第8話 魔王さまとドワーフさま

 そもそも、石ってのはよお、土や木材と違って、加工が難しいのよお。時代遅れってやつかなあ? 俺もよお? まあ、様々な建築に携わってきたのよお。最高傑作? そうさなあ? 人魚の女王様の為に造った、水の楽園かねえ……あれはあ、良かったあ。


 仕事の減った腹いせに、石工専門のドワーフの集まりで酒場に繰り出したまでは覚えている。


「あはぁん? 水の楽園、他に、一夜城の伝説も聞きたいわぁん?」


 そう、赤毛の……色っぺえベッピンさんに酌もしてもらった。

 その後、その後……俺らは、ドラゴンに掴まれて空を飛んだ記憶があるんだが?

 あれは、夢じゃあなかったってえのか。


 闇の森の城。


「なんだい、これあ? 空から天使が堕ちてきて、外から竜が攻めてきたみてえな有様じゃあねえかい?」


 え? なに? そのとおり? これを直せってのかい?


「不愉快ですっ!」


 メルは、さらさらの金髪を今にも怒髪天を衝くかの勢い。エルフ特有の長耳を真っ赤に、抗議した。


「だーから、勝手に連れてきたのはゴメンて言ってるじゃないのお」


 大きな金色の竜眼の下にくまを作るデルフィにいつもの溌剌さは無い。


「あのドワーフの方々、本当に有名な職人なのですか……?」


 人魚姫のティーナは、彼らがお城の中を駆け回るものだから、埃を払うのに大変だ。

 デルフィが、情報を仕入れ、腕の良いと聞くドワーフの職人たちを見つけ、竜変化して十人ほど連れてきた彼ら。

 メルはエルフだからドワーフと犬猿の仲、その不機嫌さも分かるとして……


「うおぉーい、嬢ちゃんたちいぃー、頭いてぇー! 水くれやあ」


 昼になれば、城の中や外を駆け回り、部屋を荒らし、メイド達の尻を追い回し。夜になれば、樽いっぱいの酒を空にし、メイド達に酌をさせ、おっぱい触っては酔っ払う。しかし、肝心のお城の破損箇所の修繕はいつになっても、なんやかんや理由を付けては一向に始まらない。


 三人のメイド達が、「はぁ……」と溜息を吐いたとき。


「あーいっ」


 アンジェは、天使の笑顔で足取り軽く羽毛のように駆けていった。


「……五月蠅くて……眠れない……んだけど……」


 寝惚け眼のジト目で、入れ違いに入ってきたメイド服の吸血鬼は、ぼそっと、それだけ言うと地下の棺桶に戻っていく。


「誰?」「誰?」「誰?」


 そう言えば、誰もアナスタシアと面識が無い。いつもなら、彼女を引き留め素性を聞くか。魔王さまに詰め寄るかするのだろうが、あまりにも彼女達は疲れていた。


 書庫が荒らされていた。


「……!」


 最初から酷かったが、メルが毎日、毎日、膨大な量の本や巻物と向き合い、目録をつけ、関連付け、順番ごとに綺麗に並べていたのに。

 整然と並ぶ美しい書棚が、無茶苦茶に荒らされていた。


「あ、あああ、あんの! ……ユミルの! ウジ虫どもおぉーっ! ッキイィーッ!」


 金髪を振り乱し、眼鏡の奥の碧眼を歪め、世界中の本好きを敵に回す野蛮な行為に、そのご多分に漏れず、エルフは憎々しげにドワーフに呪いの叫びを上げ続ける。


 嘆息するティーナはドワーフを追い駆けるが、低身長で短いながらも足の回転の速い愉快な短足ドワーフに振り回されっぱなしだ。


「ワハハハハ!」

「あ、皆様。どうか埃を立てないで……」

「ウワハハハ!」

「そ、そちらの方、そのように汚れたお召し物で歩き回られては……」

「ドワハハハ!」

「あのう、あのう、向こうのお部屋は、お掃除がまだあ……」


 汚い水に魚は住めぬ。

 ティーナは、二つに結わえたツインテールの先から清楚なメイド服の端まで、埃まみれ泥まみれになりながらも、フラフラと不毛な清掃を続けるのである。


 地下への階段を見つけたドワーフ達は、冷たい空気を漂わせる一室の棺桶を開ける。


「見ろよお! でけえ、おっぱいだ!」

「でけえ! おっぱいが眠っているぞ!」

「嬢ちゃん達の中で一番でけえおっぱいじゃねえかっ!?」


 棺を囲んで飛び跳ね回り、「おっぱい! おっぱい!」と連呼する。

 昼も夜も眠られない吸血鬼は、さすがに「殺してしまおうか」と、その牙で歯軋りした。

 さすがに身の危険を感じたか、ドワーフ達は脱兎の如く部屋を後にする。


「今度、酌してもらうべえ!」

「おっぱいも触らせてもらうべえ!」

「でも、尻は人魚姫の方が良さそうだべ!」


 ……お前ら、仮にも王族にセクハラしていたのか。


 夜になれば、宴会の始まりだ。

 ドワーフ達は、食う、飲む、そして、触る!


 デルフィは怒りを堪え、酒を注いでは、尻を撫でられ、皿に料理をよそっては、胸をつつかれ、涙目になりながら、自身も酒に付き合う。連日、二日酔いで元気が無いのも頷ける話だ。

 あるドワーフが、その平坦なエルフの胸を称し、あの聖者の街道よりも整備されてるなどと、おかしな比喩をして以来、メルはお酌を手伝ってはくれない。


(エルフめ! 胸ぐらい触らせてやれ、減るもんじゃなし!)


 いや、それは女性の発言としてどうか?


 メルとティーナは決して得手ではない料理を何とか作って、アンジェが運ぶ。


「おぉーい! こっち酒がねえぞう!」

「あい♪」

「嬢ちゃん! この皿、下げてくれやあ!」

「あいっ♪」

「すまんなあ、ツマミが足りねえんだがあ?」

「あーいっ♪」


 甲斐甲斐しくもドワーフ達の世話を焼き、彼らの間を駆け回るアンジェの姿を見て、「何故にあんなに元気で嬉しそうなの?」と首を捻るデルフィは、我が身の疲労に項垂れる……その豊満な胸と尻をドワーフの小さな手の平でぺちぺち叩かれながら。


 皆が酔いつぶれ、酒と喧噪の熱気から逃れて、酔い覚ましにふらりと一人のドワーフが玉座の間に立ち寄る。

 その一室の中心に、栗色の髪を赤いリボンで結わえた少女が切なそうに上を眺めている。

 ドワーフは、その背中に一瞬、翼のようなものが見え、酔いすぎたかと両目を擦った。


「どうしたい、嬢ちゃん? 疲れたのかい?」


 アンジェはドワーフに天使のような笑顔を向け、首を横に振ると、天井を指差した。


「あれ、アンジェのせいなんですう……」


 見上げれば、確かに大きな穴だ。これじゃあ雨露も入ってきちまう。


「みんな、優しいです。大丈夫だよって。気にしないでいいよって。でもお……」


 あれは、アンジェのせいだから、と小さく小さく口籠もる。


「……みんな酔いつぶれて眠っちまったからよお。上に何か掛けてきてやってくれねえか」

「あいっ」


 キラキラと宝石みたいに輝く瞳を見ちまった。あれは、何かを期待する目だ。

 その背中を見送りながら、ドワーフはぼそりと呟く。


「あの娘っこ。俺達がこの穴、直してくれるって信じて疑わねえってか」


「……いい子でしょう?」


 酔いも吹き飛ぶ。


 いつの間にか、玉座に黒衣の人間が現れた。いや、人間にしては小さい。だが子供にしてはオッサンだ。むしろドワーフの背丈に近い。


「へえ、ようやくおいでなすった。ここの城主かい?」

「まあ、預かりではありますがね。お初にお目にかかる。棟梁殿」


 ああ、一目で集団の親方と見抜いてきたか。只者じゃあねえな。


「いきなり連れてこられて、城を直せ、って言われてもなあ」

「ふふ、もう充分、お代くらいは飲み食いさせたと思いますが?」

「金や物じゃねえ! そういう問題じゃあねえんだ、俺ら職人ってのはよお」

「ドワーフは皆が屈強な戦士であり、実に巧みな技術者達だ。神器と呼ばれるほどの武器も防具も全て、ドワーフが作り、妖精が鍛え、エルフが祝福を与えしもの……それに比べれば、こんな辺境の城の修繕なぞ、さぞ、つまらないものでしょうなあ」

「何が言いてえ!」

「酒と愚痴ばかりでは、せっかくの腕も錆び付くというもの」

「俺ァ、納得のいく仕事がしてえだけだっ!」

「貴殿がそれで良くともね。下の者を路頭に迷わせるおつもりか?」

「情熱が湧かねえんだよう! 心が! 腕が! 動かねえんだっ!」

「価値で仕事を量るのをお止めなさい。埃にまみれた誇りなぞ、捨ててしまえば良い」


 ひと呼吸置いて、その男は続けた。


「仕事に、貴賤など、無い」


 そうして、偉そうな態度のまま玉座から降り、ドワーフの前まで歩み寄る。


「どうか、あの子の心の穴も、直してやって欲しい」


 態度は一転、恭しく頭を垂れる。


(ああ、直すのは、天井の穴じゃあなかったってわけかい……!)


 何が価値だ! 何が貴賤だ! 巫山戯やがって! この野郎、俺の魂に火をつけやがった!


 ドワーフは、返事もせずに玉座の間から飛び出した。


「野郎共おっ! 酔っ払ってる場合……起きやが……れ?」


 ドワーフ達は整然と横一列に並び、鼻をすする者、髭を撫でる者、隣の肩に手を置く者、様々に迎え入れた。


「棟梁、仕事ですかい?」

「書庫から城の設計図、拝借してありますぜ!」

「城の所々、だいぶ痛んでんなあ。どこから取り掛かるべえか?」

「天井の大穴だっべ?」

「親方ぁ、何でもそこ、空から女の子が落ちてきたって話でよお!」

「直してやりてえなあ!」

「んだんだ!」

「いっぱい飲み食いさせてもらった礼代わりといこうべ!」

「おっぱいも触らせてもらったしな!」

「がはははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」

 十人十色、下品で粗野で、逞しくも頼もしい笑い声が、城内に響き渡った。


「よおぉし! 手前ぇら! 足場組めえい! 一夜城伝説の再来といこうやあ!」


 それは、毎朝の日課だった。

 玉座の間の天井破壊、記憶に無い、しかし事実として認識している。

 ここを壊したのは自分。誰も責めない。だから、責めるのは自分自身。悪いことをしたのなら、謝らなければいけないから。そう教えてくれたから。


 アンジェは、玉座の間に立ち、天井を見上げる。


「っ!?」


 見慣れぬ天井の風景に、思わず届くはずの無い手を伸ばした。

 誰かが、ぽん、ぽん、と頭を撫でてくれた。


「あいっ♪」


 アンジェは、いつものように、天使の笑顔で微笑むのだった。


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