エンジェルドールの噂
…デビルドールのチェーンメールの恐怖が始まってから、一年が経過していた━
狙われているのは、十代から三十代の女性がメイン。転送先が男性の場合を除き、女性をターゲットにしていることは明白だ。数名の犠牲者が出てしまったことで、マスコミが騒ぎ出している。しかし、内容が内容なだけに信じない世代もいるわけで。ただの連続殺人事件的な扱いをするところもある。実際、その《デビルドール》と呼ばれた人形の写真は公開されていない。いや、したくても出来ないのだ。転送、若しくは、ターゲットの死後に消えてしまっているのだから。
そんな中、偶然にもある美少女に救われた話が飛び交い始めていた。たまたま《デビルドール》を抱え、狼狽しているところに遭遇したらしい。その少女に出会い、言われるがままに部屋の窓を夜、開けたままにしておくと金髪のフランス人形が部屋に現れる。その人形を《デビルドール》の隣に置いて置くと、最終日の朝に二つの人形が消えているそうだ。そして、そのキッカケとなったメールも無くなっているらしい。………しかし消えた後、その少女と再会したものはいない。
嘘か本当かは定かではないが、信じるしか道はないだろう。
~・~・~・~
蜂蜜色のふわふわウェーブの美少女が、大きなテディベアを抱きしめ歩いている。大きく真っ赤なリボン、同色のゴシックドレス。そのどれもが、周りの目を惹き付けた。極めつけに、赤い宝石のような瞳。
「……アンジェリカちゃま。この街でいいんですわよね?」
……テディベアはアンジェリカと言うらしい。
「……お姉ちゃま。あたくし、頑張りましてよ!今度こそ……、今度こそ逃がしませんの!」
可愛らしい手を握りしめる。………しかし、その手には痛々しい傷がある。クラック(ひび割れ)。…………彼女の烙印だ。そのクラックは、彼女の過去の名残。消せない烙印。それは…………彼女が人間ではない証。彼女もまた、《デビルドール》と同じように人間を殺していた。自分を捨てた人間を怨み、阻む者を殺していた。今でこそ正気だが、人間への怨みが消えたわけではない。彼女がお姉ちゃまと慕う女性に出会わなかったらきっと、《デビルドール》のようになっていただろう。
……出会ってからも一度発狂し、全身にクラックが行き渡り、壊れ掛けた。修復するのにかなりの時間を要した。何せ、彼女の陶器は特注品だから。醜く壊れ、崩れてもターゲットへ向かうのが呪われた人形の運命だ。彼女は、その呪いからいつか解き放たれたいと願っている。
彼女は元々、『melody-doll』として造られた。造られた時にはまだ珍しい、『歌うフランス人形』だった。今では、色々な人形がメロディを奏でている。当時の技術では、人形に音楽を仕込むこと自体が困難で、僅か五曲ほどだったが、奇跡的だったことにはかわりない。だが、買い手が金持ちの道楽だったために、飽きて捨てられた。対である『兄』と引き離されて……。今でこそ、一緒に暮らしてはいるけれど。
~・~・~・~
彼女はふと、ジャズの流れるアンティークなカフェの前で止まる。嬉しそうに中に入っていく。
店の中は、初老のマスターと同年代くらいの演奏家四名だけ。カランカランと入ってきた少女にびっくりするが、優しい笑顔で出迎えてくれる。
「お嬢ちゃん、いらっしゃい。渋い趣味だね。」
「ごきげんよう♪おじちゃま!渋いだなんて、ジャズやクラシックは至高の音楽でしてよ?」
「中々言うね。ん?お嬢ちゃんの服、新しく見えるが、かなりのアンティーク素材じゃないか。このベルベットレッドはベルベットワインから赤を強く出さなきゃ、色合いが出ない。」
何だかよくわからない拘りだ。
「そうですの?あたくし、そういうのわかりませんわ。」
「お嬢ちゃんには難しかったか。まぁ、いいセンスだってことだ。」
それを聞くと、満面の笑顔になり。
「おーっほほほほほほほほ!当たり前ですわ!あたくしそのものがセンスの塊ですもの!」
高飛車な笑いをする。彼女の方が意味不明だ。演奏家たちがびっくりして固まってしまう。
「元気がいいなぁ!ははははは!」
しかし、マスターは楽しそうだ。
「……ねぇ、おじちゃま?あちらのおじちゃま方は演奏だけなのですわよね?」
「ん?そうだな。うちには『歌い手』がいないから仕方ないんだよ。」
彼女は目を輝かせる。更に奥にあるピアノにも目を止めた。
「……いないんですのね。飛び入りをお許し頂けまして?あとあのピアノ、調律出来てますこと?」
「構わないが、お嬢ちゃん、歌えるのかい?ピアノ?ああ、いつでも弾けるようにはなってるが……。」
ぱぁぁぁぁ!と更に嬉しそうだ。
「お願い致しますですの!」
苦笑すると、演奏家たちに声を掛ける。皆、快く引き受けてくれた。
「お題目はなにかな?」
「……《Ave-Maria》を。」
演奏家たちは頷くと、演奏を開始する。合わせるように彼女はピアノを奏で出す。……そして、ハイトーンの綺麗なソプラノで歌い出した。
~・~・~・~
……終わると、いつの間にかお店の中に人だかりが出来ていて盛大に拍手が巻き起こる。舞台からも拍手されていた。
「お嬢ちゃん、すごいじゃないか!プロ顔負けだな!」
彼女は満足げにまた、高笑いをして場を白けさせた。
……彼女はわざと目立つ行動を取っていた。
早く、《デビルドール》に見いられた人間を見つけるために。
半分、本気ではあったけれど。
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