#13 “おまえもいずれこのように死ぬ”

 灰の舞い散る香壇の周りを学院生が手を繋いで囲っている。一年生がもっとも飾りつけられた香壇の近くの円周を囲い、その外側に二年生、三年生、と続いて行く。  手を繋ぐ順番は定められていて、苦手なドーファ・ミンソラドンとまったく話した事のないケレボルン・マインタッカーという妙に体の大きい少年と手を繋ぐ事になっていた。ドーファのその腕はひどく傷だらけである。あの夏休み後の試験で保健室に運ばれる程ナーディアに傷を受けたのはドーファである。その為なのか、かつて僕に「ナーディアに好かれてるんだろう!?」と何度もからかっていた頃の余裕の表情を全く失っていた。その頬は冷たい怒りに満ちた緊張があり、僕の中で、ちょっとやばいな、いずれ何かやらかしそうだな、巻き込まれたくないな、などの不安が一気に浮かんだ。手を繋ぐときも、右側のケレボルンはごく普通に繋いでくれたが、ドーファは最初握った時に爪が食い込むほど強く握られたので僕は思わず「あっつ!」と声を上げた。それでも力は弱めたにせよ、強く強く僕の手を握り続けていた。それはまるで見境の無い怒りに満ちている様子であった。

「ドーファ?」僕は心配になって訊ねる。「祭典、楽しもうね。」

「楽しもう?」ドーファは既に声変わりを終えていた。「ここで、楽しめるなんて随分とおめでたいな。」

 もう以前のドーファの心はどこかに行ってしまった。僕はため息をつきながら言った。「でも楽しもうよ。一緒に喋って、あとは歌を聴くだけだし。」

「お前もすっかりアリュヌフの民だな。」ドーファは力ない笑いをした。「俺はアリュヌフじゃなくて人間の心を取り戻したいと思ってたんだけど、何もかも無くなった

。」

 ドーファの中で何が起きたのだろう、と僕は思った。明らかに生気を失っており、かわりに激しい怨念が死人のようなドーファの体を動かしている。

「何があったか分からないけど、とりあえず気をしっかりね。」

 僕はとりあえずその言葉を選んだ。

「・・・ハハハ・・・」

 ドーファは力ない笑いをした。

 その時太鼓が激しく鳴らされる音がした。祭典が始まったらしい。7つの方向から順々に太鼓の音が鳴り、次第に激しく盛り上がって熱狂そのものの空間を作り出す。それが限界まで高まったかと思うと銅鑼が激しく一打する。すると香壇の頂上にいる神父ダーラス・ドンドンディオが叫ぶ。「アリュヌフ学院、秋の祭典! 神よ、今年も無事に開かれる事を感謝します! 秋は豊作の季節! 慈愛の性である植物が実を奏で、冬に向かう我々に従順を教えてくださいます! 日々私達に生と真実が与えられる事を感謝し賛美しましょう! それでは日ごとのお祈りを唱えます! 私に続いて皆様一斉にアリュヌフの神を称えましょう!」そう言ってダーラス神父は深呼吸をした。

「世界の根底にあるアリュヌフの神よ」

「世界の根底にあるアリュヌフの神よ」皆がそれに続いて一斉に声を合わせる。

「私の世界を守ってくださり感謝します」・・・「私の世界を守ってくださり感謝します」

「セリウミャの力で悪魔の誘惑からお守りください」・・・「セリウミャの力で悪魔の誘惑からお守りください」

「わたしたちは一つになって」・・・「わたしたちは一つになって」

「アリュヌフの神をお慕いします。」・・・「アリュヌフの神をお慕いします。」

「デルス・ビブス・アルクマタナ」・・・「デルス・ビブス・アルクマタナ」

「グルズルム・バンドルリヒャルデ」・・・「グルズルム・バンドルリヒャルデ」

「ランズ・バーグ」・・・「ランズ・バーグ」


 日ごとの祈りを唱える間に香壇の周りから色とりどりの光が満たされ、また、香壇から煙が噴出し灰の量が増し、セリウミャの香りが強烈に満たされ、あまりに多くの幸せが背後から迫ってくる。


「それでは」それでは、とダーラス神父が言う「まもなく」まもなく(まもなく)「聖歌隊が」聖歌隊「歌います」歌います(歌うのか)いよいよ歌うのか(楽しみになってきた)楽しみになってきた楽しみに・・・



アリュヌフの神よ ありがとう

勝利を私に 下さって

僕たち(私たち) 皆 あなたのもの

魂預けて 高めよう


・・・それは僕たちが音楽の授業で歌った『感謝のうた』であった。僕も思わず鼻歌で歌いだした。

 続いて香壇の中の聖歌隊は別の歌を歌い始めていた。


私達が迷った時も アリュヌフの神が傍にいてくれた

アリュヌフの神がいたから 今の私達がいるの

嗚呼アリュヌフの神よ 今も私を支えてください

御業を示して 私をお導きください

嗚呼アリュヌフの神よ あなたは真実の光

世界はあなたの上にあると 知る悦びを下さい。


 この上なく世界が傾きそうな至福感につつまれた僕は聖歌隊の虹のような声に魅せられた。あの虹の中に入る事ができたらどんなに人生が豊かになる事であろう。


太陽は語るだろう 世界は光でできている

その光の基はアリュヌフの神

だから僕たちはアリュヌフの民


・・・歌を聴きつつ、いずれ僕も聖歌隊の虹の中に入るチャンスはいずれやって くるはずだと信じていた、丁度その時である・・・


月は語るだろう

世界は影ばかり見ていると

その影の基は悪魔だから

アリュヌフの神が照らすのです


・・・その部分の辺りで聖歌隊の誰かが音程を外した。香壇の中で歌われているので、様子はよく分からないが、全体が一瞬だけすこしよどんだ音色になり、しかしそれはすぐに止んだ。おや、大丈夫かなと思ったその時、左隣のドーファがいきなり叫びだした。

「ああああああああああああ!」・・・しかし聖歌隊はおかまいなしに「・・・♪地球は語るだろう・・・」と歌い続けている。ドーファは「許さねえ、許さねえ! お前達には全く我慢できねえ!」と左右の目があらぬ方向を見ながら暴れだすので、僕も皆もドーファから離れだす。そしてドーファは腕を振り回しながら断続的に叫ぶ。

「どうせお前達も・・・これが虚構だと・・・思ったら・・・怖いから・・・アホみたいにこんな祭り事に参加してるんだろ・・・俺には分かっている・・・分かっているんだ・・・アリュヌフは神ではない・・・・じゃあ誰が神なのだ?・・・俺はわかった・・・俺こそが・・・真実・・・俺こそが、神だ・・・神なのだ・・・」

「やめなさい!」ナーディア先生が向かう。ドーファの周りにはすっかり空間が できており、ナーディア先生の巨体が通るには十分であった。先生はドーファを叩 こうとするが、ドーファは途端に制服に隠し持っていた長いナイフを取り出してナーディア先生の腹を突き刺す。皆が悲鳴を上げる。

「うそ!」「まじかよ!」「ナーディア先生―!」「誰か奴をなんとかしろ!」

「ふははははははははははふははははは」ドーファは自らを突き動かす衝動を抑えられないまま笑い出した。「お前達もこのようにしてやる!それこそが、救いだ! 調和だ!おおっ!?」ドーファはナイフに突き刺されたナーディア先生がそのまま前に進むので驚いて手を離した。ナーディア先生は激しく鼻息を吹きながらドーファににじり寄っていく。「うわあ!」と叫んでドーファは一目散に校庭に逃げ出した。「・・・ま・・・てぇ・・・・」と息も絶え絶えに言いながらナーディアも走り出す。しかし「ナーディア先生!止まりなさい!ドーファから離れなさい!」と強く命令する声が聞こえてナーディア先生は思わず立ち止まる。そしてパンという小さな音と共にドーファの頭が破裂し、骨と肉片と血を飛ばしながらそのまま倒れる。

 皆は息を呑む。「彼はあまりに多くの悪魔を自ら招いてしまった。」デリンジ先生 の声が聞こえたので皆が振り返ると、彼は小型拳銃の弾を外してケースに入れていた。「このままだと皆も影響されてしまう。仕方の無い事だ。」

 しばらくして写真家がドーファの死体を撮影する。そして修道士が水のホースを持って現れ、ドーファに水を大量に吹きかけるので、横向きに倒れていたドーファが仰向けになってしまった。丁度その顔が僕に向かっていたので僕は悲鳴を上げそうになった。

“おまえもいずれこのように死ぬ”

 上下逆さまのドーファの亡骸はそう僕に伝えていた。僕は心臓が縮み上がった。いや、これは、悪魔の声だ。 聞いてはいけない・・・聞いてはいけないのだ・・・。しかし胸の高鳴りを抑える事はできない。ドーファの空っぽの眼差しが、水をかけられながらこちらを見つめている。

 ドーファの死体はその後修道士達に運ばれ、行方を知らない。

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