第18話 魔王さまとサキュバスさま

『……さま、魔王さま?』


 吾輩が眠りに就いて、すぐのことだった。

 視界イメージに靄のかかる精神世界で微かに届く女性の声。


「ほぅ? 声だけとは言え、夢の中に侵入されるとはね。大したものだ」

『うふふ、それが専売特許ですもの。寧ろ、指さえ触れさせてくれない魔王さまの精神プロテクトが異常いけずなのですわ』

「ふむ……それで、サキュバスが何用かな?」


 先日、大司教から実に罪深い薄い本が届いたばかりなので、ソッチ関係は事足りている。


『相談が、ございますの』


 大陸南方、陸路と海路で人と物が行き来する貿易都市。活気に溢れたその都市には、様々な人種、種族が入り乱れて暮らす。別名、夜を知らぬ街。

 煌々と消えぬ光に群がる蝶の如く、金と女と酒は、甘く華やかなものだ。


 歓楽街のやや外れ、小さな、しかし豪奢な店構えをした建物。


 サキュパブ in 夢。


「いん、ゆめ?」

淫夢いんむ、ですわ」


 やたら生地が薄く肌の面積が多いドレスに身を包んだサキュバスに説明され、吾輩は背後のメイド達を振り返る。是非、お嬢さま方もご一緒に、と誘われ、引き連れてきたわけだが……良いものか?


「さ、お入り下さいまし」


 吾輩、金銀とやたら意匠を凝らした椅子と硝子の卓に座らせられる。


 サキュバスは、ぷっくりした唇で悪戯を仕掛けるように微笑み、髪をかき上げると、むちむちとした胸元や太腿を見せつけるように身体をくねらせる。誰かさんのようなあざとい仕種とは一線を画す、性のプロ。セックスアピールの権化のスキルだった。


「サキュバス業界もなかなか厳しいのでございますよ、魔王さま」

「君ら、人の夢に忍び込んで、サッと精を頂くだけじゃないのかね?」


 サキュバスが、しな垂れかかるようにその華奢な肩を寄せる。


「昨今、ニーズが多様化しておりましてぇ」


 男の夢に忍び込めば、やれ処女のように喘げ、コスチュームはこれを着ろ、あのキャラの声でやって、絶対領域は10センチを維持しろ、おっぱいでちっぱいで、靴下を脱ぐんじゃねえ、などなど……


「……我々も日夜、殿方の要望にはなるべく応えようとしてはいるのですが」


 夢に入るなり、チェンジで、と言われることも。


 それで、まず、お店に足を運んでもらい、女性を侍らせ酒を飲ませ、良い気分にしたところで要望を聞き、その夜、アフターで夢の中にお邪魔させてもらう、というモデルケースを思いついたのだそうだ。


「キャバクラとデリヘル?」

「サキュパブです!」


 吾輩の台詞を否定し、サキュバスは豊満な胸を張って自信ありげに主張する。


「そこで、魔王さまに体験入店をして頂きたく、お呼びしたのですわ」

「えぇ……」


 気乗りしない吾輩の手に両手を重ね、サキュバスは煙草を持たせてくる。


「さ、デルフィちゃん、火」


 竜のメイドはすかさず指を鳴らし、火の精霊を起こす。

 最小限に抑えられたらしい、彼女の火球は、吾輩の顔面を巻き込み、手にした煙草を一瞬で消し飛ばした。

 衝撃で意識を失いかけた吾輩にのし掛かり、衣服を脱がしにかかる。


「枕はダメよ、デルフィちゃん!」

「え、そういう店じゃないのん?」

「……チェンジで」

「なぁーんでぇっ!?」


 次に隣りに座ったのは、天使のメイドだ。


「さ、アンジェさん。お酒をお作りして」

「あいっ」


 ロンググラスに氷を入れ、琥珀色の蒸留酒を注ぎ、炭酸水を氷に当てぬよう混ぜ合わせる。


「うまいわ、アンジェちゃん」


 サキュバスに褒められ、上機嫌のアンジェは、両手で勢いよく吾輩に差し出す。


「あいっ♪ 魔王さまっ」


 勢いが、よすぎた。

 彼女のドジスキルが発動したらしく、グラスから氷の飛礫としゅわしゅわのお酒を顔面にぶちまけられる吾輩。


「……チェンジで」

「あうぅ……」


 すかさず堕天使のメイドが仁王立ちのまま、吾輩を睥睨する。


「あらあら。ネフィルちゃん、魔王さまを拭いて差し上げて?」


 ネフィルは床に人差し指を向けると、舌打ちしながら口を開く。


「せっかくのお姉様が作ったお酒です。舐めて綺麗にして下さい」


 何のプレイだ。魔王さまと女王さまのサブタイトルになっちゃうだろ!


「……チェンジで」

「チッ……」


 エルフのメイドが、やれやれと溜息と共に席に着く。


「じゃあ、メルちゃんは……」


 サキュバスを手で制して、彼女は仏頂面から反転、見事な作り笑いを吾輩に向けた。


「ご指名ありがとうございまあす、メルでぇーっす」

(こいつ……っ! 予習してきてやがるっ!?)

「こういうところよくくるんですかあ? ひ、おつけしますねえ? おさけはいりまーす!」


 片手で煙草をつまめば、すかさず火を付け、グラスが空けば、手早くドリンクを作る。ぺらぺら営業トークを繰り広げ、いつの間にか卓の上には高いお酒とフルーツの盛り合わせ。


「……チェ……」

「ストップ! ダメよ、メルちゃん」


 不服そうなエルフに、吾輩より先に制止したサキュバスが言い聞かせる。


「お金を使わせ過ぎよ。あと、自己主張もし過ぎ」

「え? 何が悪いんですか?」

「利益も勿論、大事。でもね、それではお客様は逃げてしまうわ。末永く、お付き合い頂けるよう、お客様をいい気分にさせることが大事よ? お話を良く聞いて、盛り上げるの。いい? 私達が使う言葉は最悪3つだけでもいいわ」


 みっつだけ?


「『えー』『すごーい』『わかるー』の3つよ? これだけ会話は成立するわ」


 メルの代わりに吸血鬼のメイドに話が振られる。


「さ、アナスタシアちゃん、やってみましょ?」

「ん」


 吾輩そっちのけで、サキュバスは会話を進めだした。


「魔王さまったらね」

「えー」

「机の引き出しに薄い本を隠しているのよ?」

「すごーい」

「エロスびとよねっ」

「わかるー」


「待て待て待て待てえぇーッ!」


 吾輩、思わず割って入るよ。


「えー」

「あれは、知り合いが勝手に送りつけてきてえ!」

「すごーい」

「吾輩のものじゃないからあぁっ!」

「わかるー」


 台詞棒読みのアナスタシアに、吾輩は申し訳無く呟く。


「……チェンジ、お願いします……」


 そう言えば、人魚のメイド、ティーナの姿は……


「お待たせ致しました」


 いつの間にか薄い水色のマーメイドラインを描く煌びやかなドレスに身を包み、人魚姫は厳かに現れる。

 しなやかに滑り込ませるように腰を下ろす気品溢れる姿には、こちらから何かをせねば、という気にさせられる。


「はっ? 吾輩、何故、自分で酒を作っているのだっ?」


 後光のようなオーラを纏うティーナは、ただ座って微笑んでいるだけ。まさに女王の貫禄。


「……君、プリンセスオーラのスキルを使っているな?」

「うふふ、何のことでしょうか?」


 男ならば誰もが傅き、姫を守らねばならぬという忠義心を発動させる。


「すごい! すごいわっ! ティーナちゃん! 最高よッ! あなたなら、この業界のてっぺんを獲れるわっ!」


 サキュバスが声を荒げ、悩ましげな息を吐きながら人魚族最大派閥の幼き女王の手を取る。


「一緒に目指しましょうっ! サキュバスの頂を!」

「おい、やめろ。女王さまが、嬢王さまになっちゃうだろッ!」


 吾輩、慌てて二人を引き剥がした。


「……さて」


 ツッコミ役不在のまま、仕方なく吾輩は精神的な頭痛を覚えながらもサキュバスの話を聞いてきたわけだが。


「ダメだと思うよ、この店」

「ダメですかねえ?」

「そもそもお店に女の子がまったくいないじゃないか。これから集めるのかい?」

「それがあ、サキュバスってみんな奔放で自由主義だからあ、縛られたくないんですかねえ? 雇用契約みたいなの、誰も結んでくれなくってえ」

「やっぱりダメじゃねえかっ!」

「最悪、サキュバスは私一人でもかまわないのですけれど。それはそうと、魔王さま?」

「?」


 そっと紙が差し出される。


「これ、今晩のお会計ですっ」

「金取るのっ!?」


「……あのときは散々だったよ」


 あの体験入店から数週間、夢の中に再びサキュバスの声が届いた。


『潰れました、サキュパブ in 夢。何がいけなかったんでしょうか?』

「客の要求に寄り添いすぎたんじゃないのかな? ブレちゃいけない部分って、商売には絶対あるからね」

『魔王さまが常連の上玉になってくれさえすれば……』

「巻き込むの、ホント、止めてくれる? こっちは薄い本バレて火傷してるからねっ!?」

『実は、新しく別のお店を出すことにしまして』

「はぁ……商魂たくましいね、まったく……次はどんな店なんだい?」

『マッサージ店を開くことにしました』

「またド直球なとこきたな、おいっ!」

『リンパなので、大丈夫です』

「吾輩、ツッコまないよッ!?」


 欲望が灯す光に群がるは、蝶か蛾か。

 か弱き羽で夜を飛ぶ姿、残光のように鱗粉を散らし、闇夜に消えていく。

 人の世の夢。それこそが……


『儚きものですわ』

「なんか、うまくまとめようったって、そうはいくか!」


 時間とコースで、おいくらだっ!

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