第6話 魔王さまと吸血鬼さま

 夜は静かに更けていく。

 月と星に照らされた空より、濃く深い色の珈琲を啜り、玉座に腰掛け壊れた天井を見上げる吾輩。


「今夜は、満月か……」


 闇の森の奥深く、ひっそりと佇むその城は、吸血鬼の真祖が棲まうとの噂があった。 

 地下に石の棺桶が並ぶ。

 その一つ一つに眠りに就くモノ達の姿は既に無い。

 柩か棺か、知る者もいない。

 その中の一つ、蓋の小さな隙間より、漏れる唸り声と、赤き視線、這い出る蟲たち、駆ける鼠たち、やがて霧となり、大気を漂いては、月夜に溶ける。


 城の調理場では、アンジェ、メル、デルフィ、三人のメイド達が、今晩の夕食の支度に手間取っていた。


「何でこんなにニンニク余ってんの?」

「ゴブリンさんが、畑から届けてくれたんですう」

「デルフィ殿、口調変わってません?」

「あぁ、魔王ちゃんに媚び売ってるだけだから、あれ」

「交尾?」

「こ・び!」

「はあぁ、ま、そんなことだろうと……」


 メルの溜息。デルフィの高笑い。


「あんな純度の高い魔力と経験値に裏打ちされた戦闘力よ、竜の遺伝子に組み込まないわけにはいかないじゃない? その為なら、何だってするわよお」

「魔王さまは強いですう!」


 何故かアンジェも嬉しそう。


「ま、主を高く評価してるってのは、正しいですけど……」

「人魚姫は? 調理場にいないじゃん?」

「へ、へへへ、陛下に料理などと! 不敬っ! 不敬です! 死罪です!」

「あーんた、さあ。あの娘だって、ここにいる間は同じメイドっしょ? そういうのも逆に差別ってもんよ?」

「ティーナは、えーと、えぇと?」


 アンジェの代わりにメルが代弁する。


「へい……ティーナは、貴女が焼いた森の再生に、精霊を使役に行きましたっ!」


 デルフィは、小首を傾げて、頷くと、ニッコリ笑って、無かったことにした。


「で、このいっぱいのニンニクどうしよっか? 魔王ちゃんの、滋養強壮に使う?」

「……あぁ、竜って生き物は、ほんっとに……!」

「?」

「肉食って言いたいの? 当たり前じゃん? 竜って、肉食だよ?」


 はい、そうでした。


「取り敢えず、焼いとく?」


 実に、火竜らしい言い分で、調理が進む。

 その臭気に当てられ、霧は遠ざかっていく。


「さあて、目覚めたか……」


 吾輩は、玉座より立ち上がり、我が身に補助魔法を重ね掛けする。


『プロテクトウォール、マジックシェル、リジュネレイト……』


 霧が玉座の間に立ちこめ、蟲や鼠に姿を変えたかと思えば、蝙蝠の姿となり、乱れ飛ぶ。


『私は』


 暴走している。そうだろうな。

 月は、人を、魔を、狂わす。

 フル・ムーンならば、尚更だろう!


『私は、何?』


 ルナティック! ただの、吸血鬼さ!


 羽虫が飛び、鼠が駆け巡り、蝙蝠が乱れる中、人の影を結ぶ姿が一人。背丈は低く、銀髪童顔、言うなれば、コケティッシュかつトランジスタグラマー。

 その身に纏うは、闇の精霊で形取られた衣のみ。


「ナイスオッパイだ!」


 闇の精霊が、こぞって向こうの支配下に移る。さすがに真祖。


『血を……吸わせて……!』

「生憎、紛い物の身体でねっ!」


 ホムンクルスの身体からは、血の一滴すら、出やしない。


『なら、死んで……!』


 死か、死と不死の間にいながら、それを望むか?


『インセクトミスト』


 羽虫が、霧のように群がり襲いかかる。


『レミングシンドローム』


 多数の鼠が、共食いを繰り返しながら、自死と共に対象を喰らおうと迫る。


『バッド・イズ・バッド』


 身体を無数の蝙蝠と化し、乱れ飛び、一点に集中し、再び人の形と成る。


『……何で、生きてるの?』


 補助魔法で物理・精神・対魔法防御はカウンターストップのステータスだ!


「何故、生きるのか? って? ふ、それは死ぬまで分からないものさ」


 蟲も鼠も蝙蝠も、吾輩の身体を傷付けることは出来ない。痛かったけど。


『私は死んでいるの?』


 吸血鬼は、満月の夜、最も不死に近付く。


(ああ、吸血鬼だものな)


 しかし、彼女はあまりに幼い。故に、未だ己の内の血の力を制御出来ず、月の魔力に引っ張られてしまうのだろう。


『あ……ああ! 血を……!』


 他者の血を取り込んで、内なる真祖の力を中和しようというのか。


『血を吸わせてえッ……!』


 それとも、生きる理由を求めているのか?


『アア! ガアアッ! グ、ワァアアアッ!』


 その銀髪を振り乱し、闇の衣に包まれ、狂気に触れて、血を欲する少女の姿は、荒々しくも儚く、哀しく、砕け散りそうな脆さの叫び声を上げた。


『ブラッディ・シックル』


 闇の力と己の血と、それらを融合させて、死神の鎌を創り上げる。

 吾輩は、マントを翻し、懐からカードの入った箱を三つ、取り出した。


「久し振りに! 符術といこうか! 小アルカナ!」


 杖と剣を攻撃に展開、聖杯を防御に展開、硬貨を結界に。

 両手より、タロットカードが舞い、飛ぶ。


「大アルカナ!」


 引き当てたるは、成功、誕生、祝福、約束された将来。或いは、不調、落胆、衰退、堕胎・流産。

 正位置の『ザ・サン』。


「さあ、月と対を為せ! 枯れ、荒れ、燃えよ! 十九番目のカード!」


 カードが光り輝き、地上の太陽となる。

 鎌を振り上げた吸血鬼は、目映さに、後退り、闇の衣を拡げ、転げ回る。


『月の光……!』


 太陽の光を浴びて、なお、焼け、ただれ、崩れ落ちる肉体を保持し、満月の力を喚ぶ。


『アッシュ・トゥ・アッシュ』


 肉体を灰と化し、灰の中より再び完全な状態で甦る。回復魔法を持たない吸血鬼特有の技能だ。

 灰は、灰に。塵は、塵に。土は、土に。


「真祖め! これだから、面倒なんだ!」


 だが、吸血鬼らは、塵となりながら土に還ることは決してない。

 吸血鬼の娘は、闇の衣を揺らめかせ、右手の鎌を大きく振る。


「残念、そこは杖のエースだ」


 一枚の小アルカナが弾け、魔力の爆発を誘う。

 玉座の間には、4種13枚、計52枚のカードが既に配置されている。

 爆風に鎌を取り落とした吸血鬼は、数歩後退った。


「いいのかい? 剣のキングの場所だが?」


 小アルカナは魔力の剣となって、彼女の太腿を突き刺す。

 横飛びに逃げる吸血鬼を、今度は杖のクィーンと剣のナイトが襲う。


『アッシュ……!』

「させんよ!」

 灰となって再び蘇生しようというのだろうが、吾輩は許さない。

 駆け出し、剣の4の符を手に取ると、地を蹴って肉薄する。


『退却・隠遁・墓・棺』


 再び、棺の眠りへと還れ。


『もう、眠るのは、嫌……ッ!』


 銀の髪、金の瞳、全てを闇の衣に隠し、否、月さえも覆い隠す。


「チッ、符の封印術が消える……魔術師殺しの蝕かっ!」


 世界の力を失わせる、完全無効結界を発動させたか!


『エクリプス』


 夜の帳が降ろされ、世界の光と隔離されていく。

 結界内から急速にマナが枯渇していく。言わば、肉体と魔力が切り離された状態だ。つまり、攻撃方法は武器やアイテム、或いは己の拳、肉体のみ。


(もう満月からの魔力供給は無いが……不死の代名詞と殴り合い?)


 いやいやいやいや、吾輩、肩を竦めて笑っちゃうよ?

 もう、闇の衣も維持出来ない全裸の吸血鬼は牙と爪を剥き出しに手刀を繰り出す。


「いたあぁいっ!」


 横薙ぎに頬をぶたれ、玉座の間を転げ回る。

 吸血鬼は間髪入れず地を蹴り、空に飛ぶ。

 オヤジにもぶたれたことがあったかどうか、頬を手でおさえた吾輩は、というと。


「くそう、ナイスオッパイめ、たゆんたゆん揺らしおってからにぃ……!」


 三つめの符の箱、トランプからジョーカーだけ抜き出す。


『ワイルドカード。大アルカナ18番目のカード『ザ・ムーン』の代用とする』


 吸血鬼の新月を終わらせる為の、月の符。結界の中に既に持ち込まれていたアイテムの魔力だから、文句を言われる筋合いは、無いね?

 月の力が上書きされ、結界も力を失う。

 吾輩は残りの札を宙に放り投げる。ダイヤ・ハート・スペード・クラブ。もう、ジョーカーは切ってしまった。だが。


「クィーンの5カードだ」


 世界にマナが満ち、魔力をその身に感じる。


『流れよ、ウンディーネ』


 4枚のカードと吾輩の女王陛下。

 人魚のメイド、ティーナが玉座の間の後ろから姿を見せ、精霊を飛ばし、吸血鬼の周囲に流水を造る。


『!?』


 流れる水を、吸血鬼は渡ることが出来ない。鏡にも映らない。日光に身をさらせない。そんな数々の世界との制約の果ての不死だ、君ら、吸血鬼は!


「長い夜だったね?」


 終わりの刻だ。見上げた夜空が、明けていく。


(あ……さすがに天井直さなきゃなあ……)


 身動きを取れない吸血鬼は、立ち尽くして、涙を流した。


『いや……』


 夜の眷属が、夜の眠りを怖がるのか? いや、なればこそか。


「……すまないね。親友の忘れ形見に、この仕打ち、情けなくなるよ」


 夜に生きるモノ、ナイトウォーカーが眠りを強制されているのだものな。だが、まあ戦ってみて分かった。もう、かなり、真祖の力が身体になじんでいるようだ。月の力に引っ張られて暴走するのも、今夜が最後だろう。


「次に目覚めたとき、きっと、君は眠りも目覚めも恐れることはない。約束する」


 きっと似合うよ、メイド服が。


『もう、独りで、眠るのは、やなの……』


 えーと……そのないすおっぱ、胸のサイズだと特注が必要かな?


「おやすみ、アナスタシア。その眠りは、今日の終わりのせいじゃない。明日の始まりの為のものだ」


 目覚めは産声、眠りは死出の旅。人は、常に独りだ。その嘆きを知るが故、人は泣くのだ。生と死を何度も繰り返して、人は、世界は、再生していく。

 けれど、独りだけの世界が、世界同士が、交わり、重なり、共に明るく彩られていくから。


「共に朝を迎える、というのは、価値があるのだろうよ」


 吸血鬼の娘アナスタシアは、灰となって消える。

 風に乗って流れる灰は、城地下の棺へと還り、再び眠りに就くだろう。

 玉座に震えて隠れる人魚姫に手を振る吾輩は、疲労に膝を付く。


「疲れたあああああああああああああああああああああああああああああああぁー!」


 そもそも、不死とか! それをいいことに防御無視で攻撃にステータス全振りな吸血鬼とか! ある意味、攻防最強のドラゴン相手にするより、面倒臭い! 相手を殺さない、って縛りなら、尚更! 滅茶苦茶面倒臭い!


「すまなかったね、ティーナ。嘘を吐かせてしまったね。そうそう、畑のゴブリンにも礼を言わなくては……」


 玉座の間の扉が、勢い良く開け放たれる。


「お食事の時間ですう!」

「何でか、ニンニク料理ばっかりなんですけど……」

「これで、今夜の魔王ちゃん、どうやら飲んだらしい、状態ねぇん?」


 ニンニクの丸焼き。ニンニクの味噌漬け。ガーリックライス。ガーリックトースト。ペペロンチーノ、等々、我が愛しのメイド達がニンニク料理の皿を手にしている。


「臭いよ? 君達……」


 疲労困憊で、何気なく放った一言だったのだが。


「くさい……ですかあッ!?」

「主殿、でりかしぃ、とやらが足りませんね」

「魔王ちゃん、さいってぇー!」


 デルフィのニンニク臭い火竜の吐息を喰らう始末。

 要! ブレス○ア!


 ニンニクの食べ過ぎは、胃腸の荒れや下痢、口臭の悪化などを引き起こします。栄養や効果を踏まえ、苦手なお隣の吸血鬼とご相談の上、お召し上がりを。


「いや、だから、くっさ!」

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