第16話 堺へ 6


翌々日。

宗久が紹鴎に命じられ、良之が指示した素材は全て整えられた。

目的地は五箇荘朝香山村。ここには、いわゆる河内鋳物師たちの工房が建ち並んでいる。

朝早くから、宗久の指図で店子たちが荷造りをして出かける。

紹鴎の店の荷車で目的地まで運ばれるのは、現に輸出用として集められている棹銅、燃焼用の松炭、精製された鉛、そして。

「骨灰、ですか?」

集めろと言われた時、紹鴎は驚いた。

「味噌屋の味噌樽一杯ほど欲しいんですが、集まりますか?」

「そら、うちは皮屋どすからな」

皮屋は皮のなめしのほかに、牛馬の遺骨やスジから膠も煮出している。

荷出し終わった骨は骨灰にして売ってもいる。

「なんに使われるんどす?」

「まあ、それはあとのお楽しみ、です」

良之は悪ガキのような表情で笑った。


五箇荘には皮屋御用達ともいえる職人がいる。

そのうちの一人、広階ひろしな美作守に今回の実験を依頼していた。


「親方、よろしくお願いします」

良之は、あらかじめ指示していたように今回のために、炉をふたつ用意しておいてくれた親方に頭を下げる。

特に南蛮絞り用の炉は特別に、絞るための機構を用意してもらっている。


まず、炉に木炭を敷き詰め、その上に棹銅を並べ火を入れる。

高温で銅が融解したところで、銅の倍量の鉛を入れ、ふいごで新鮮な空気を送りつつ良く攪拌し、完全な銅=鉛合金に仕上げる。

それらを水たらいで冷却し完全に溶解炉から取り出すと、次に、絞り炉での作業になる。

絞り炉では、2種類の金属の比重や融点の違いを利用して、合金から鉛だけを絞り出す。

銅は1084.62度を下回ると結晶化を始める。対して、鉛の融点は327.46度。

徐々に固まり出す銅を絞るため、グランドならしのトンボという器具に似たものを鉄で作ってもらい、それで炉内の銅を絞り、まだ液状化している鉛を絞り出す。

炉の手前は、液化した鉛を流れ出させることが出来るよう工夫されている。

粘土製の炉の口を切るだけで、銅を残し鉛だけを流し出すことが出来るのだ。


そうやって絞られた鉛は、骨灰を強く押し固めて作った相撲の土俵のような山の上に流し込む。

鉛の堅さが増してくると、再度火を強くして、丁寧に銅と鉛を分離する。

最後に、固まってしまった鉛をもう一度溶解させ、骨灰の山に染み込ませる。


「おお……」

職人たちも、皮屋の一同もその結果に驚いた。

鉛は骨灰の山に吸い込まれ、表面には、確かに銀が浮き残っている。


誰もが初めての実験だったため朝からはじめて昼下がりまでかかってしまったが、60キロ程度の棹銅から、4匁近い銀が抽出されたのだった。


「いかがでしょう? 親方も、紹鴎殿も、これでご理解いただけましたでしょうか?」

作業が終わり一休みしたあと、良之は二人に話した。

「明国人も、南蛮人も、もちろんこのことは知っているんです。知っていて、黙って堺や博多や、その他の港で銅を買っている。黙ってるわけですよ、せっかくの儲け口なんですから」

「……口惜しいのう」

親方の美作守が漏らした。

「どうですか紹鴎殿。銅座を作り、こうして銀をきちんと絞った銅を公許品として、これだけを海外に輸出する。日の本の銀は盗まれずに済むのです」

「なるほど。あい分かった。だが少将殿。であれば、この方法を全ての鉱山で教え広めれば、なおのこと話が早いではないか?」

紹鴎が言った。

「確かにそうです。ですが、では実際そうしようと誰がするでしょう? 見返りや利があればともかく、こんな乱世です。鉱山に出向くだけでも場合によっては命に関わりますし、たいていの大名たちは鉱山に近づくものがあれば、命を狙いかねません」

「む」


――それは確かに。


紹鴎も納得した。

この時代の職人たちは総じて既得権益主義であり、秘密主義である。

鉱山というところはスパイを嫌い、紹介のないよそ者にとっては危険地帯でもある。

まして、その鉱山によって軍資金を調達している戦国大名や豪族たちは、家の実力を知られる危険がある鉱山の全容を知られることを怖れ、警戒している。

そんな時代に、のこのこと「この方法は利益がありますよ」などと教えに行って誰が信じるだろうか。


入り口で取り締まるのが難しいなら出口でやればいいのだ。

確かに燃料費と労働力、そして貴重な資源の浪費にはつながるが、要はそれを補う利益が上がればそれでいいと良之は思っている。


美作守は技術的なことでいくつか良之に教えを請いたいようだった。

「少将様。この灰ですが、こいつは竈や炭火の灰でもかまいまへんので?」

「出来るようですが、やはり骨灰には叶いません。成分の違いのせいなんです」

灰吹き法の原理は、鉛が灰と化合して灰の中に溶け込み、銀は反応せずに析出するのを利用する。

骨灰の主要な成分であるリン酸カルシウムが、この反応に最適なのである。

「なるほど……次に炉ですが。これは大きな坩堝の下に穴を開け、その穴から鉛を絞っても構いませんので?」

さすがに有史以来その名を響かせた河内鋳物師だ。

たった1回の試験で、何か工夫に気づいたようだった。

「そうです。仕組みは銅と鉛の比重の違い、それに融点の違いを使うのが原理です。だから、鉛だけ出す工夫が出来るなら、坩堝に穴を用意し、そこから鉛だけを出せば効率が良くなります」

なんと言っても良之も技術屋だ。打てば響く親方の知性が心地いい。

「溶かしの炉と絞りの炉を分けた理由は?」

「目的の違いです。溶かしの行程では何より、鉛と銅をしっかりと混ぜ合わせて、銅の中にある銀を鉛にくっつける必要があるんです。そうして、絞りの炉では、炉の温度を下げていくと銅の方が先に結晶化する仕組みを利用して、銀を鉛に残したまま銅を絞り出すのです」

「……なるほど」

「親方、銅の純度によって、もろくなりやすい銅と、鋳物にしてもしっかり固くなるものとかはありますか?」

「それはもちろん。産地によって全く違いまんな」

「この方法で絞った銅は、おそらく今までのどの銅より質がいいはずです。なぜなら、取り除かれるのは銀だけではないからです」

「そうか! それはすごい!」

実際に試験の結果を見ているだけに、親方の理解は早かった。

つまり、この南蛮絞りは、ただ銅から銀を産出させるだけでなく、鋳物師にとっては製品の品質向上にもつながるのである。


「それにしても少将様の博識には恐れ入りましてございます。わしももっと若ければ、工場を捨てて弟子入りしたいくらいで」

しまいには親方はそんなことを言い出した。


その後、武野紹鴎と親方、そして良之は今後の方針を話し合う。

「やはり、銅座を作らなあきまへんな」

「官製、ということにするならそうでんな」

親方の意見に紹鴎も賛同する。

「銅座はある種の鋳物やさかい、鋳物師と利権争いが起きますな」

親方が腕を組んで考え込む。

「どういうことです? 何か問題でも?」

「へえ。少将様は鋳物師が帝様から勅許を頂いとる、いうんはご存じでっか?」

「いえ」

「……これでおます」

親方は、棚から紫の袱紗に包まれた桐の箱を取り出し、その箱から一通の文を出す。

桐の箱の中に、さらに丁寧に油紙で幾重にもくるんである文は、御綸旨と呼ばれる、天皇の勅許を蔵人が権限を持って私製する類いのものだった。


ある種の特権である。

一、公事免除。兵役や労役に駆り出されることなく生きていける。

二、市手山手免除。市手とは市場税、山手とは入会地での薪炭採取税の免除のことだ。

三、関料津料免除。関所や港での免税特権。

四、専売特許。鋳物製品の販売を独占する権利。

五、行商の自由の保障。一切の行商、旅の自由を保障する権利である。


こうした巨大な利権は、鋳物師が帝に鋳物の灯籠を寄進したことで産まれた。

その後、これらは受給する鋳物師にとっても、発給する地下人の蔵人にとっても大きな既得権益になっている。


「なるほど。で、問題というのは?」

「へえ。例えば、棹銅は鋳物であるから銅座ではのうて鋳物師が行うべきである、いうて訴え出られる怖れがおます」

「うん」

「鋳物に必要な職人を脅し、銅座で働かせんよう仕向けるようなんも考えられます」

「……」

「入会地で薪集めしとったら数にものいわして邪魔するやも知れませんな」

「なるほどね。わかった。その辺は一度京に帰って関白様と相談してこよう」

良之も、いろいろ聞くうちに確かに危険をはらんでいることに気づいた。


「少将様。真継家と事を構えなさるならご用心を」

紹鴎が口を挟む。

「彼のものは、御蔵小舎人の新見家の家人でありながら主家を乗っ取り、その後、日本中を飛び回り鋳物師を利権化させ私腹を肥やしたる者どす。なんでも噂では主は毒害し世継ぎは餓死させたなどといわれとりまっさかい……」

なるほど、典型的な下剋上である。

良之はちらっと顔をしかめたがなにも答えなかった。


「問題はそっちより、銅座をどこに作るのか。どのくらいの規模で作るのか、誰が作るのか、だね」

「さいでんな……少将様は堺の内に作りたいとお考えで?」

「それが安全だよね。あるいは、堺の外でもいいけど、堺と同じくらい強固な堀と塀、それに戦力がいるかな」

なにしろ銀、鉛、銅といった有価金属を一手に扱う産業である。

打ち壊しや略奪に狙われるのはほぼ必然だろう。

「それについてはわてにお任せ下され」

「職人の手配や育成についてはわしが」

ひとまずは紹鴎と親方に実務を任せることにして、良之は朝廷での工作を引き受けることにした。


「あ、ちなみに、親方。この辺一体に捨てられてるのろやカラミ、もらってっていいですか?」

許可を取って、ぼた山のように積まれた精錬スラグを、<収納>し尽くして帰る良之だった。




堺に戻った良之は、関白と黄門にそれぞれ一通文を送った。

返答を待つ間、フリーデやアイリに、物質の抽出法を教えた。


また、空いている納屋を借りて、集めたスラグの錬金分解実験を始めた。

スラグの主成分は酸化鉄が五割、酸化ケイ素が三割ほどで、残りは微量な元素群だ。

科学者である良之にとって有用なのは、アルミニウムの原料であるアルミナ、酸化チタン、酸化マグネシウム、酸化カルシウムなどである。

とりあえず、微量な元素から無理矢理抜き出し、それぞれ<収納>にストックする。

そして、酸化ケイ素を粉末状態にして取り出し、錬金術と魔法を組み合わせて一瞬で焼き上げてみた。

「……これはなかなか」

石英ガラスの塊が出来た。

ふと思い立って、完成した石英ガラスを錬金術と魔法のハイブリッド術式でさらに高温高圧に晒すと、無色透明な水晶玉が完成した。

そこで、大小様々な水晶玉を精製して紹鴎に見せた。

「紹鴎殿。水晶玉を方術で作って見たんですが、どれが一番儲かりますか?」

紹鴎は絶句した。


「……これとこれは高う売れると思います」

紹鴎が選んだのは、ビー玉ほどの大きさと、良之的には占い師が袱紗の上に置いて覗いてる水晶玉の大きさのものだった。

「しかしどのように……いえ、方術であればわてが聞いたとてどもなりまへんな」

もはや宝玉やおまへんか。紹鴎はその水晶玉を眺めてはため息をついた。

理由は分からないが、日本人は古来よりさほど玉石に関心を持たず、代わりに貴金属を愛した。

反対に、中国や朝鮮では玉は至宝とされ、ヨーロッパ人もまた、ジュエリーを好んでいる。

「そうですか。2500貫(10トン)ほど作れますが、銅座を作る費用に足りますか?」

良之に言われ、また紹鴎はたまげることになる。

「もちろんなりますとも。惜しむらくは、宝珠はまとめて取引が出来ないことどすなあ」

と答えた。


そこで早速、納屋を借り切って、一日がかりで10トン以上の水晶玉で埋めておいた。


翌日。

スラグの残滓は酸化鉄と微量元素のみになった。

二割ほどが酸化鉄Fe2O3で、残りは酸化鉄Fe0だ。

これを全量Fe2O3に置換したい良之だったが、さすがに納屋の密室でやるのは危険すぎる。

酸素は濃度が上がっても、下がっても危険だからだ。

そこで、海岸に出て行った。

まずベンガラFe2O3は全量を抽出する。

残りの酸化鉄は、以前に虫下し薬を抽出した方法で組み替えて作った。

足りない酸素は海水から抽出した。


「今度は何事どす?」

「ああ、紹鴎殿。これ、なんだか分かります?」

「……錆ですな」

この時代、錆は重要な染料、顔料として多岐にわたって使用されている。

特に、良之が紹鴎に見せたように精製されて微細粉になっているものは最上ものに分類されている。

もちろん、紹鴎も知っている。

「まさか……」

「はい。6000貫くらいあります。売れますか?」

「少将様。昨日の水晶玉といい今日のこの錆といい、元手は一体何なんですやろか?」

「ああ、いつも鋳物屋とかに行くとカラミやのろをもらってるでしょ? あれです」

ゴミではないか! 紹鴎は驚いた。

「でも残念ですが、これはフリーデやアイリにも未だにやり方が分からないらしくて、今のところこうやって作れるのは俺だけでしょうね」

一生懸命教えてるんですが、と良之は苦笑する。

「これほどの純度ですと、結構高値に捌けるんやないか思います。あの、これも……」

「ええ、銅座の資金に充てて下さい」


これだけの量の錆や水晶は、到底一度では売れない。

値崩れするからだ。

だが、供給の心配をする必要がない安定的な商品として、皮屋は大きな富を築くことになる。

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