呪われし存在の宿命と終わらない願い
『黒髪のフランス人形』を救いに来た、そう彼女は言った。あたしを助けに来たわけではない?
「……あたくしは、彼女を呪われた宿命から救いたいんですの。もう、人間様を殺させないために。」
その発想はなかった。
「ど、どうやって?」
「分かりませんわ。」
清々しいほどハッキリ答える。
「毎回、試みるのですけれどね。あたくしを見たらすぐ逃げてしまいますの。……今度こそ、捕まえますわ。でも何故か、彼女の近くに行くと、人形に戻ってしまいますのよ……。」
今……人形って言った?本当にこの子、フランス人形なの?
「……お二方、あたくしがあまりにも可愛いから、疑問に思われるのはわかりますけれど。わたくしも人形なんでしてよ?」
不敵に笑う。
「……心を持った人形。たまに聞くけど、本当なんだ。」
サチが呟くように言った。
「そうですわ。それに……、人形が人間様を襲うには理由があるはずなんですの。………だって、あたくしも呪われた人形なのですもの。」
目が笑っていない。あたしは寒気がした。呪われた人形が呪いの人形を追い掛ける……?
「な、なんで……。」
「………あたくしも、
うっすら笑う、目が怖い。それに気がついているのか、更に口を弓なりにして笑う。
「だから………、言葉にはお気をつけ下さいませ。あたくしもいつ、暴走するかわかりませんの……。」
彼女は繰り返した、『言葉にはお気をつけ下さいませ』と。彼女はあくまで、人形の立場で話している。
「あたくし、別に貴女様方なんてどうでもいいんですの。……まぁ、無差別に邪魔をする人間様を殺していた人形が言えたことではありませんわね。」
……あたしは悟った。『理由』さえあれば、彼女にあたしやサチも殺すんだと。そう、彼女は天使なんかじゃない。
「あたくし、無駄なことはしたくないんですのよ。それと、壊したくらいで動かなくなるほど、呪われた人形は柔じゃなくてよ?……ボロボロに壊れても、ターゲットを殺すまで動き続けるのが呪われた人形の宿命。一度ロックオンしたら、殺すまで諦めないんですの……。」
……多分彼女は、今までそうしてきたのだ。……この子も危険であることにはかわりない。でも、頼らなければ死んでしまうのはおなじこと。
「あ、あたくしとしたことが忘れてましたわ!あたくし、『
きっと、彼女に"理性を教えた人"がつけたのだろう。
「あ、あたしはエリカで……。」
「私はサチ。」
架音ちゃまはあたしたちを交互に見ると。
「エリカ様とサチ様ですのね。……取り敢えず、エリカ様のおうちに連れていってくださいまし。」
あたしは、生きるために彼女に従うことにした。
~・~・~・~・
「あら、お嬢ちゃん。お友だち?今日は歌いにいかないのかい?」
買い物に来ていたらしい、おばさんに話し掛けられた。
「ええ、このお姉ちゃまのおうちにお泊まりなんですの。」
無邪気に笑う。こうしていれば、普通の女の子にしか見えない。あらそうなの?残念ね、とおばさんは去っていった。
「……歌、好きなの?」
「ええ。あたくし、元々『melody-doll』として造られましたの。おうたとピアノが得意でしてよ。」
その可愛らしい声と小さな手で奏でる曲は綺麗だろう。そして、ふと気がつく。……彼女のクラックに。
「手、どうしたの?」
……彼女は感情の籠らない目をしていった。
「これこそが……呪いですの。狂気に飲まれたら全身に広がりますのよ…?だからあたくし…………、一回ボロボロに壊れましたの。修復するのが大変だったそうでしてよ? この陶器は特注品なんですもの。」
感情の籠らない目のまま、薄く笑う。この話はあたしたちを一層、恐怖を感じさせた。
~・~・~・~・
お母さんがあまり気にする人でなくて良かった。不思議なことに、彼女は普通にご飯も食べる。あたしにはびっくりすることばかりだ。
人間にしか見えなかったり、人形だと理解したり。
……部屋につくと、彼女の気配が消える。
下を見ると、架音そっくりのフランス人形が落ちている。
「……本当に人形になっちゃった。」
抱えると、言われた通り部屋に入り、《黒髪のフランス人形》の隣に置いた。
~・~・~・~・
………それからと言うもの、最終日までで変わったことは、這いずる音が聞こえなくなったくらい。朝起きても全く変わらない位置に、2体の人形はいる。
「……どんな闘いをしてるのかな?」
あたしには皆目見当がつかない、人形たちの闘い。
~・~・~・~・
最後の日の深夜……。
……コトリ。
微かな物音で目を覚ました。半覚醒状態で少し目を開ける。夏が近いこの季節、明け方が早い。うっすらとカーテンから白い光が見えている。
……あたしは見た。……見てしまった。
立っている架音ちゃんと、やはり座ったままの黒髪のフランス人形と同じ格好をした少女。彼女はあたしへ向かおうとしていたけど、架音ちゃんに止められている。……彼女からは全く表情を感じない。対して、架音ちゃんはくるくる表情が変わっていた。
~・~・~・~・
…………どれくらい経ったろうか。再度微睡み掛けたあたしの視界の片隅に、俯いて動かなくなった"黒髪のフランス人形"がいた。次第に砂のようにさらさらと輪郭が消えていく。隣で架音ちゃんが歯を食い縛って泣いていた……。
~・~・~・~・
………あたしが次に目を覚ましたのは、陽が完全に昇ってから。部屋の中には、"黒髪のフランス人形"も"架音ちゃん"もいなかった…………。
あたしは暫くこの状況が理解できていなかった。最後の"架音ちゃん"の姿が忘れられない。……きっと、救えなかったんだろう。でも、あたしは助かった。嬉しさと一緒に彼女の願いが達成されなかったことへの同情が沸き上がる。
………スマホの着信音が部屋中に鳴り響いていた。きっと、サチからだろうな。
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