第3話


    - 3日目 -


 小窓から空を見上げると、昨日までの雨が嘘のように晴れ渡り、快晴となった。

しかし、ここにいるかぎり、俺の心が晴れることなどありはしないだろう。

そしてこの日、そんな俺の心を、さらに曇らす出来事があった。

 昼頃、食欲のないまま、まずい昼飯のエサを喰い終えたころ、センターの前に一台の車がやって来た。

コンクリートの壁越しでありながら、檻の中にいる俺の所にまで届くほど、強烈な厚化粧の臭いをプンプンさせたオバサンが、小さなケージを持って、その車を降りてくる。そのケージの中からは、弱々しい小さな幾つもの声が聞こえた。

仔猫だ。それも5~6匹はいるだろうか?

ここへ動物を連れてくるということが、いったいどういうことなのか、はたしてこのオバサンは理解しているのだろうか?

 しばらくして、センターの奥の部屋から、たしか青葉という、若い係員とオバサンの話し声が聞こえてきた。

「考え直してみてはもらえませんか?」

「もう決めたことですから、お願いします」

「いや、しかし………………………」

 声の雰囲気からも、青葉が困り果てているのがよく分る。

どうやら例のオバサン、仔猫を捨てに来たようだが、それを思いとどまらせようと、青葉は説得しているようだった。

こんな職場にいながら、青葉はお人よしで、犬や猫が処分される度に、悲しそうな顔をする気弱な男である。

何で彼のような人間が、こんな仕事をしているやら?

「とにかく、引き取って下さいな」

「しかし、当方で預かるといっても、1週間以内に迎えに来てくださらなかったら、みんな処分することになりますが………………」

「1週間? それは無理ですわ。だって来週から家族で海外旅行に行くんですもの」

「海外旅行ですってっ?!」

青葉の声に驚いて、ケージの中の猫達が一斉に、ミィミィと不安げな声をあげた。

ただでさえ狭いケージに閉じこめられ、小さな身体の小さな心が、恐怖でいっぱいになっていたであろう仔猫には、小さな物音さえ恐ろしかったに違いない。

「こんなときに仔猫なんか産んじゃって、ミケにも困ったものだわ」

「遊びに行くから、この仔猫達を捨てると言うんですか?」

「捨てるだなんて人聞きの悪い。そちらで預かってもらいたいと、言っているだけです」

「では、旅行から帰ってきたら、迎えに来てくださるんですね?」

「そ、それは………………」

途端に、オバサンの返事が曖昧になった。

どうやらその気などないのだろう、青葉に何も言い返そうとしない。最初っから、仔猫達を見殺しにするつもりなのだ。

「それなら、せめてペットホテルに預けておいてはどうです? 最近では、そういったサービスをする店だって…………………」

「その代金を、あなたが払って下さるんですか?」

金の話しになると、オバサンは急に態度を変えた。檻にいて会話しか聞こえない俺にも、今のこのオバサンの表情は想像できた。

きっと鬼のような顔をしているのだろう。

「とにかく、そっちで預かってください!」

言うやオバサンは、無理矢理に仔猫が入っているケージを青葉に押し付け、逃げるようにセンターから出て行った。

あのオバサンが仔猫を迎えに来ることなど、おそらくないだろう。

俺は鉄格子の小窓から、そのオバサンの車が見えなくなるまで、ずっと睨み続けた。

あんな身勝手な人間のせいで、また罪もない動物が惨めに殺されてしまうのだ。

神様はなぜ、こんな不公平を許しているのだろう? こんな残酷のこと、その神様だってやってはいけないことのハズなのに?

一方、仔猫達は自らの運命も知らず、不安そうな声で、ずっと鳴き続けていた。

その横で、やりどころのない気持ちをどうすることもできず、青葉はため息をついた。

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