#14 「やっとあなたの歌声が聴けた。」

秋の祭典から数日後に新しい御業集が敢行されたので僕は図書室で読んでいた。


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御業 No.1620

 男子生徒ドーファ・ミンソラドンは著しい悪魔を自らの身に呼び込んだ挙句、負傷秋の祭典を妨害しポゴレフチア・ナーディア先生を負傷させた。アリュヌフの神の命によりヴィースト・デリンジ先生がドーファを射殺し大量の悪魔を無に帰した。

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そして頭を砕かれて横たわるあのドーファの写真。次の項にはこう書かれていた。


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御業 No.1621

食堂管理人バルダス・メンジアは食器の管理を怠り悪魔 に取り付かれたドーファ・ミンソラドン(No.1620 参照)のナイフの盗用を許してしまった。その事で怒りを抱かれた神はバルダスの心臓を鎮められた。

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 バルダス・メンジア・・・もしかして。写真を見て僕は衝撃を覚えた。彼は食堂でいつも受付をしていたおじさんだったからである。ランチャたちが僕の真似をしてゆで卵いりカレーを注文された時のやり取りはなんとなく今も覚えている。

『ゆで卵いりカレーをください。』

『すまないねえ、今日になって、急にゆで卵入りカレーが人気になっちゃって、 卵がもうないんだよ。』

 あのおじさんが・・・巻き込まれてしまった・・・。

 そして次のページをめくって僕は驚いた。祭典の日、ドーファと別にもう一つ御業がおきていたのだ。。


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御業 No.1622

 聖歌隊員フレデリック・マルジャーマンは秋の祭典で音程を外し、アリュヌフの神に声を抜かれた。フレデリックは聖歌隊を解雇された。

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 そして前に見たケイブという先輩に同じ、虚ろな顔をしたフレデリックの写真。  確かに僕も、ドーファが怒り出すちょっと前に、歌の音程が外れるのを聞いた。あれが彼なのか。僕は声を抜かれたフレデリックは今どんな気持ちなのだろうと思いを馳せた。彼も歌いたくて聖歌隊になったに違いない。そして僕がまだ味わった事のない、そのアリュヌフの神に選ばれた喜びと幸せはさぞ大きかったにちがいない。それが自分自身のミスによって全てを奪われた絶望と哀しみ。そこに残るは罪悪感だけであり、 はたして生きる意欲など沸くのかどうかすら疑わしい。そんな事を考えると、聖歌隊とは実に恐ろしい仕事だな、と僕は実感する。


上を眺めて歩きましょう

アリュヌフの神がそこにいる

前を向いて歩きましょう

アリュヌフの神がそこにいる

下を向けば道があり

横を向けば壁がある

全ては神が整えてくださる

全ては神が整えてくださる


 音楽の授業で新しい歌を僕たちは歌った。今日のデリンジ先生はいつもと違う様子で、僕たちを舐め回すように眺めていた。なにか調べるのだろうか、と感じたが、すぐにいつもの優しいデリンジ先生に戻って「はい、声の出し方がよくなってきましたね、ただ、アドバイスするなら、もう少し君とか背筋を伸ばすと・・・」と丁寧な指導をする。



「さて、今から呼ぶ生徒は」授業の終わりにデリンジ先生は言う。「教室に残ってください。アリス・マクガナータ、ケレボルン・マインタッカー」何人か名前が挙がる。「ランチャ・マルカナ」ランチャは何かしら、と不安げな表情。「ネイスン・チルレア」ネイスンは驚いて背筋を伸ばした。「サリア・マーク」僕も驚く。「以上。」

 そうして集まった5人の生徒を前にデリンジ先生は眼鏡を整え紙を見ながら言っ た。「さて、秋の祭典で聖歌隊が一人解雇されました。教典に書かれているとおり、聖歌隊は原則十一人を守らねばなりません。そこで1,2,3年生の中から15人私が選び、年末に香壇でアリュヌフの神に歌を捧げ、聖歌隊を選出します。」僕は驚いたと共に胸がどきどきした。 「そう、皆様はアリュヌフの神に会えるチャンスと栄誉を今手にしたという事です。」

「行きたいです!」僕は急いで言った。

「おお、サリア・マーク、君はそんなに聖歌隊になりたいのだな。」

「はい!」

「いい心がけだ。だが、やはり公平に皆と一緒に歌を捧げ、アリュヌフの神に選んでもらう必要がある。言い忘れたが、課題曲は聖歌223番『聖なる神にこそ勝利がある』だ。君も、そして皆もしっかり頑張るんだぞ。」

「はい!」そして皆も口々に言う。「はい。」「はい!」「・・・ハイ。」


「すごいね!チャンスが来たね!」ネイスンは校庭を歩きながら嬉しそうに僕に話した。

「でも君とはライバルになってしまったね。」僕は苦笑した。

「そんな事無いよ。僕はサリアを応援する。サリアが聞こえやすいように歌うよ。」

「そんな、よしてくれ。僕以外が選ばれたら君に申し訳が立たないじゃないか。」

「僕の事は気にしないでいいの。」ネイスンはにこりと笑った。「僕の問題だから。」

「・・・まあ、君がそう言うなら、うん、ご自由に、て感じかな。」

「ありがとうサリア。」ネイスンは満面の笑みを見せた。僕たちはしばらく灰の降り注ぐ校庭を歩いた。「・・・ねえ。」ネイスンが口を開いた。「ちょっといい?」

「何だい?」

「ちょっと人目につかない所で・・・話したいことがあるんだ。」

 そう言ってネイスンは僕を校舎の裏の方まで連れて行く。影で僕らが暗くなっている所につくと、ネイスンはいきなり僕を強く抱擁する。軽く胸を打ったような衝撃。抱擁を返しながらネイスンも僕も少しずつ体格が大きくなっているのが分かる。

「わわ、何だい。」

「お願い、しばらくこうさせてほしい。」ネイスンが言う。 僕はネイスンが寂しげにそう言うので、背中をやわらかく叩いた。

「どうしたんだい、急に?」僕は訊いた。

「・・・もしかしたら、変な予感なんだけど」ネイスンは言った。「サリアとこうして話せるのが、残り僅かな気がしてしょうがないんだ。」

 僕にはそれが分からなかった。「そんなの、気のせいだよ。それか、悪魔の声みたいなものだよ。」

「悪魔の声・・・これだって、僕のサリアが好きな気持ちだって、悪魔のせいだよ。」ネイスンは抱きしめながら悲しげに言う。

「・・・ごめん。」

「・・・いや、そんな事じゃないんだ。」ネイスンは悲しげに言う。「僕の中の悪魔が、サリアに対してこんな複雑な気持ちにしてるんだけれど、でもサリアと話せる事がもうすぐ終わってしまうと感じるのは、悪魔の声なのかなあと。」

「僕には、何が悪魔の声なのかなんて分からないし、ネイスンだってきっと分からないよ。全てはアリュヌフの神にゆだねるしかない。」

「サリア・・・君は本当にそれでいいのかい。」

「え?」

「なんだかサリア、前より、その、何も考えなくなってる気がする。」

「どういう事?」

「いや、いいんだ。」ネイスンは強く抱きしめた。そしてしばらくして気が治まったのか腕の力を緩めて一歩二歩後ろに下がって、泣きそうな笑みでネイスンは言った。「ありがとう。」そして後ろを向いた。

「ネイスン・・・」と呼び止めようとしたが彼は振り返ろうともせずに行ってしまった。一体どうしたのだろう、と僕は不思議に思いつつ、校庭に戻った。

「サリアくん。」後ろから声が掛かった。ふりかえるとランチャであった。

「おお、ランチャ、おめでとう。」

「サリアくんもおめでとう。」

「あれ?ネイスンくんは一緒じゃないの?」

「うん。」僕がそういうとランチャは不思議そうな顔をするので慌てて取り繕うように言う。「まあ彼もいろいろやる事があるからね。」

「喧嘩したとかじゃないの?」

「いやいやそんなことない!」僕が焦ってそう言うとランチャはくすりと笑って「それならよかった。」と言った後、「アルバント先輩!」と言っていきなり手を振った。前の方にアルバント・キンベルクがいたのだ。顔の傷は治ったようである。

「ランチャじゃないか。」優しげに話しかけるアルバント。「それと、サリアか。」

「アルバント先輩、私ね、聖歌隊の審査に選ばれたんです。」 「おお、おめでとう!」あの堅物のアルバントが、僕にはまったく見せない親しげな態度をランチャに見せている。

「でも歌はサリアくんの方がとても上手いから、きっと彼が受かると思うんだけど。」

「ほう。君はアリュヌフの神からそんな賜物を頂いていたのだな。」アルバントはニコニコしながら僕に言う。

「でも私はこれで悟者に一歩近づいた気分。」ランチャは笑顔で言う。

「そうだな、僕もお知らせがあるんだ。」

「何ですか?」

「来年とうとう悟者試験受ける。」

「ええ? 6年生で? 早いですね!」

「ああそうさ。もしかしたら19歳で悟者になった始めての人間になるかもしれない。」

「がんばってください! アルバント先輩なら確実です!」

「ありがとう! そうだ、じゃあランチャにテストをしようかな。」

「はい。」

「御業 No. 3 は何か。」

「はい、『ダグラス・マルダーグン博士はネズミをより知的にする実験をし、アリュヌフの神の怒りに触れて博士は言葉が分からなくなった。』」

「正解。では御業 No. 1003 は?」

「えー・・・・」ランチャは戸惑った。「わかんないですー。」

「『男子生徒ジャワ・キヌシは音楽の授業で聖歌の間に掛け声を入れ生徒らを惑わし授業を崩壊させた。アリュヌフの神は彼に二度と記憶ができないようにした。』」

「さすがアルバント先輩、かなわないなあ。」

 僕は全くついていけなかった。会話から置いてけぼりにされていた。ランチャとアルバントがよく分からない事で親しげに笑い、それによって暗くなってくる気がする自分の背後。

「さて、僕はそろそろ行くよ。サリアくんも頑張ってね。じゃあ。」

「さようなら、アルバント先輩!」

 ランチャが手を振り、僕も一応手を振る。そしてランチャは「ねえねえ、早速課題曲練習しようか。」と言って、聖歌集を鞄から取り出す。僕も聖歌集を開き、聖歌223番『聖なる神にこそ勝利がある』の譜面 を見る。


聖なる神にこそ勝利がある

神は私を助けたもう

神が私を見守る事で

私の心は強くなる

私は神を信じるが故に

アリュヌフの民の中にいる

私は神に愛されるが故に

アリュヌフの民で生かされる

聖なる神は敗北を知らず

時の移り変わりと共にいる

変化の時こそ傍にいる

変化の時こそ傍にいる


「なにこの旋律、音が高い・・・」ランチャは呆れた。

「しかもすごく歌いにくい。ゴテゴテした歌詞だし」僕も呆れた。

「誰が作ったのかしら。V.D.・・・あ。」

「ヴィースト・デリンジ先生。」

「・・・・。」

「・・・・。」

 二人はしばらく沈黙し、「とりあえず歌ってみようか。」とランチャが言ったので僕も後に続く。女声とボーイソプラノの混じった歌声である。「♪聖なる神にこそ 勝利がある・・・神は私を助けたもう・・・神が私を見守る事で・・・私の心は強

くなる・・・」

 丁度その時クルスが通りかかった。ドキリとして声が上ずりそうだったが、落ち着いて歌い続ける。いいところ見せるんだ。

「♪私は神を信じるが故に・・・アリュヌフの民の中にいる・・・私は神に愛されるが故に・・・アリュヌフの民で生かされる・・・」

クルスはにこりと微笑みかける。

「♪聖なる神は敗北を知らず・・・時の移り変わりと共にいる・・・変化の時こ そ傍にいる・・・変化の時こそ傍にいる・・・」

 歌い終わった時に、「綺麗な歌声ね、サリア。」とクルスは声をかけた。僕はどき どきして「あ、ありがとうございます・・・」と答えた。「やっとあなたの歌声が聴 けた。」と言って去った。

「今の人、誰?」とランチャは訝しげに聴いた。「なんで男の格好してるの。」

「クルス・ザンドラ先輩。」

「ああ、あの人がクルス・・・。」ランチャを見て言った。「サリア、ひょっとしてあの人の事好きなの?」

「え、あ、いやぁ、」僕は慌てた。

「そうなんだ。」ランチャは冷たい口調になった。「あんたじゃつりあわないと思うよ。」

「え?」

「アルバント先輩から聴いたけど、あの人は何故かすごい自由人で、誰の支配下にもない。だけどヒトって誰かが指導しなきゃけないと思う。僕が悟者になったら彼女を導いてやれるのになあ、と言ってて、私もそう思う。」

「べ、別に」僕は慌てて言った。「そんなんじゃないから。」

「そうなの。」ランチャは言った。「私用事を思い出しちゃった。じゃあね。」ランチャもさっさと後ろを向いて去ってしまう。灰の中、僕は一人。

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