第3話 散歩行こ 3
夏野は飲み終わった二本の缶をゴミ箱に投げ捨てた。
見事な投てき術に犬は鳴いた。
「ホールインワン!」
「さてと」
「帰るか」
「何で帰るのよ。これから行くのよ」
「どこへ?」
「地獄へ行ってみる?」
「もう行ったから結構です」
「じゃあ、喫茶店にでも行ってみる?」
「おう、いいね。強盗さえ来なければ良い場所だ」
「そうね。強盗さえ来なければ落ち着いて良い場所だわ」
和人は行きつけの喫茶清陽に行くのかと思ったが、夏野が来たのは別の喫茶店だった。
「清陽に行かないのか?」
「強盗の来る喫茶店がいいの?」
「良くはないけど、いつもと違う場所って落ち着かなくないか?」
「たまには新しい開拓が必要なのよ」
「そういうもんかね」
まあ、どうでもいいことなので素直に夏野の後についていくことにする。
すると、夏野が店員に止められていた。
「お客様、店内にペットの持ち込みはご遠慮ください」
「どうしてよ。清陽なら良いというわよ」
「だから、清陽は潰れたのですね」
「え!? 潰れたの!?」
「というのは冗談でございます」
「……」
夏野はぎこちなく振り返って言った。
「ちくしょう! こんな店二度と来るかい!」
「ああ、俺の言いたいセリフだったのに!」
足早に歩いていく夏野の後を犬はついていった。
結局いつもの喫茶店で時間を潰し、夏野と和人はスーパーにやってきた。
「買い物を済ませてくるからここで素直に待っているのよ」
「へーい、ご主人様」
店内に入っていく夏野を見送って、和人は待つことにした。
ここには本が無いから退屈だ。
だが、町というのは意外と活字にあふれている。
和人は近くの文字や遠くの看板の文字や通り過ぎていく人の文字を眺めながら過ごしていく。
しばらく見ていると、やがて見覚えのあるアフロがやってきた。
アフロでもスーパーで買い物をするんだなと思って見送っていると、夏野が戻ってきた。
「待たせたわね。ふーん、アフロでもスーパーで買い物をするのね」
「みたいだな」
夏野は和人の心を読むことが出来る。
和人の声は他人にはワンワンとしか聞こえない。
今のは心を読んだ会話だ。
夏野は手に持った買い物袋を差し出してきた。
「ほら、持ちなさい」
「どうやってだよ」
犬の手で持つなんてことが出来るはずもない。
本のページをめくるぐらいなら出来るが。
「まったく使えない犬ね」
「おお、悪かったね」
などと二人で言い合っていると、通行人に指を指されてしまった。
「ママー、あのお姉ちゃん、お犬さんとお話してるよー」
「まあ、仲が良いわねー」
午後のスーパー前は人通りが多い。
あんまり話してるとお互いに気まずい気分になりそうになる。
その気持ちを夏野も受け取っていた。
「別にいいわよ。世間の奴らがどう思おうが」
「そうだな。本を読む以外の情報は出来ればシャットアウトしたいところだ」
脳の容量には限界がある。いらない所に意識を回すのは出来れば避けたいところだった。
「帰るわよ」
「へーい」
やっと家に帰って本が読める。
和人は尻尾を振って、夏野の後をついていった。
その夜も和人は部屋の床に寝そべって本を読んでいた。
散歩で余計な体力を使ってしまった。ここからは挽回しなければならない。
意識はすぐに本の世界に集中する。そこに夏野がやってきた。
「晩御飯が出来たわよ。早く食べなさい、このグータラ犬」
「おう、そこに置いといてくれ」
「そんなに本って面白い?」
「ああ、最高だな。止められない気分だよ」
ページをめくる。本は本当に楽しいものだ。
まさしくパラダイスと呼べる気分だった。
この気持ちは心の通じる夏野にも届いているはずだった。
ハサミが刺しだされてくる。銀色の光を伴って。
「でも、今は止めて早く食べなさい。片づけが出来ないでしょ!」
「だからすぐにハサミを出してくるのは止めろー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます