはランチャなどもいた。木の壁は四方向に校庭を横断する。今通っている道を振り返れば監禁室に通じ、その対角線上の向かい側の太い道は香壇に続いていた。右側には学院生代表のアルバント・キンベルクとヴィースト・デリンジ先生、左側には生徒指導のポゴレフチア・ ナーディア先生が立っていた。
「跪け。サリア・マーク。」とランドサン修道士に言われたので僕は跪く。それから数分して、香壇側から二人の男が現れる。校長のマンドール・キドラと、神父のダーラス・ドンドンディオだ。二人はゆっくりと向かってくる。そして僕の目の前に立ち止まった時、ダーラス神父は巻物を開いて言う。
「教典特別心得により、極度に悪魔に憑かれ異常な技を行い、その自覚があるにも関わらず自ら悪魔を祓う事もせず、あるいは、祓う事もできなかった者は排除されるべき不協和音とみなされる。その戒めのために皆の前で神に処刑される、これが大審判である。サリア・マーク。お前はケレボルン・マインタッカーに異常な死へと至らしめた。これを学院生代表アルバントの申し出により、大審判に相応しいと認められ、このように皆の前でお前の命ごと悪魔を祓う次第となった。これによりアリュヌフの民たちは神の御姿を見る事となるが、それは許される。サリア・ マーク、これはすべては皆の為、世の為であり、感謝してアリュヌフの神の恩寵に預 かるがよい。」
生徒たちが一気に叫び上げた。「サリアを、殺せー!」「この気持ち悪いのを早く、殺して!」
ダーラスは両手を掲げ学院生徒を黙らせる。「サリア・マーク。何か最後に言いた い事はあるか。」
僕はダーラスをゆっくり見上げる。「ありません。早く、アリュヌフの神に会わせて下さい。」
ダーラスはゆっくりとうなづき、「ならばよかろう。」と言って、引き返し香壇に帰っていく。学院生は叫び続ける。自分の額に鉛筆が飛んでいくのを避けながら、僕はいよいよ、アリュヌフの神がやってくる事を心で確認し、空を見る。
そして香壇の門が開き、数人の修道士と地面を這い蹲る何かが見える。それは仰々しいごてごてとした布が被せられており、顔と思しき場所にあの一つ目の仮面が付けられていた。その巨体からは数本の縄が伸びており、各縄を修道士が持っていた。それは神と呼ばれながら、まるで猛獣を扱うようであった。アリュヌフの神は盲目らしい。前が床である事を手で確認しながらゆっくりゆっくりと前に進んでいる。それに付き添う修道士も前へと進む。僕はアリュヌフの神の中身を解析する。
(trsbiron......sanawq.........cni......)
それはきわめて複雑に分裂していた。もはやはじめから人間の思考をしていないかのように、細切れの文字列しか見えない。
なんという事だ。こいつははじめから言葉、いや、言語によるコミュニケーショ ン自体が通じない存在なのか。言葉の通じない、強大な力を振るう存在、すなわち本当に神なのか。
(qqqab...vbnrteyrenr............bq...)
そしてアリュヌフの神の顔が僕と目と鼻の先ほどの距離になり、僕を殺そうとするのかまっすぐ意識を傾ける。
そこに一瞬流れてくることば。
(タスケテ。)
そのことばと相反する殺意。 殺意がまっすぐ僕に向かおうとする。その意識の片鱗から見える、アリュヌフの神の全体像。
あっ。
僕は、知ってしまった。 なぜアリュヌフの神がクルスを愛したか。そしてクルスがなぜ僕を愛したか。 二つは一つに繋がった。セリウミャの花。同じ食を共有する者に同じ知を得る。謎、興味、関心、「相手を知りたい。」気持ち。
「そうか・・・」
僕は思わず声が出た。
「君は僕と同じだったんだね。」
アリュヌフの神の、外套に隠されたその姿が見えたが、それは、神殿の姿と同じでありながらまったく異なっていた。
まず、一つ目ではなく、左目が大きく隆起しつぶれていた。
次に腕が5本、確かに生えていたが、機能する2本以外は発達不全で醜い形となっていた。
それはどう見ても奇形が長らく生き延びている姿であった。
そしてその人生は、クルスと同じ境遇であった。否、クルスよりも酷い境遇であった。
それは、ギムマルグ社で、覚醒資質を持つとされた子を卵子のうちから引き上げて試験管で育てられ、セリウミャの花のエキスを散々与えられた。
結果異常な姿と異常な思考様式と異常な能力を持った怪物が生まれた。 何が原因で怒り出すのか不明で、研究員は次々と捩じ切られて殺された。ギムマルグ社はその怪物をまったく制御できなかった。
そしてある日、その怪物の処理が命令された。研究の失敗とともにこの支社は閉まった。しかし怪物は、初代校長レミーノ・オルシオによってこっそり引き取られていた。レミーノは、この怪物の原理の一部は知っていた。それは人の心を読めた。そしてそれは醜い姿の自分をものすごく嫌がっていた。自分が人間になれず、生涯わかちあえないことを何よりも憎んでいた。だからレミーノは姿を隠すために毛布を与えた。こうして信頼関係が生まれた。
レミーノはそれを神として宗教集団を作る事を目論んだ。体にスタンガンを差し込み、それが癇癪を起こしたら体から伸びている紐を引いて電気ショックで酷く苦しむようにして躾けた。
アリュヌフの神は毛布を与えた理解者であるレミーノを親同然に慕っており、彼に反抗する事はできなかった。
アリュヌフの神は永く生き続け、レミーノが病気で死んだ後も意思は受け継がれた。
それが、アリュヌフの神の本当の創世の秘密であった。
(タスケテ・・・)
アリュヌフの神は完全に殺意を失ったまま僕に訴えかけていた。
クルスを助けたのは、自分と同じ種族である、親近感からだという事を僕はしり、同様にアリュヌフの神は僕も同じ種族であると認めたようである。
(タスケテ・・・)
(大丈夫だ。) 僕はアリュヌフの神に微笑みかける。(酷い目にあったんだね。)
(ダイジョウブダ・・・?ヒドイメニアッタンダネ・・・?)
アリュヌフの神は、ほとんど心の中の言語を理解していなかった。なんと哀れな存在。これは超越していたのではない。ヒトとして何もできないから、神に祭り上げられたのだ。
「共に逃げよう。」
僕がそう言うと、アリュヌフの神が意味がわからず首を傾げる。
事態の異常さに一番最初に察したのはアルバント・キンベルクである。まさか、アリュヌフの神が、サリアと同調しようとするなどとは思ってもみなかった。アルバントは警棒のようなものを持ち出して僕とアリュヌフの神に走って近寄りながら叫ぶ。
「神をも惑わすつもりだな! サリア・マーク! やはりお前は、私がこの手で殺うぅぅぅああああああああ!!」
アルバントは空中に浮かびだし、顔から順番に紫の吹き出物が次々と表れて全身を覆った時に床に投げ捨てられた。死んでいる。それを見た僕はアリュヌフの神に向き直した。神は心から笑っている。アルバントは御業を受けたのだ。皆は息を飲む。
(タスケテ・・・)
アリュヌフの神がそういいながら周りの修道士を次々と腫れ物だらけにしてく。修道士が「ぐええええええ」とうめきながら血を吐いて倒れる。僕は察した。タスケテの意味を。アリュヌフの神は思考が根から狂っていて、どこかでいけない事だと知っていてもその狂気と衝動を制御できないのだ。ランドサン修道士が上半身だけ2回転3回転し腐臭を放ち始める。
(タスケテ・・・)
僕はアリュヌフの神の仮面に両手を置きながら言う。
「アリュヌフの神、君は本当は純粋な子供だった筈だ。好奇心が旺盛で気になったら収まらないだけの、純粋な子供だった。だが、最も罪深い人達によって間違って凶暴な存在へと産まれてしまった。」
ランドサン修道士の体がちぎれ、下半身が壁の外に滑り落ちて悲鳴が上がる。
「だから、今一度その生涯を閉じて、楽にさせてやる。生まれ変わりがもしあるのなら、僕の親友ネイスン・チルレアのような美しい心をもった少年になってくれ。」
ダーラス神父の体が溶け始める。喉に穴が開いたので悲鳴すら出せない。
「さらばだ、アリュヌフの神。」
僕は自分の額でアリュヌフの神の額に接吻し、ケレボルンにもやったように、アリュヌフの神の能力を閉じた。仮面の端からドロドロと黒い液体がすぐに溢れ出し、しかしそれはほんの少しで、すぐに神から聞こえていたわずかな悲鳴が途絶えてしまった。全ての重苦しい空気が消えうせ、僕はふたたび軽やかな気持ちになった。ああ、解放されていく。アリュヌフの神によって苦しめられた霊たちも、解放されていく。アリュヌフの神は、虫けらのように身を縮めて息絶えている。学院生たちは蒼然としている。僕はアリュヌフの神を抱きしめる。大きな爪痕をのこした彼の亡骸を、美しく整える。僕は立ち上がって見回す。学院生は黙っている。周りにはアリュヌフを操ろうとして無残に死んだ神父と教父と修道士。右を見れば死んだアルバントと無表情のデリンジ先生、左を見れば怒りに燃えるナーディア先生。前は香壇に続き、後ろは監禁室のある校舎であり、その校舎のすぐ傍に門があった。ここを出て行こう。そう思って僕は引き返し、歩き始める。すぐに、「サリアアアアア!」と獣のような吼え声が聞こえる。振り返ると、ナーディア先生の巨体が、サリアに向かって走ってきている。僕は身構えた。いまやアリュヌフの能力を手に入れた自分に恐ろしいものはない。かかってこい。ナーディアはもう目前である。
パン。小さな音がして、ナーディアはそのまま前につんのめって倒れる。彼女の後頭部に穴が開いていた。デリンジ先生が、ナーディアに銃を向けていた。「ナーディア先生!」と泣き叫ぶリンドン・ロンパディオの声が聞こえた。僕はデリンジ先生を見つめて言った。
「どういうつもりだ。」
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