迫り来る恐怖と瞳の奥に宿る狂気

━あたしはまだ、その少女が街に溶け込んでいることを知らなかった━


「……やっぱり、すぐには見つからないよね。」


溜め息をつくあたしに、サチはフォローしてくれる。


「まだ二日目の朝でしょ?大丈夫だよ、エリカ!だってすごく目立つ格好してるんだから、今日見つからなくても明日は見つかるよ!」


気休めだが、一人で悩むよりよっぽどいい。本気で心配してくれているのがわかるから。

今日は、学校から自宅・サチの家まで探してみた。近くにいるなら、もう見つかっているはず。人通りが疎らなこの辺りでは、目撃者を探しても見つからないだろう。でも探せるのは放課後か、休みの日しかない。放課後は時間が限られる。『少女』の姿をしているなら、夜は別の意味で目立ってしまう。あたしたちだって、夜は出掛けられない。今日収穫がなくても明日は休日だ。朝から探せば希望はある。そう信じて、サチと別れた。


……正直、あたしは部屋に帰るのが怖かった。サチに言えなかった。昨夜の出来事は。目の錯覚にしてはリアルだし、クローゼットから机の上に移動していたのは間違いない。深夜に這い寄ってくる人形。まるで、人間の少女大になって。……そのまま、最終日には眼前まで来てしまうんだろうか。あたしは身震いした。だけど、帰らなくてはお母さんやお父さんが心配する。多分、サチの家に泊めてもらっても同じ気がした。寧ろ、サチにまで危害が及ぶかもしれない。そんなのは嫌だ!友だちを犠牲にはしたくない。けど、あたしも死にたくない。……見つかるまでは耐えるしかないんだろうか。全身に感じる悪意からはきっと逃れられないんだと思う。


~・~・~・~


あたしは帰宅し、お母さんたちを心配させたくなくて相談も出来なかった。


……布団に入っても中々寝つけない。神経が高ぶっているんだろう。


…………ズリッズリッ。


深夜を回った頃、その音は聞こえてきた。近寄ってきてる……!真っ直ぐに、ゆっくりと……。恐怖に汗が吹き出す。そんな中にも関わらず、疑問に思った。

……何で引き摺ってるの?もしかして…、歩けない?

暫くすると、引き摺る音が方向転換する。


……ズリッズリッ。


横目で見ると、低いラックにしがみつき、腕の力だけで這い上がろうとしている少女の後ろ姿が見えた。……今日の定位置はそこ?確かに机よりは近い。恐怖は拭えないものの、足を引き摺る姿の方が目に焼きついた。


うつらうつらしながら考える。


『死因は、ショック死・絞殺・転落死など……。』


ニュースの一文が浮かぶ。あたしはどんな殺され方をしてしまうんだろう。

あの子も人間だったんだろうか。誰かを怨みながら死んで、人形になったとか?だとしたら、ループになるのもわかる。でも、これはただの憶測。ただあの子の足が気になるだけ……。

殺されるかもしれないときに、何でその相手のことが気になってしまうのか。


……そして、恐怖による緊張で、睡魔に負けてしまった。


~・~・~・~


朝起きると、昨日移動したラックに人形が座っていた。……彼女は、夜中にしか動けないんだろうか。

あたしはそのまま、人形を置いて待ち合わせに向かった。


今日は、商店街を回る。入り口で待ち合わせして、探す予定。サチの姿を見つけ、声を掛けようとしたときだった。

……あたしの目の前をキラキラした淡い金髪の、真っ赤な大きいリボンの目立つ少女が通りすぎる。瞳はルビーの如く綺麗で、肌は陶磁器のように白い。こんな美少女、見たことがない。

………あれ?金髪…大きな赤いリボン………。


「サチ!」

「エリカ!」


あたしたちは同時に叫んだ。間違いない!彼女だ!


「あ、あの!あなた!」


声を掛けると、振り返る。まだあどけない12、3歳くらいに見える少女。


「……なんですの?あたくしに何かご用でして?」


鼻に掛かった甘い幼い声。大きなテディベアを抱きしめ、じぃっとこちらを見る様はとても可愛らしい。


「あ、あの……。あなたは《エンジェルドール》?」


あまりにも直球だけど、あたしにはボキャブラリーがなかった。


「ちょっとエリカ!それは総称なだけで!」


慌てて訂正しに駆け寄る。


「……ふ。あたくしが天使のように可愛いのは仕方の無いことですわぁ!天性の、生まれ持ったもの。あたくしったら、罪作りですこと……。」


自己陶酔してしまう。あまりに個性のある少女だ。


「ごめんなさい。あなた、《デビルドール》……『黒髪のフランス人形』を探してはいない?」


取り敢えず、サチが本題に入る。


「……確かに探していますわ。あなた様が持っていらして?」


……やはり本人だった。サチはあたしを見る。


「あなた様の方、ですの?……では、さっさと渡して下さいませ。」


……彼女の瞳は笑っていない。


「こ、壊してくれるのよね?」


その瞬間、あたしは言葉を失った。少女の眼差しがあまりにも怖かったから。


「……壊す?あなた様………言葉にはお気を付けなさいませ。あたくしはなどではありませんわ。あたくしがのはその、『黒髪のフランス人形』なんですもの。」


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