第4話 魔王さまと人魚さま

 この世界には、それぞれ亜人種の勢力というものがある。ここ大陸の北。世界覆う、水の王国は、人魚を女王に戴く。


「海岸封鎖! 徹底抗戦ッ!」

「対話! 和平! 平和! 安寧!」


 女王の間、人魚の泉に一人の少女が鎮座させられ、真っ二つに割られた人魚の群れが互いの主張を声高に! 泡を飛ばし! えら呼吸で! 飛ばし合っていた。


「……あ、あのおぅ……? 仲良く、仲良くね? ね?」


 先日即位したばかりのティーナ・マリアは、未だ慣れぬ女王のティアラに居心地の悪さを覚えながら、右に左にと大人のマーマン、マーメイド達に声を掛ける。


「我らが生肉を喰らえば不老不死になれるなどと申す卑しき人間などと!」


 ギョッと目を見開いて憎々しげにヒレを振り上げる。


「先代のご尽力により、海岸近隣の者達とは分かり合えたではないか!」


 両手の水掻きをバッサアと広げて、首を振る。


「ならば、どうして、未だに狩猟者どもの姿が絶えぬッ!?」


 まるで鱗が逆立つような勢い。


「大陸の内部まで真実が浸透しておらんのだ!」


 河豚のように、ぷくぅと頬を膨らませて怒鳴り返す。


「悠長なことを! それまでに幾人もの犠牲を出しますぞ! ティーナ様!」

「そ、それは、困りますう……」


 幼き女王陛下の傍らに小さく佇む漆黒の影。


「だよねー」


 ぎょ? と強行派のマーマンが口を開ける。


「に、人間ッ!?」


 女王の間に緊張感が走る、いや、泳ぐ。


「いや、ちっさいオッサン……?」


 穏健派のマーマンが、魚眼をパチクリ開閉する。


「ちっさいオッサン言うな!」


 吾輩、ホムンクルスの肉体は製法上、このサイズにしか作れないのだ。


「一体、どこから……いや、待てよ、その姿……」

「ああ、聞いたことがあるぞ」


 ふふふ、人魚達が口々にパクパクと餌をねだる池の鯉のようにざわついている。

 さあ! 恐れ戦け! 畏怖の念に震えて、まな板の上に置かれるがいい!


「全身黒とか、イタイわー、厨二クサイわー」

「あ、あれだ。闇の森の城に、引きオタニートがいるって聞いたことある」

「エルフを愛人に囲っているとか……」

「女の子に無理矢理ご飯食べさせて太らせているデブ専とか……」


「誰から聞いたあぁあ!? どこ情報だ、それえぇ!?」


 自らの生肉が不老長寿という噂に苦しめられてるくせに!


「てめえらも噂に踊らされてるんじゃあねえかああああああああああああああぁっ!」


 刺身! 焼き魚! ばーか、ばーか! 美味ぇぞ、ばーか! タンパク質! DHA! と煽る吾輩に、さすがに使命を思い出した人魚達は、水の精霊を使役し、攻撃を放ってきた。


「女王陛下を守れ!」

「ティーナ様から離れろ、痴れ者が!」


 大量の水が竜巻となり、槍の穂先さながら先端を鋭く尖らせて迫る。


『六方より来たれ、白魔の精。雪げ、雪げ、大気よ振るえ、天に雪華を咲かせ、散れ』


 指先が六角形の魔術式を描き、陣に詠唱を乗せる。


『絶対零度――アブソリュート・ゼロ――』


 大気中の熱振動を極限まで最低にもっていき、水属性の攻撃を全て凍り付かせて停止させる。


「そんな精霊術では、水の精霊ウンディーネも可哀想というものだね」


 精霊同士にも、相生相剋という原理原則がある。つまり、相性の悪い相手、というのはついて回るのだ。

 しかし、今、吾輩は水と共に生きる人魚族に対して、水の上位の力を用いて攻撃を封じてやった。

 相性以前の問題、つまり実力差を決定的に絶対的なまでに示した。誰もが理解しただろう。勝てない、と。


「……魔王め!」


 群れの中から、ぽつりと誰かが苦し紛れに呟く。

 なるほど、ならば、魔王らしく。


「ふふふ。女王陛下は、頂いていく!」


 いいね、このフレーズ。


『ゲート』

「あーっはっはっは! あぁーはっはっはあ! あははははははっはあー!!!」


 おちょくる高笑いを残して、吾輩は遠き居城、闇の森へと帰るのだった。


「……魔王さま、さすがに、拐かしは、どうなんですかね?」


 エルフのメイド、メルが偏頭痛に苦しむような顔でこめかみに指を添えた。


「あ、あのう、ここ、ここはどこですかあ? わたくし、どうなってしまうのでしょう?」


 女王ティーナ・マリアは、おろおろと水分を、汗を飛ばし、忙しなく視線を回した。


「はじめまして! アンジェです♪」

「あ、はい、ティーナとお呼び下さいまし」


 メイド服の天使に深々とお辞儀をする。何か、既に仲良さげ。

「ま、魔王さまあ? 私の知識が確かなら、あのティアラ、人魚族最大派閥のお……」


 それ以上は言えないと、指先を振るわせるメルに、吾輩はニッコリ笑う。


「うん、女王陛下!」

「あああぁーっ! あー! あー! あーあぁ!」


 メルは、聞きたくないとばかりにエルフの長耳を両手で押さえてその場にしゃがむ。


「あい! ティーナさん♪」

「よろしくお願い致します、アンジェさま」

「さま? アンジェ、で、いいです♪」

「ふふ、よろしく、アンジェ。わたくしもティーナでよろしいですわ」

「美しい光景だなあ」

「あの、誘拐ですよ、汚い光景です」


 身代金の要求を、じゃなかった。現状の報告を兼ね、吾輩は玉座にどっかり腰を下ろす。


「ティーナ・マリア・リンドストローム? これまでの無礼を詫びたい」

「え、あ、はい……いえ……」

「尾ひれは、足に変えられるね? ここでは、その方がいいだろう」

「はい、そうです、ね……」

 促されるままに、彼女は一言、二言、囁いて、尾ひれに触れる。すると、人間と変わらぬ二足の姿となった。


「やー、太腿からふくらはぎまでのラインが実にいいねへぶっ!?」


 メルから風の指弾を顔面に喰らったが気にしない。


「さて、御身をここにご招待したのは、だ」


「君、最近、体調が良くないだろう?」


 二人のメイドが怪訝な顔を向ける中、ティーナはゆっくり頷いた。


「はい、しかし、薬師もおりますし、水の精霊の浄化で……」


 吾輩は、指先に一滴の雫を差し出し、解法の言葉を紡ぐ。

 水滴は振るえ、うねり、小さいながらも、蛇のようなとぐろを巻いて、世界に消える。


「今の、は……?」

「蛟の毒だ」

「み、ず、ち?」

「君が浸かる、女王の間、女神の泉に、毒を混入させていた者がいるということさ」

「そ、んな……!?」


 言葉を失う人魚の女王に、魔王は、畳み掛ける。


「君の生存を、快く思わない者、人魚が、いる」

「嘘です!」

「いいよ、信じなくても」


 吾輩は、玉座から離れ、ティーナの側に歩み寄る。


「あの玉座に腰掛けてみてくれないか?」

「え、はい……」


 促されるままに、頼りない足取りで、ティーナは腰を下ろした。


「あのう……?」

「頭上を見上げたまえ」

「天井に穴が空いてますけど……」


 アンジェが赤面して、俯く。


「ん、う、んー? もうちょっとそっちかなあ?」

「……!」


 今にも断ち切れそうな紐に括られて、一本の剣が揺れている。


「ダモクレスの剣、というのだがね……」

「きゃああっ!」


 ティーナは恐怖に、玉座から転がり落ちる。


「君は、まだ、王というものを知らない」


 吾輩は、床に頭を抱えて伏せる幼き女王陛下に言葉を続ける。


「王とは、決断することにある。人魚族を守る為に、人間と対立するのも。未来の共存の為に、人間と和平を結ぶのも、君、次第なのだ」

「わたくしは、みんなが、仲良くあれば、それで、良い、と……」

「君が判断を誤ったとき、同胞は死ぬ」

「!」

「同胞が死ねば、頭上の剣が、君を殺す」

「……」

「君を殺すのは、敵ではない。君を殺すのは、王、王たる資質、その責務だ」


 それを放棄したとき、本当に同胞が彼女を殺すだろう。


「先代は、危惧しておられた」

「叔母さまを、ご存じで?」

「ん、まあ、先代殿は、良くやっていたよ……だが、君を快く思わない血縁も多そうだけど、心当たりはあるかい?」

「い、いえ……」

「……では話を変えよう。近隣の人間族と、和平か戦争かで揺れていたね」

「はい」

「本来なら、人間と人魚の争いのはずが、人魚同士の争いに発展していた。つまり、争いが争いを呼んでいた、というわけだ」

「……お恥ずかしい限りです」

「中心は、君だ。幼い君を担いで権力を担いたい派閥。頼りない君を害して権力を担いたい派閥。君の意見など知らぬ、傀儡にして利益を得たい派閥」

「わたくしの、せいですか?」

「君は、生きていても死んでいても、なかなか厄介な存在になってしまっていたのでね」


 だから、連れてきた、と吾輩は続けた。


「え! え? ま、魔王さま、この一手で人魚族の意思統一を図るおつもりですか!?」


 メルは、眼鏡の位置を忙しなく直しながら、首を振る。


「同情する。その幼さならば、ご母堂が存命でもおかしくない。不幸な事故だったと聞く。加えて後見の叔母上は、病弱であった。陛下……」

「ティーナ、と」

「うむ、ティーナ。もし、人魚族が、御身の不在をこれ幸いと動き出すならば」


 吾輩は、顔にこれ以上ない程の暗い笑みを浮かべて手を差し伸べる。


「北の海に、人魚の死体が流れ、漂うだろう。だが、もし」


 ティーナは、その手を取らず、自らの両足で立ち上がった。


「人魚族総出で、御身を第一に、その救出、生存に力を注ぐというのなら……」


「この魔王、力を貸すに、やぶさかではない」


 北の海より、闇の森へ、強大な氷結魔法によって冷凍保存された物資が届く。


「あのう、なんか、冷蔵と冷凍での届けものが……クールたっきゅ……」

「止せ! それ以上は、吾輩が昔バイトした配送会社に迷惑がかかるッ!」

「へー……」


 メルは耳をげんなり下げながら、届けられた(どうやって届けたんだろう?)氷塊を眺める。


「海の幸……海鮮……食べ物ばっかりですけど」

「まあ、ここにいることは伝えてあるからね。女王を飢えさせるわけにもいかんだろう」

「あの、アンジェが、氷ごと喰ってますけど?」

「仕方ないね? あ、ウニと筋子は、残してくれるかな?」

「うにぃ?」

「あ、それ! それだって、あ、焼ウニ! 焼ウニぐらいは、残し……おぉーい!」


 粗方、海の幸をアンジェに喰われてガッカリな魔王さまは、玉座に腰掛け、肩肘に頬を乗せる。


「あの、魔王……さま……」


 メイド服姿のマーメイド。


「王、って、どういうものか分からないのです」

「うん」

「分かる、まで、ここにお世話になっても、よろしいでしょうか?」

「おう!」


 そのオヤジギャグは、絶対零度よりも、寒く凍えて、震えて、消えた。

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