第79話 天文23年春 2


ステンレス鋼の生産拠点の建設がはじまる頃には、良之の周囲に集められた若手・中堅の技術者たちの間に、良之が創り出すプレス機、ベルトコンベアやローラーコンベア、旋盤などの各種工作機器について、その概要が理解出来る者達が現れ始めた。

まだ合金や素材に関する知識までは追いついていないものの、今後は自力生産、あるいは錬金術が扱える技術者は錬成によって、こうした機器の自作、もしくはメンテナンスが行えるようになるだろう。


また、銅線製造工房の設立によって、発電機やモーターの性能の向上がめざましかった。

高品位の銅線は、発電、送電などに大きなメリットを生み出していた。

良之の時代の商業発電機は、数百万ボルトもの発電が可能だったが、そうした発電機のステータコイル作成は、熟練の技術者が未だに手作りしているような一品物で、背景となる教養から育てない限り、現時点では良之の手に負えるものでは無い。


良之の周囲に集めさせた技術者たちは、今後、後進育成の「学校」の教授陣となってさらに後進を育成させるキーパーソンになる。




木工工程を廃して樹脂とクロモリ鋼、ステンレスによる成型に終始した事により、良之が開発したM-16クローンのアサルトライフルの生産性は著しく高くなった。

石油系樹脂で作られるのは、ライフルの銃身の熱から兵士を守るハンドガード、ハンドガード下部に付く前銃把じゅうはと引き金の後ろの銃把、つまり左手と右手用のグリップ。そしてライフルの銃床、肩に当てるストックの部分である。

銃のボディ部分、銃身、銃底などはクロモリ鋼。アメリカのSAEグレードでいうと4150のクロムモリブデン鋼である。

このうち銃身と銃底は冷間鍛造、残りの部分はダイキャスト成型とする。

そして実銃オリジナルと同じく、所持する兵士が日々、自身で分解清掃が出来るように、ピンを外すことによって分解が可能なクリップ式に組み立てた。

試作を経て量産をはじめたこのライフルで、兵士達に指示しなければならない最重点項目は、銃身内の清掃、銃底の清掃、そして、ステンレス製のバネの長さの測定とゆがみの確認である。


また、発砲後の薬莢も可能な限り、従軍する小者たち非戦闘員に回収させる。

ライフルの薬莢は、再度溶解させなくても簡易な修正プレスをかけることで、容易にリサイクルが可能なのである。

一度発砲された空薬莢は、火薬の燃焼ガスによって規定のサイズより膨張している。

その膨張をプレス機によって調整して洗浄。使用済みの雷管を外して新品の雷管を詰め直し、火薬を入れて弾丸をかしめると、複数回の使用に耐える。


当初は一日10台程度だったライフル銃の生産は、やがて4月頃になると日産60台まで生産体制が向上していった。

従業員数、ライフル生産工場600人、銃弾製造ラインに400人。


意外なことに、ライフル銃におけるもっとも技術的に難問になったのは弾倉、マガジンだった。

30発の弾丸をロードするマガジンはバネ強度の調整が難しい。

バネが強すぎるとマガジンに薬莢を詰め込むのが難しいし、緩いと今度は銃に次弾を装填する時にジャムる。つまり弾詰まりを起こしてしまうのである。


そのあたりについては、良之は全てを技術者たちに放り投げた。

工学の進歩は、技術的課題との対峙なのだ。

技術者たちは、線径の異なるバネや、巻き数の違うバネなどをいくつも試作し、それらをマガジンに実際に組み込んではいくつも試作品を作り、泥臭くこつこつと理想の製品を追求しはじめている。

彼らの中からいつかきっと、バネのスペシャリストが登場してくるのだろう。




三国一の、という形容詞がある。

この三国というのは、唐(中国)、天竺(インド)、そして日本のことだという。

この言葉は義経記にも「三国一の剛の者」と登場することから、およそ鎌倉期から室町期にかけてすでに使われていたと思われる。

今風にいえば「世界一」という意味になる。


良之が南蛮商人たちに提供している有価値商品は、すでに南蛮商人たちが吸収出来る不均衡を越えてしまっている。

そこで、良之は自給率が落ち込みだした自領の食糧事情好転のため、インドや明からの米や小麦の輸入を指示した。

小麦といえば、パンと麺だ。


パンについては、酒の酵母や乳酸菌といった酵母菌を用いて生地を作るいわゆるイースト式が一般的だ。

これらは、商業的酒造者がいるこの時代では比較的容易に供給が可能だった。

先の大乱で寡婦になってしまった女性たちから立候補者を募って、良之は製パン業を興させた。

麺についても、同様に希望者を集めて、うどん打ちをはじめさせた。

良之は関東人なので、うどんについては鰹節と酒、砂糖に醤油を使った返し式の物が恋しい。

藤吉郎の姉である智に手順を教えて、とにかく試行錯誤をしてもらって、あの江戸前のだしを再現させ、それを富山御所にいる全ての者達に試食をさせてみた。

このとき、七味唐辛子も商業化させた。


唐辛子、ケシの実、麻の実、山椒、ごま、ミカンの皮、それに青のり。

七味にはいろいろなレシピがあるが、そのどれも、メインになるのは唐辛子だ。

「これは美味しいねえ」

お虎御前はうどん、特にたっぷり七味を浮かせたものが随分お気に入りのようだ。

異世界組のフリーデとアイリは、うどんよりパン、それもこんがり暖めてバターをたっぷりきかせたロールパンがお気に入りのようだった。

男性陣に受けがいいのは、竈で焼き上げるチーズとトマトをたっぷり使ったピザだった。

良之は岩瀬港に南蛮人用のレストランを開業させた。

言うまでも無く、西洋商人を吸引するのが狙いである。


牛ステーキ、豚の生姜焼き、鶏の唐揚げから、生ハム、ベーコンソテー、目玉焼きにパン、それにボイルソーセージ。

噂に釣られた南蛮商人たちは、こぞって岩瀬港に殺到して、帰りには良之の提供する様々な商材を購入していく。

無論、行きがけの駄賃に、彼が必要とする様々な輸送品を運び入れてくれる。

肉食に抵抗のない庶民層や兵士層にも、徐々にそうした食肉の美味が広がっていく。

栄養状態の改善によって、伝染病に対する抵抗力も向上しているようで、徐々に子供達の生育も向上していっている。




安全性をパスしたM-16クローンの配備がはじまった。

まずは教育士官を育成して、彼らに後進の育成を任せる方式となった。

選任士官は望月三郎。

こうした銃器は、ただ引き金を引けば使いこなせるというものではない。

日々の射撃訓練も大事だが、それにも増して重要なのが、使用前後の点検と清掃、つまりメンテナンスである。

鉛を使った銃弾においては、銃腔じゅうこうに残る鉛の残滓の清掃は性能維持に欠かせない。さらに、メカニカル部の点検や清掃は狙撃手自身の安全のために必要で、これらの技術まで含めてマスターすることで、はじめて兵士として一人前だといえる。


織田加賀守信長が、新兵器の公開を見逃すはずが無い。

加賀国司の職務を平手政秀に押しつけて、長駆富山の練武場まで駆けつけた。

「御所様、完成しましたか?」

「加賀殿。そんなに慌てなくても、一休みしてから来たらいいのに」

良之は、馬を飛ばしてきた泥だらけの信長を見て苦笑した。

「まさか。一刻も早く見とうて飛ばしてきたのに、そのような暇はございませぬ」


望月三郎に訓練を開始させる。

一列20人の兵がフルオートで斉射。一秒間に15発の連射をするM-16の破壊力は凄まじく、ターゲットに用いた武家用の甲冑は、全て蜂の巣になった。

「……こ、これは、すごい」

信長はその威力に呆然と立ち尽くした。

「撃ってみますか?」

良之が声をかけると、まるで少年のような笑顔で

「もちろん」

と答えた。

三郎に手取り足取り撃ち方を教授されると、新しく的の鎧を用意してもらい、信長はピープサイトで照準を付けて引き金を引いた。

1秒に15発。30発の弾倉は、2秒で空になる。


「もはや種子島はなんの役にも立ちませぬな」

入浴し着替えも済ませた信長は、良之の前で改めてあいさつをし直したあとで率直に感想を述べた。

「あの兵器の破壊力。2町(約220メートル)も離れた鎧をあれほどに破壊するとは」

信長は、引き金を引いた自らの右手をじっと眺めて、目を良之に移した。

同席していた三郎が、信長に向かっていった。

「加賀様。本当に恐ろしいのはそこではございませぬ。今日初めてあの武器を手に取った加賀様が、半時にも満たぬ簡単な鍛錬だけで使いこなせた。そこが本当の恐ろしさにございます」

「……」

種子島という武器には長年の訓練が必要である。

火薬や銃弾の装填にはじまり、射角の先読み、早合による次弾装填など、熟練せねば全く使いこなせない特殊性がある。

M-16にしても、長距離の狙撃では同様の課題が発生する。

いかに六条右回りの線条が銃身に刻まれようと、発射される銃弾は気象条件や重力からは逃れ得ない。

だが、この時代の兵器である弓や槍、大刀や種子島でさえ、有効範囲のアウトレンジからM-16は殲滅し尽くすだろう。

信長は、この武器に戦国時代の終わりを見た。

「今、なんとか一日100台を目指して増産させてます。配備が終わった部隊から種子島は回収させて下さい」

「畏まりました。ところで、回収した種子島はどのようになさるおつもりですか?」

信長はふと好奇心から聞いた。

「堺で一挺20両くらいで売ろうと思います」

良之は平然とそう告げた。

「1万挺以上あるから、20万両にはなるでしょう? 要らない物は値の付く時に売ってしまうべきです」

「……なるほど」

三郎も信長も、手放せばやがて自分たちの方に銃口が向くと考えてしまうが、良之にとっては単なる経済物資に過ぎないらしい。


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