第4話 取材いこ
でっかいマンションの最上階。
そんな立派な高い場所に人気作家秋山忍こと夏野霧姫の部屋はある。
夏野は自分の部屋の机で小説を書いていた。犬になっている春海和人はそのペンの動く音をBGMに床に寝そべって本を読んでいたのだが、不意にその音が止んで顔を上げた。
「書けたのか?」
「違うわ。奴が……動き出したのよ」
振り返ってどこか遠くを見つめる夏野は深刻な顔をしている。
「奴?」
お前はエスパーか何かなのか? と思いながら和人は訊ねた。
夏野の答えはこうだった。
「原作者よ」
「原作者?」
「更伊俊介よ」
「名前で言われても困ってしまうんだが。いろんな意味で」
「あなたの言いたいことは分かっているわ」
「おお、分かってくれるのか」
「先生を付けろよ。この貧乳野郎と言いたいのよね」
「いや、そこまでは」
ちょっとは思ってたけど黙っておこう。夏野は鞄を持って立ちあがった。
「こうなってはいつまでも思いつきの駄文を書いているわけにはいかないわね」
「どこか行くのか?」
「取材よ」
「おおー」
人気の小説家の取材とはどんな物なのか。家で本だけ読んで引きこもりたい和人にも興味があった。
犬の前足で器用に本に栞を挟み、出かける夏野の後をついていった。
天気の良い昼下がり。
取材というわけで一人と一匹はマンション前の幹線道路まで出てきたわけだが。
「これからどこへ行くんだ?」
通り過ぎる車の流れを犬の視線で見送りながら和人は訊ねた。
夏野も通り過ぎる車の流れをこちらは人の視線で見送りながら答えた。
「異世界よ」
「なるほど異世界か……ってどうやって行くんだよ!」
突っ込む和人。夏野は車の流れから何かを探している様子だった。
「そのためのトラックを今探しているんだけど……探している時に限って、こういう物って出てこない物なのよね」
物欲センサーか何かですかとは思ったが、今はそれよりも訊かねばならないことがある。
「トラックが来たらあなたはどうするんですか?」
「もちろん犬を投げるのよ」
しれっと言いやがったよ、この人。
「そしたら犬は異世界に転生するわ」
さらっと言いやがったよ、この人。
「さも、当然のことのように」
「あら、当然のことじゃないの? みんなそうしてるわよ」
どうやら夏野は執筆のしすぎで精神が異世界にトリップしているようだ。
和人は現実に戻してやることにした。
「実は言いにくいことを言うんだけどよ。俺はもう転生しているんだ」
「え!?」
夏野はびっくり仰天といった様子で赤い瞳を見開いて足元の犬を見た。
そう驚くことでもないだろうと思いながら和人は言った。
「転生して犬になったんだ。お前も知ってるだろ?」
「じゃあ、チート能力は?」
「もらってないな」
「神様は?」
「よく覚えてないな」
「異世界は?」
「ここがそうなのかもな」
「……」
夏野はしばらく無言でうつむき、
「帰るわ」
マンションに引き返して行った。
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