第53話 飛騨での内政 4

小笠原を滅ぼした武田は、この時期、高遠城主高遠頼継を南信調略の基点に考えている。

ところが、この高遠頼継は、幾度かの裏切りで今の地位を得ている。腰の落ち着かない人物だった。

最初は、主家である諏訪を裏切り、武田に与した。

そして高遠諏訪氏として、諏訪・伊那方面のまとめ役に付きながら、武田を裏切っている。

その後、上田原の戦いで武田の敗北に端を発し、伊那衆の反乱に乗じて再び独立の姿勢を見せた。

二度とも武田に攻め寄せられ、そのたび頼継は甲斐に出仕し、武田晴信から許しを得ている。


その高遠頼継に愛想を尽かせた木曽衆や伊那衆が、飛騨に唐突に現れた二条大蔵卿という御所様に関心を寄せている。

特に、先代の木曽左京大夫が隠居の地から流民を引率して飛騨に移住したという話と、現当主の中務大夫が飛騨に伺候に出向いた話は、すでに伊那に知れ渡っている。




木曽中務は、父の説得もあり早々に二条への臣従を決めた。

良之は、臣従を受け入れた。

織田上総介の推薦をもって柴田権六を起用し、彼に兵1000、鉄砲500を託して木曽の防衛と治安維持に協力。

木曽中務の検地と刀狩りに協力した。


ちなみに、良之は飛騨や木曽で買い上げた刀剣を堺に輸出している。

刀剣類は国内でも高額でも取引されるし、明や南蛮人も工芸品として高く評価しているのである。


木曽と高山を結ぶ木曽道の状況があまりにひどい。

良之は、木曽にいる黒鍬衆をリーダーに、飛騨からも若干の人数を派遣して、道路の拡張、付け替えや架橋を指示する。




堺の皮屋に、豚、牛、鶏が届いた。

また、宣教師トーレスと五峯の間で良之の望む品の情報共有が行われ、五峯が調達可能なサツマイモ、菜種などが皮屋宛に届いている。

早速、家畜に関しては皮屋取引の河原衆に、数を増やすよう依頼した。

菜種は遠里小野に届けさせ、近隣で生産をさせるように指示をする。


トーレスは、ウルトラマリン顔料の価値を知っていたようだった。

早速、インドのゴアから船団が買い付けに来るだろうと返信が来ていた。

さすがに「同量の黄金と同価値」とまで言われた顔料だ。

トーレスの手紙によると、対価が厳しいので、可能なら物々交換にも応じて欲しいというゴアからの言付けがあったという。

良之は、甜菜、たばこ、ブドウなどの苗や種子を要求した。

この時期、西洋にはまだたばこ産業は起きていない。

だが、スペイン人やポルトガル人には、アメリカ大陸にあるこの植物に対する知識は、すでにあったのである。


本来良之はサトウキビが欲しかったのであるが、飛騨や信濃、それに堺あたりでは畑作がうまくいかないことは承知していた。

とにかく、砂糖が欲しい。

良之自身は砂糖を錬金精製出来るが、食事に置ける調味料としての砂糖が欠乏する可能性がある。

良之の領地で出される食事が美味なののひとつの理由がこの砂糖なのである。


堺などの大都市では、茶会の菓子などに砂糖菓子が出されているが、まだまだ一般的なものではなかった。

理由は、原料である精製糖が、明や南蛮に100%依存しているからである。

良之としては、自国生産のメカニズムをなんとか構築したいと思っている。




旗鉾の山際の木材切り出しと整地が終わったのは、旧暦5月頭だった。

その頃には、美濃からも耐火レンガが届きはじめた。

「確かに苦戦中のようだな」

そのできばえを見て良之はつぶやいた。

金属精錬炉に使う耐火レンガにとって、ひび割れや隙間は命取りである。

そこから溶融した金属がしみ出してしまえば、炉の寿命は終わる。

それでも、良之は構わず職人を指揮して炉を組み上げさせた。


組み上げた炉を取り囲むようにして、建屋を作らせる。

ここから先は、良之の錬金術によって全ての施設を完成させることになる。

まず、積み上げたレンガを、アルミナを錬成してファインセラミックスコーティングする。

そして、レンガの下部に、補助熱源として石炭をコークス化させる炉を併設する。

コークス炉にもセラミックスコーティングを施し、強度を上げる。

コークス炉の排気ガスはコンデンサ設備を介してコールタール集積に当てられ、残った排ガスは、自溶炉に吹き込まれて燃料化される。

また、このコークス炉はコークス製造が目的ではないため、乾留が終わり冷ましたコークスはそのまま自溶炉に投入されることになる。


自溶炉の上部には、資源や触媒を投入する投入口があり、さらに炉の中心部には、高酸素圧縮空気を吹き込むノズルを作った。

最後に排気システムである。

この炉から出るガスには様々な毒性の強い重金属が蒸発しているため、まずはコンデンサ設備で亜鉛、カドミウム、ヒ素などを固形化して集積させる。

次に、脱硝装置。ファインセラミック多孔質触媒にアンモニウムを供給して、ここを通る窒化酸化物NOxを分解させる。

続いて脱硫装置。

ここもアンモニア用いて硫化アンモニウムに反応させ、硫黄分を回収。

最後に、残った排ガスを消石灰のプールに吹き込む。

消石灰に硫化ガスが反応すると、石膏が生産される。

最後に集塵フィルターを通って、煙突から排気される。


自溶炉の原理は驚くほどシンプルだ。

鉱山から産出する金属は、一般に硫化金属の場合が多い。

金などは化合物ではない含有岩石で採鉱されるが、それ以外のほとんどの鉱石は、硫化物である。

この硫化物に、燃料である重油や石炭を加え、高酸素濃度のガスを吹き込んで自燃させることによって、炉を熱する熱源の省エネを計っているのが自溶炉である。

また、燃焼補助剤として硫化鉄や酸化鉄なども投入される。

残念ながら今の段階では酸素ボンベが使えないし、コンプレッサーもないので、職人たちにふいごを踏んでもらっている。


並行して、平金鉱山の採掘がスタートした。

良之の自溶炉では、現在、ストック分を良之が回収した神岡鉱山の鉱石が溶錬されている。

そこに、各地で回収した鐚銭や、京都の廃寺から集められた銅などが投入され、さながら南蛮絞りの再現のような光景が繰り広げられている。

鉄、ケイ素、アルミニウムなどは溶解状態の炉に空気を吹き込む事でスラグ化して浮上する。

スラグ化した物質を炉から掻き出すのは、残念ながら人力に頼らざるを得ない。

劣悪で危険な作業だが、職人たちは誇りを持って働いてくれた。


やがて、炉の温度が下がってくると、銅が溶けた鉛に浮かび上がる。

その銅を回収し、次の銅スクラップの投入となる。

その際、平金鉱山で採鉱した鉱石も一緒に炉に落とされる。


銅を絞ったあと、再び加熱を強め炉内に圧縮空気を吹き込むと、酸化した錫やアンチモンなどが酸化物に変わって浮上する。

これらも人力で炉から搾り取る。


鉄やケイ素などのカラミ、粗銅、錫やアンチモン、ヒ素などの酸化物は、それぞれの工程ごとに冷まされて、専用の倉庫に運び込まれる。

やがて、鉛の量が増えて作業の効率が落ちると、鉛中の不純物を取り除く乾式精錬を行う。

まず、溶解した鉛に硫黄を投入して攪拌する。

すると、溶解していた銅が硫化銅として浮上するので除去。

次に、水酸化ナトリウムを投入し、錫、ヒ素、アンチモンなどの酸化ナトリウム化合物を作って除去する。

また、亜鉛鉱を投入して炉の温度を下げると、亜鉛が炉中の金や銀と化合物を作って析出するので回収する。

最後にマグネシウムとカルシウムを加えて加熱すると、ビスマスが金属結晶として析出する。

これらの処理を行ったあと、多すぎる分の鉛を炉中から流し出して、再び作業を続行する。


石膏水槽は、定期的に石膏化した石灰をすくい取り、新たな消石灰を投入して、石膏を脱水したあと乾燥させて保管される。

この脱水機も良之は錬金術で作り、職人たちに説明した。

2号機以降は、鍛冶屋と鋳物師たちが作ってくれるだろう。

原理はとても簡単で、手動で動く洗濯機のドラムのようなものである。

それを人夫たちが交代でハンドルを回して回転させるのである。

ひとまず全行程の習熟が終わったところで、良之は、責任者を池田勝三郎に依頼して、平湯に戻った。

すでに炉に火を入れてからひとつきが過ぎている。


堺から届けられたサツマイモ、綿、唐辛子などは、先月中に作付けを終えている。

いずれも、翌年以降のための育成である。

綿に関しては、織田上総介信長に、

「海に近くて塩害の強い土地に最適な換金作物だ」

と教え、可能なら尾張の稲作不適地域で奨励してもらえるよう、彼の父につなぎを付けてもらっている。


どのように金になるのかを聞かれたので

「綿花からは繊維と織物が、種からは油が、そして茎は肥料になったり紙にも出来る」

と伝えると、大いに期待しているようだった。




ちょっと・・・・京都に行ってくる」

良之は言い出した。

家臣一同、一瞬呆気にとられた。

「御所様、さすがにちょっと、で行かれては困ります」

代表して隠岐がたしなめた。

「帝に拝謁し、堺で皮屋と取引して、船尾で職人たちと相談してくる」

「……そのような理由であれば致し方ありませぬな。しかし、供回りをいかがなさいましょう?」

現在、飛騨国内では人足たちがフル稼働している。

つまり、それを指揮、監督する人材が不足し、斉藤道三や明智光安、信長の配下である丹羽や川尻なども借り受けて各地に派遣している有様だった。

「お虎さんと……上総殿、一緒に行ってみますか?」

「あい」

「おお、もちろん」

2人は喜んだ。

「小者は、新三郎と……5人ほど伊賀の草の手を借りましょう」

「では、千もお連れ下さい」

アイリがいつも通り、千を推挙する。

「千も忙しいでしょ? 連れてって大丈夫?」

千は、最初の弟子の他に30人ほどの新弟子を抱えながら、領内の診察や平湯の療養所などを切り盛りしている。

「この頃は、5名ほど千ほどではありませんが、回復魔法が使える物が育ってきましたので。あの、良之様……以前お見せ頂いた人体の模式図と、医学書をお借りしてよろしいでしょうか?」

「ああ、良いよ」

写しがないから、<収納>に保管してくれぐれも破損や紛失しないようにと念を押した上で、良之は人体のカットモデルで内臓などを解説する書籍と、「現代の治療方針」という医師用の虎の巻のような本を貸した。

言うまでもなく、良之にとっての虎の巻でもある。

「ありがとうございます。やはり、外傷だけではなく内科の治療をさせるためには、しっかりとしたイメージが必要なようなんです」

「なるほどね」

良之も納得した。

「いずれ、祐筆とか絵師とかに模写させないとダメかもね」

良之の言葉に、アイリはうなずいた。



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