天文23年春

第78話 天文23年春 1

北陸大乱が終わり積雪の季節を迎えると、良之は、多くの死者を出した地域の全寺院に一斉に戦死者の法要を営ませた。

年の瀬にフリーデとアイリにも子供が生まれた。

先の虎と同様、全員女の子であった。

隠岐越中守などは大いに嘆いたが、良之は全く意に介さず大いに喜んだ。

そして、良之にとってハードだった天文22年は暮れていった。


明けた天文23年。

良之は松が明けて以降、鍛冶師や鋳物師と屋敷に籠もってずっと勉強会をやっている。

良之が招集した職人は、頭を広階平太に据えたプロジェクトチームだ。

総勢15名。彼らを各セクションのチーフに、新たなプロダクトを開発する。

アサルトライフルである。




突撃銃アサルトライフル

マシンガンである。

正確には、セミオートマチックライフルと呼ばれる、発射ガスによって銃底を押し下げることで発射後の排莢を自動で行い、次弾を装填する仕組みになっている。

著名な銃はM-16やM4カービン騎兵銃。それに、ロシアのAK47。

良之が企図するのはM-16のクローンである。


有名な話だが、M-16もM4も設計図が公開されている。

設計をしたコルト社の特許権が20年で切れているからである。

そして、その設計は、インターネットで幅広く流布している。


良之が自軍の兵装に検討しているのはM-16である。

実は、M-16とM4カービンは、その8割もの部品が全く同一だと言われている。

実際はその双方とも開発後に独自進化を繰り返したため別物になった機構が多いが、少なくとも銃弾を発射するためのメカニズムは同じ仕組みのままである。

M-16とM4の違い。それは銃身バレルの長さだ。

20インチ(1インチ=2.54センチメートル)のバレルを持つM-16ライフルに比べ、16.5インチの短銃身に切りそろえられたM4カービンは、屋内や近接戦闘という短距離射撃に用途を絞られた銃といえる。

銃身を短くしたデメリットは大きい。

もっとも大きなデメリットは、バレルが過熱してしまうことだ。

バレルの異常加熱は銃の信頼性の他に銃器の寿命にも関わる。

さらに、銃身の短絡は中距離とされる400メートル以上の標的への命中度も大きく下がる。


一方で、M4カービンの設計思想には、M-16にも導入が可能ないくつかのアイデアがある。

そのひとつが、銃床ストックの樹脂化だ。

バレルやボルトなどは強度のあるクロムモリブデン鋼が使用されるが、それ以外の構成部品にはアルミや超硬質樹脂などを用いることで軽量化が出来る。

実際、M-16クローンである民生用のライフルなどはそうした製品も数多く存在している。

中には、ジュラルミン製のステーで枠だけ作られた中空の銃底すらある。

この手のライフル銃は、銃床は肩に当てて支えて安定的に発砲するために取り付けられている。

肩に当たる部分の強度さえ確保できれば、以前のライフルのように重い木製のストックは不要なのである。

木工工芸が不要になれば、その分工期も短縮できるし、樹脂製品が使えれば量産も可能になる。


良之がPCで探った辞書には、彼の考えにマッチするドイツ製のヘッケラー&コッホ社のアサルトライフルがあった。

これは、ボルトキャリア、つまり発射ガスで後退して薬莢を排出するボルト部分をバネで支えるバネ式支柱が納められる部分に、簡素な肩当てのパッドのみが付いているシンプルな構造だった。

良之のアサルトライフルの設計は決まった。

M-16クローンの銃身に、H&K MP5シリーズのストックである。




良之の時代ではすでに、軍用に大量生産されるアサルトライフルの銃身バレルはライフルマークの切削など行われてはいない。

5.56ミリの口径より20%ほど大きめに作られたクロームモリブデンのパイプにライフルマークの通りに作られた金型を挿入し、外側からこのパイプを金型で叩いて圧縮し、最後に金型を抜き取って製造するのである。

冷間鍛造である。

この方式によって、正確に同一な銃身が量産できる。


一本一本職人がガンバレルドリルで鋼鉄の棒から掘削して作った銃身に比べて鍛造した銃身の寿命は短くなる。

だがその代わりに交換部品として銃身も大量に供給出来るので、劣化したらすぐに交換が出来る。


田の字型の四個の金型の中心部分を円筒形にくりぬいて、銃身にするパイプを周囲から何度も打ち付けて徐々に圧縮していく。

コンピュータ制御のロボットによる自動成形機が主流であり、すでに職人が介在する余地の無い作業となっていた。

彼自身に知識がなくNC、CNCといったコンピュータ制御の機構が作れない良之にとっては、冷間鍛造プレス機を作ったあとは専従の職人の熟練でこの工程をやってもらうしか無い。

そのため、まず真っ先にこの工場を作り、日夜彼らを鍛えることにした。


そしてこの工房とセットでクロムモリブデン製のパイプを作るためのアーク炉も作る。

炉から出たクロモリの湯はローラーで丸鋼にされ、マンネスマン穿孔機とマンドレルミルを経てパイプ化される。

このパイプに、ガンドリルピットで偏芯を取り除きつつくりぬく工程を加えて、最後にホーニングで鏡面処理を施したあと、冷間鍛造を行わせるのである。


アサルトライフルを製造する上でいくつか課題になる技術的なポイントとして、他にはバネがある。

ばねを作るためにはバネ鋼を針金状に生産した後、コイリングマシンと呼ばれる製造器で巻き加工を行い巻き上げて製造する。

製造するべきバネのサイズのガイドの円柱軸に巻き上げながら成型する方法と、バネ材を金型に押しつけながら押し出して中空で巻き上げる方式などがあるが、この時代の職人たちに手作りしてもらうためには、円柱軸で巻き上げて作る方法以外の選択肢は難しい。

銃の使用環境を考えると、素材はSUS304というオーステナイト鋼ステンレス材かそれ以上の環境耐性と強度が要求される。


銑鉄をステンレスに加工するためには電気炉を無酸素雰囲気に維持できる特殊な炉が必要になる。

そして、アルゴンという不活性ガスが必要とされる。

オーステナイト系ステンレスに必須のクロムが炉中で酸化するのを防止するためである。


ライフル銃を作るためには空気の液化技術が必要になる。

液化させた空気から各空気を分溜するためには空気ポンプと冷却設備が必要になり、動力としては電気が必要になる。

以前検討した際にはいくつかの要因で後回しにした空気の液化に、まずは挑戦することになるのだろう。


良之は、まずバルブとボンベという空気液化技術の「出口」側の開発を改めてはじめることとした。

高圧ガスボンベの必須要項は、無溶接であることだ。

あらかじめクロムモリブデン鋼の無溶接管を溶鉱炉直下で生産。

その鋼管を切断して所定の長さに切り分けたあと、プレス加工によって底を作り、最後にバルブ口部分を絞り上げて成型して仕上げる工程が必要になる。

これをマンネスマン方式と呼ぶ。

マンネスマン式において、ボンベの底を作る部分こそが技術的な難題になる。

一方、長方形の鉄塊や鋼板をプレスによって加工して、最初から底のある深絞り成型でボンベを作るのがエルハルト方式、およびカッピング方式である。

完成品の強度の安定性が高いメリットはあるが、生産エネルギーのコストがマンネスマン方式よりかかる。

良之は結局、カッピング式を選択することになる。高圧ボンベの事故は、あまりに凄惨な結末を生み出すからだった。


ここでガスボンベの製造を始めさせた事のメリットは、ただアルゴンガスが利用可能になるだけでは無い。

新潟における天然ガスの燃料利用が可能になるし、溶鉱炉に対して酸素が供給され、窒素からアンモニアや硝石が合成できるようになる。

窒素合成によって大量の肥料が供給出来るようになり、更には良之を筆頭にした錬金術師の介在なしに、化学的手法で硝石の合成が出来るようになるのである。

また、溶鉱炉や分溜塔などで発生する二酸化炭素を収集し、液化して保存しておくと、後に、油井にこの液化二酸化炭素を注入することで、石油の産出量を増加させることが出来る。

科学は、連鎖するのである。




バネ鋼生産のための準備を整える間、良之はライフル弾の薬莢製作ラインの構築に取りかかった。

薬莢は、ボルトアクションの後装銃が誕生した時から、大まかには現在と同じ機構で誕生した。

ピンファイアやリムファイアといった発火機構の進化を経て、マシンガンが量産される時代には、現在の真鍮製の深絞りプレスによって作られるセンターピン式が同時に発明されている。

マシンガンを作るためにはあの形式の薬莢の存在が必要不可欠だったのだ。


薬莢は、プレス打ち抜きによって作られた円形の真鍮メタルを、数回――一般に3回の深絞りプレスとトリミング加工――を経てリップスティックの媒体メディアの形に絞ったあと、弾丸をかしめるためのウエストと、銃底ボルト部の口径より大きいネック部分を金型でプレス成形して、最後に火薬の雷管を取り付けるホールを開けて完成される。

10回近いプレス機による圧延が課せられる金属にとって厳しい環境下に晒される工程が求められるため、誕生時から現在に至るまで、選択される素材は真鍮が多い。

世界中の多くの国が補助通貨に真鍮を用いる大きな理由が、有事の真鍮不足を防ぐためだ、といわれるほど大切な戦略物資のひとつなのである。


プレス加工は、ひとつの持ち場をステーションと呼ぶ。

薬莢の場合、3ステーションで構成され、最初は素材板から円形を打ち抜く作業場、次に薬莢をその長さにまで深絞りで圧延する作業場、最後に、ウエスト・ネック部分と雷管挿入部分を成型する作業場に分けられる。

厳密には、深絞り後の真鍮を一度焼き鈍し、酸で洗浄してから水洗いする工程が入る。

これらは、多くの箇所で自動化され、専用のベルトコンベアで横に横にと移動されながら各工程が進んでいく。トランスファプレスである。


なぜこうなるのか? なぜこの工程が必要なのかを一つ一つ説明しつつ、良之は職人たちに技術移転を行っていく。

併せて、旋盤やフライス板による金型技術も伝えることで、今後どうしても必要になるメンテナンスについての技術も移転させた。


完成した薬莢に雷管を取り付け、定量の無煙火薬を充填し、弾丸を挿入してかしめる自動ラインも構築した。

銃弾は、あえてメタルジャケット、つまり鉛の弾丸に被膜のように別素材でコーティングする弾丸を良之は選択しなかった。

極力、工程を減らすことによって生産性を重視したのである。


弾薬には、CL-20と呼ばれる火薬を製造する。

本来は非常に人工的な製造過程を経て生産される自然界に存在しない分子だが、フリーデの尽力で開発された錬金触媒によって、窒素のウルチタン構造生成と、この構成のニトロ化の2工程で安定した物質化が可能になったために、製造工程は他の火薬をこの時代の人間たちにやらせるよりよほど安全な工場とすることが出来た。

火薬の合成については、これまで、ダブルベースやトリプルベース火薬は良之が錬金術で必要量を合成してきたので、この工場の稼働と共に、彼への依存度がひとつ減少したことになる。


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