第5話 魔王さまとドラゴンさま
『律法を以て、授ける。汝が名は胎児。真理を泥で覆い、死を包み隠す者』
――ゴーレム――
エルフのメイド、メルが首を傾げて側に控える。
「あの、何をされているのですか?」
吾輩、既に数え切れない程の泥人形、石像、鋼の巨人、大小様々、素材様々なゴーレムを製造しては、闇の森に放っている。
「……欲求不満の解消」
「え?」
「吾輩の、じゃない」
何とも微妙な顔をメルに向ける。
「戦闘狂の始末に負えない火竜娘が、そろそろ来るはずなんだよね……」
第一報、森に棲まう亜人種たちが、その熱量に当てられ逃げ出す。
「そら来た」
第二報、闇の森の木々が焼かれ、敷かれた迷いの陣が無効化されている。
「汚ねえよ、存在自体で、魔法の効果を掻き消すんだもの」
第三報、真っ直ぐ闇の森の城に向かう『ソレ』は、ゴーレム達との交戦中。
「……はあぁ……今回、大人しく帰ってくれるかなあぁ?」
珍しく弱気な、魔王さまの姿に、メルはピン! と長耳を立たせるのだった。
「魔王っちゃーん! 来たよおっ!」
外壁に手を掛けた、かと思えば吹っ飛ばし、のっし! と足を踏み入れて内に身を乗り出しては炎を撒き散らす。
「ムラムラするのぉん、子作りしましょっ!」
太陽に劣らぬ金色の瞳、なびく赤毛、艶めかしくも力強き肢体。
69体、全てのゴーレムを薙ぎ払い、辿り着いたその女性の名を……
「デルフィ……」
吾輩は、城門から出て庭園にて迎え撃つ。
「いやん、ディーって呼んでくれて、いいのよ?」
くねくね、しなしな、と露出させた肩を胸を腰を振り、「あっはぁーん」と悩ましげな吐息と共に、厚めの唇から炎のブレスをぶちまける。
「あっちぃーっ!」
全身黒のマントや衣服に赤く火が燃え移る。
「ねえん、身体熱くなってきたでしょお?」
熱いよね! 燃えてますからねっ!
「ティーナ! ティーナさん! お願いしますっ!」
床を転げ回る吾輩、水の助けを請う。
『ウンディーネ!』
人魚のメイドによって呼び出された水の精霊が、頭上に舞い、滝のように水を流す。
何故か軽快な音を立てて、バケツも落下する。コンッ!
「痛ッ! よーし、次いってみよう!」
ティーナ・マリアのフォローで炎から逃れた吾輩は指先で×の字を作りながら、素早くバックダッシュで火竜族の娘、デルフィから距離を取る。
「デルフィ! 子作り! ダメ! 絶対!」
「あっれえぇ? おかしいなあ? ぼっちな魔王ちゃんの回りに、雌がいるよお?」
張り付いた笑顔が、怒気を孕み、炎を巻き上げる。
「消しちゃおっか! 二人の種族繁栄の為に!」
吾輩は、ひゅんと下半身が縮こまる感覚に、思わず内股になる。
「ち、ちがっ!? 誤解、いや、や! メル! メルさーん!」
『シルフ達!』
大気中の風の精霊が、流れ、集い、風圧となって壁と化す。
デルフィは、軽く肩を回し、右手を握ると、振りかぶって突き出す。
『竜拳――ドラゴニックフィスト――』
一見、ただのストレート。されど、世界に通用するストレート。
火にまつわる精霊全てをまとって繰り出された、竜言語魔法。その一撃は、風の精霊を四散させて、吾輩の肉体に届く。
(一回死んだ!)
「ラ、ララ、ララァ♪」
世界を超える天使の歌声。
『第零楽章――無――』
天使の歌声が、世界に響く。そこに何もない、という領域に、音域を保ち、世界に顕れた強大な力を、無効化していく。
「あんじぇえええええええええええ! ないすううううううううううううううううう!」
「あいっ♪」
「へえ……あれ止めるんだ? 魔王ちゃん、私、けっこう本気だったよお?」
ふうん、と首を回し、それぞれの顔を確認しているようだ。
「人魚と、エルフと、何それ? 天使……かな?」
良く見て欲しい。メイドだ。
「メイド! メイドだから! お仕事だから!」
「あれ? あれえ? らしくないねえ? ぼっちの魔王ちゃんがあ……メイドお?」
落ちていく声のトーンと裏腹に、温度を上げ続ける猛々しい感情。
「そんなに、その女の具合が、良かったのかなあ?」
竜気――ドラゴニックオーラ――を迸らせ、右手に集中させる。
「具合は知りません!」
ああ、まずい、まずいよ、次の一撃、どうする?
「でもお……これえ、最高に感じると思うんだあ?」
事象干渉レベルの力が、竜の鉤爪の形となって世界を無残に引っ掻く。
「イッちゃえっ(はぁと)」
天国にですかああああああああああああああああああああああああああああああ!?
『事象転移――ワールドエンド・ディスプレイス――』
転移魔法の応用で、導かれるはずだった結果を世界とずらし、彼女の放つ『ドラゴンクロウ』を地平の彼方へ追いやる。
「あ、あっぶねえ……!」
やばかった! 過去最大にやばかった! 世界ごと引き裂かれるところだった!
「す、すごっ! いい! いいわっ! 魔王ちゃん! んもっ! さいっこう!」
嬌声を上げた後、デルフィはとろんとその竜眼を歓喜で溶かし、上気した頬に手を添え、ちろりと舌出して、溢れる涎を舐め取る。
「絶対、子種、もらうから」
「絶対、吾輩、いやです」
「ええー、なーんでえー? 私とお、魔王ちゃんのベイビーならあん、絶対、ぜぇーったい! 最強のドラゴンになると思うのぉん」
「育児参加と慰謝料要求されることになるから、絶対、いやです」
「そんなことお、言わずにい、ちょーっと私のここにい……」
デルフィは、身体のラインを両手で撫でながら、お腹を何度もさする。
「魔術因子を、どっぷんしてくれればいいの」
「どっぷんしません」
「びしゃああ、でもいいの」
「びしゃああ、しません」
「どぴゅくらいでも、いいのだけれど」
「擬音変えてもダメです!」
「ちぇ、魔王ちゃんのケチ!」
注:魔術の話です。
「あのぉ……そもそも決定的に種族が違う両者に繁殖が可能なのでしょうか?」
さすがの知的探求心か、良くこの竜娘との会話に割り込んでこられるな。
「あはん? エルフのくせに、魔術的異種因子交配も知らないのかなあ?」
「デルフィ、竜言語魔法は、アカシックレコードに連なるものだ。世界に秘匿されているから、読めても理解出来ない」
むっと頬を膨らませるメルを宥めつつ、世間知らずの世界を殺せる竜に諭す。
「そっかあ。精霊と魔力に縛られる世界の生き物は、不便ねえ」
両手を腰に当て、はぁーやれやれ、と勝ち誇るデルフィ。
「……アンジェ。わたくし、何か、あの方、いらっとしました」
「……あい、アンジェもですぅ」
この世界の竜は、監視者だ。世界を脅かし、世界を壊す、そんな存在に対抗する為の狩人なのである。その目的の為ならば世界ごと屠ることさえ厭わない。故に、竜は強く在らねばならない。世界の為に負けてはならない。最強の称号は竜でなければならない。
「でもお、私はあ、可憐な乙女なわけじゃない?」
えーと、どこに同意を求められているのだろうか?
「さすがにい、雄の成竜にはあ、勝てないんだなあ」
「あ、あれで……?」
メルが眼鏡をずり下げ、思わず後退る。
「やだあ、エルフぅ? びびってんのお? 私い、まだ竜人のままだよお?」
そう、彼女の本領発揮は、竜形態になってからだ。
「ひいぃ……」
ティーナは今にも泣き出しそうな顔で首を横に振った。
「?」
アンジェは、何も分かっていない。
「んふっ。でもお、本気出してない、ってのは、魔王ちゃんも一緒よねえん、二人お揃いっ!」
視線が全て吾輩に向けられる。
「いやいや、精一杯だよ」
「精が一杯? くれるの?」
「訂正します、実力が限界でした」
デルフィは、にやりと竜眼を細め、にへらと口を開ける。
「だってぇ、一体、本体はどこにあるのぉん? 竜眼でも見つけられないんだよねえ? 世界の外かなあ?」
「吾輩なぞ、身体を失った虚ろな魂に過ぎないのさ」
「器に、魂が入ったら、どうなっちゃうのか興味あるなあ……」
「何も変わらんさ。世界と同じ、昨日が明日に変わるだけ」
「ねえ、何体そのホムンクルスを破壊したら、本体が出てきてくれるのぉん?」
その竜眼に危険な光。
「デルフィ、もういいんじゃ? そろそろ不満も解消されたろう?」
「まだまだあっ! 朝までイケるよお!」
竜人形態でも一時的に竜本体の力を振るえる竜気を全身にまとい、デルフィは空と大地を震わせる。
その衝撃波で、メイド達はじりじりと後退り、周囲の外壁が吹き飛ばされていく。
「濃くてぶっといの、一発イクわよお?」
魔力濃度が凝縮された強威力の広範囲攻撃を一度ぶっ放すと宣言しておられる。
デルフィは、両手を前に差し出し、ハートの形を作り、そこから片目でウィンクよろしく吾輩を覗き込む。
『ドラゴニックキャノン(正式名称)ハウリングハート(はぁとアレンジ)!』
まさに世界に轟く竜の咆吼!
死を予感させる寒気は、蛇のように背中をうねる。
脳裏に、のそりと鎌首を上げた『ソレ』は、チロチロと舌を出して囁く。
『力を、貸そうか?』
黙ってろ、蛇風情が!
『チチチ……肉体抜きで、どこまでやれるかな?』
アナライズ――解析完了、竜因子の光波攻撃、構造は単純。魔力で代用可能――
コピー――複製完了、分解、再構成、精製、新魔法申請、世界認証レディ――
ファイアリング――詠唱発動――
『黒き者、怒りに燃えてうずくまる者。鼠に囓られ、大鷲に啄まれ、流れし血をすすれ。今が終末の刻。死者を背に、大樹を離れ、顎を世界に飛翔せよ』
「きたきたきたきたあーっ!」
(魔王ちゃんの、魔法? あ、これ、すんごい、いい感じ!)
『ニーズヘッグリバイバー』
構造こそ違えど、同種の力のぶつかり合い。大地を揺らし、土砂を巻き上げ、嵐となって上空に飲み込まれていく。
「はぁ! はあ! はああっ!」
吾輩、もう限界、枯れた、枯れ果てたよ……も、尻子玉も、出ねえ……
「ずるうい、魔王ちゃん、私の真似したね?」
生まれたての子鹿のように、ぷるぷる下半身を揺らして立つ吾輩。
「はあっ! 手持ちの! はあ! 武器じゃ! はあ! 対抗! はあ! なんでねっ! はああ!」
肩で大きく息を吐き、ぷるんぷるん上半身を揺らして立つデルフィ。
「あの一瞬で、世界に新魔法を創り出したの? まぢ、魔王なの?」
「……魔王って、名乗った、覚えは……無い!」
せめてもの強がりで、ニッと口角を上げ、黒のマントを翻して偉そうなポーズ。
「……負け。負けたわ、今日は私の負あけっ」
諦めないけど、と小さく呟く。
「あ、デルフィ? やっと終わり?」
「今日は、ね」
戦いのせいでぼろぼろの、元々半裸のような姿だが、我が身を確認し、瓦礫にうずくまるエルフ、互いに互いをかばい合い抱き締め合う人魚と天使を見る。
「メイドかあ……」
あ、この流れ、読めたわ。
「この城には、足りないものがあるわ!」
「な、何かなあ?」
「精霊の扱いには長けてるけどひ弱なエルフ。守られてるだけの人魚姫。訳分からないけど、何かお馬鹿っぽい天使……そう、城門を守る門番がいないわ!」
その城門は、貴女が壊したんですけどね。
「これからはあ、私が門番としてえ、魔王ちゃんを悪い虫から守ってア・ゲ・ル!」
ええぇ……一番悪い虫が何を言ってんだあ……
デルフィは大股で城内に入り、衣装室を見つけ出すと、一着のメイド服に袖を通す。
「胸きっつーい。ま、何とか入るか」
後から追い付いた魔王一行を振り返り、どう? と胸を張る。
「それにしても、スカートの丈、何これえ? 動きにっくーい」
細長い爪を立て、真横に一閃、引き裂いた。
「あ、一話で到達した、吾輩の真理を否定された」
ミニスカと化したメイド服に、タイツを装着。むっちりしながらも引き締まる美脚が絶対領域の輝きを放つ。
「くっ……絶対領域なんかに、なんか! 絶対、負けないんだから!」
「魔王ちゃん、なにイッテるの?」
翌日から、メイド達のスカート丈が、短くなりました。
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