第10話 魔王さまと精霊さま

 世界が停止する日。


 その夜、暢気な一人の精霊使いは、魔法を使おうとした。

 精霊は喚びかけに応えない。

 その暢気さ故に、そんなこともあるかと寝て、明日の朝にまた精霊に喚びかけを行うことにした。


 ファンタジーという世界において、精霊という存在は不可欠である。だが、いつもいつも精霊たちが術者の言いなりになるわけではない。彼ら、彼女らにだって、言い分はあるのである。


 それは、地水火風、四大精霊たちによって運行される世界の、ただ一日の、休日。


「ちょっと、聞いてよお! 魔王さまあ?」


 あっつ、熱い、熱いよ、サラマンダー。あまり吾輩に寄らないでもらえるかな?


「最近の精霊使いたち、何なんでしょうか?」


 うん、ウンディーネも、もうちょい下がってね? 火と水で湿度上がりすぎ。蒸すから。


「まあ、どっちでもいいっちゃ、どっちでもいいんですけどね」


 はあん、いい風。吾輩の頬と髪をなびく流れで、この湿気吹き飛ばしてよ、シルフ。


「世界への理解と精霊への感謝が年々低下しているのです。魔法が体系化した弊害云々……」


 固い、固いよう、ノーム。岩の如き硬さだ、もっと砕けていこう、な?


「……ええ、と。つまりぃ?」


 君ら、絶賛ストライキ中というわけだね?

 エレメンタル・ストライキ!

 わぁお、なんか超! いい響き!! 必殺技みたい!!!


「迷惑だ!」


 四大精霊の愚痴などに付き合わされる由縁などない!


「まあまあ」「まあまあ」「まあまあ」「まあまあ」


 土の力で杯を作り、風の力で珈琲豆を削り、火の力で炒り、水の力で美味しく注ぐ。


「……話を聞こうじゃないか」


 この珈琲、んまーい! 豆は吾輩のものだけど。


「やはり、一番不遇なのは私でしょう」


 ノームが小さな体躯でのっしと吾輩の前に進み出てくる。


「世の土属性の方々をご覧なさい!可愛い女の子キャラクターなんて見たことありませんよ!(私見)気は優しくて力持ち! あっちも大男、こっちも大男、糸目! 糸目! 大地の力で防御に特化するのは別にいいんですけどねっ! 大抵、武器は斧とか槌とか、土だけに! 攻撃方法も地味なんです、石つぶてとか!」


 吾輩は、気持ち慰めたくなって珈琲を卓に置く。


「自信持ちなよ、アースクェイクとかどうだね?」


 それを聞くなり、他の精霊たちが茶々を入れだした。


「空飛んでる風属性には当たらないんだよねえ」

「水が弱点だったり風が弱点だったり、とにかく弱いんですよねえ」

「地味だよねえ」


 大地なだけに地味とかやめろよ、おい、他の精霊たち!

 うーん、大地母神とか、四神の中央に位置する黄龍とか、バックは、けっこう重要なんだがなあ。


 中性的な容姿のシルフが飄々とした笑いで舞いながら吾輩の前を吹き抜ける。


「糞真面目の相手なんかしてないでえ、私の話を聞いてよお、魔王さまあ」

「君も愚痴かい? けっこう優遇されてる精霊だと思うんだが……」

「文学界じゃあ、けっこう空気なんですよお。エアリアルちゃんの方が有名かなあ?」


 風の精霊が空気とか、上手いこと言いやがって。


「でも風は強い方だろう? カマイタチとか竜巻とか」


 そう吾輩が口を開くと。


「でもねー、スピードタイプって、結局パワー不足になるよね」

「それよりも気まぐれな性格だよねー」

「風向き次第で敵だったり味方だったり」


 おい、よせよ、他の精霊たち。裏切り者みたいな雰囲気で、シルフ、拗ねちゃったろ!

 うーん、場合によっては雷属性も付与されたりするし、雷霆ってのは神の武器でもあるし。吾輩、昔好きだった漫画で風使いが主人公の……ああ、はい、メタいね、はい。


「私のお話をしてもよろしくて? 魔王さま」


 ウンディーネが、水の粒を泡立たせながら光を受けて虹色に輝かせ、吾輩の前に流れ立つ。


「だいたい、女性キャラよね、君らは」

「ええ。どこへいっても、癒やし癒やし! ああ、私を癒やしてくれる殿方はいずこ……」


 水は生命の根源であり、人体を構成する重要な役割であるからして母、ひいては女性のイメージを持たれるのだろう。


「回復役は必要だろう? 味方陣営において重要な存在だと思うが」

「それが、攻撃役に転じると、氷に一歩先をいかれてしまうのです……」


 あー、氷かー、確かにクールで美形で、炎のライバル的に、そうなっちゃうんだよなあ。


「まあ、ヒロイン担当みたいなとこあるし、美味しいっちゃ美味しい立ち位置じゃないか」

「そう言ってくださるのは、魔王さまだけですよ?」


 よよ、としなだれかかり、涙を流す。いや、全身、水だけれども。


「かまととぶりやがって!」

「そのくせ敵に回ると厄介なんですよ、水って」

「そうそう、タイダルウェイブとかメイルシュトロームとか」


 や、やめてー、そういうの、他の精霊たち? 怒りで蒸発しかかってるから、ほんと、ね? やめてあげて?


「魔王さま!」


 勢いよく火の粉を散らし、吾輩の眼前で燃えさかる女性のようなサンショウウオのような炎。


「や、君は、悩みないだろう?」


 情熱的な瞳をギラギラ輝かし、首を横に振る。


「ひどい! ひどいよ! 魔王さまっ!」


 炎は、赤から青へ、紫にもなったり。


「火や炎と言えば、主役の代名詞ではないか?」

「短気とか直情馬鹿とか、考え無しとか、ひどいもんだよっ?」

「……ストレートな感情表現は、それこそ主人公の最たるものだろう」


 そもそも、四大精霊の中では、その名の通り、火力、攻撃力は最強だ。それだけじゃない。不死鳥フェニックスの例から、不屈、再生、破壊を持ち合わせる。


「古い! 古いなあ、魔王さまは! 最近じゃ、そういう熱いの、敬遠されるんだよねっ」

「え、あ、んーと、そうなの?」


 他の精霊たちも、うんうん頷く。


「光とか、闇とか、出てきちゃうとねえ」

「炎、赤、リーダー、主役とか……敢えて、今は外してるとこもありますよね」

「使い古されて、もう時代遅れの感も漂いますから」


 あ、あれ? ねえ、精霊たち? 君ら、自虐しに吾輩のとこに来たわけじゃないよねっ?

 てか、赤と炎とかレッドとか、主人公的に古いの? 吾輩、ちょっとショックだけども。


 炎は今にも鎮火しそうに、ちろちろと揺らめいて。

 水は今にも蒸発してしまいそうに、うっすらと雫を垂らし。

 風は今にも消え入りそうに、そよそよと流れ。

 土は、さらさらと乾燥し、その心まで渇いてしまいそう。


 さて、どうしたものか。

 杯の中の珈琲を飲み干した。


「……ん、もう一杯くれないだろうか?」


 吾輩、ありがとう、と言葉に出して、精霊たちの様子を窺う。


「少し味が濃すぎるね」


 ウンディーネが水を注ぎ足す。


「やや、ぬるくなってしまったよ」


 サラマンダーが温め直す。


「あちち、味は良いが熱いかな?」


 シルフが、ふーふー風を吹く。


「この杯、良く出来てる。予備が欲しいんだが」


 ノームにとっちゃ、お安い御用。


「うん、ありがとう」


 ありがとう。

 精霊たちが、若干、力を取り戻したかな?

 君達が欲しいのは、そんな言葉なのだろうから。


「この珈琲は、君たちのおかげだ」


 ――世界と精霊と術者の関係性は確かに使役という形を君らに強いるだろう。分かるよ、使われてばかりじゃあ、そりゃあ疲れる。嫌にもなるさ。吾輩だって、そういうのを厭うあまりに世界から身を置いているようなものさ。

 なに、ぼっちですもんね? はは、慰めてくれてる相手を煽る? 普通!?

 ったく! 話の腰を折るんじゃあないよ。でもね、必要とされないというのも、それはそれで虚しいものさ。存在を、価値を、認めてくれる。尊敬、感謝だろうね――


「吾輩、陰陽道もかじっていてね……五行という考え方に相剋と相生というのがある。相手を滅ぼす陰なる関係性。相手を生かす陽なる関係性だ。思想は外れるが、君たち四大精霊にだって充分それは当てはめられる」


 さて……


「分かったよ、魔王さまっ!」

「そりゃあ、本心で術者たちと敵対しようなんて、ねえ……」

「愚痴ったら、なんか気分良くなってきたし?」

「いえいえ、みんな。魔王さまはとても為になるお話をしてくれたのです。つまり世界とは云々」


 今度は、吾輩そっちのけ。わいわい楽しく盛り上がっている。

 そうそう、それが、相生。


 精霊たちが去った魔王さまの私室に、アンジェが顔を出す。


「魔王さまっ、何か御用はないですうかあ?」


 いつも元気で明るく天使のような子だ、天使だけど。


「ああ、ちょうど良い。少し休もうかと思っていたところさ。この杯を片付けておくれ」

「あいっ」


 両手で杯を一つ持ち上げて、瞳を閉じ、すうっと匂いを嗅いだ。


「いい匂いですう」

「分かるのかい?」

「あい。舌は、苦いの、嫌ですうけどぉ。お鼻は、とっても好きですう」


 魔王さまの匂い、と恥ずかしそうに呟くと、慌てたのか「あ」と手を擦り抜け、床に杯を落としてしまう。

 アンジェは慌てて、砕け散った破片を拾おうとしゃがむ。

 吾輩はそれを制して、指を鳴らすと精霊の加護を消し、塵へと還す。


「ごめんなさいですう……」


 ラック値は高いのに、ドジとか、どういう性質なんだろうね、項垂れ、肩を落とすこの子は。


「怒らないですうかあ?」


 涙を溜めた上目遣いに、怒ろうという気も失せるものだが。


「次から気をつけたまえよ?」

「あいぃ……」


 苦笑、ひとつ。予備を作ってもらっておいて、良かったよ。


 翌朝、暢気な精霊使いは魔法を使って精霊を喚びだした。

 相棒とも言える精霊だ。

 ああ、良かった。昨日、魔法が使えなかったのは何かの間違いだったのだ。

 ありがとう、今日も頼むよ。

 精霊の微笑みに、暢気な精霊使いは気付かない。


 四大精霊、エーテルにより構成されるこの世界。

 精霊たちの働きにより運行されている世界から、精霊たちが、もし消えてしまったら?


 まさか、そんな、小さな小さな危機が、世界の果て、闇の森に位置する城に住まう魔王さまによって救われていたなんて。


 それも、たった二杯の珈琲によって。

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