第3話 魔王さまと雑魚モンスターさま

「食糧問題の解決といこう!」


 吾輩は玉座から立ち上がり、右手を天に向けて振り上げる。


「おーっ!」


 メイド服姿の二人も同様に手を上げる。


「……玉座の間の天井も直そっか」


 堕ちてきた天使のメイドは、頬を染め、口元をにやけさせながら、申し訳なさそうに頷く。


「魔王さま、食料調達は如何様に?」


 エルフのメイド、メルは、度の入っていない眼鏡の縁に指をかけ、くいっといかにも出来る女風に聞いてきた。


「まあ、付いてきたまえ。マントを持てぃ!」

「……?」

「……?」


 顔を見合わせる天使とエルフ。


「あ、いいです。自分で、はい」


 吾輩、頭をかきながら自室に。

 漆黒のマントと同じく全身真っ黒の服装で、腕組み。演出を考え、飛行魔術でふわふわと浮きながら、二人の前に再登場。


「ふふふ、待たせてしまったかな?」

「いえ、特に」

「あ、そう……」

「魔王さまっ、私も! 私も飛びたいっ」


 天使が、はしゃいでぴょんぴょん飛び跳ねる。


「君ね、羽根があるんだから……自分で、って、そうか。吾輩が施したリミッターがあったか」


 と、その前に。


「はい、名前決めまーす」


 メルは呆れたとばかりに、溜息を吐き出す。


「今更ですか?」

「いや、君が来たからね、名前の必要性がね、あるからね」

「今まで、ぼっちでしたもんね」

「ぼ、ぼぼぼ、ぼっちじゃねえし?」

「私の名前ですかあ?」

「そう!」


 腰を捻り、両手で指を差し、ゲッツ! な感じの姿勢。


「アンジェ! どうかなっ?」

「あいっ♪ 私、アンジェ!」


 メルは、「あ、ふーん」な顔。


「アンジェ♪ アンジェ♪」


 名付けられた喜びに、自身の名を何度も連呼する。

 こそこそ近づき、アンジェに聞こえぬように小声で囁くメル。


「エンジェルだから、アンジェ? 安易過ぎやしません?」

「やかましい。シンプルイズベストなんだ! なんだよ、世間じゃキラキラとかドキュンとかさ! 嘆かわしい!」


 ネーミングセンスの無さを指摘された吾輩は、気を取り直して二人に向き直る。


「さ、畑にいくぞ?」


 え? って顔の天使とエルフを置き去りにして、吾輩は脳裏に浮かぶ映像を結実させ、この場とその場の空間を手繰り寄せる。捻り、開き、門を解放させる。


『ゲート』


 おっと、この力は、さすがにメルの前では良くなかったかな?


「……世界、創成の力……?」


 呟くメルに気付かぬふりで、言葉をかける。


「ささ、どーこーへーもード……」


 何故か、アンジェとメルが二人がかりで吾輩を門の向こう側に突き飛ばした。

 権利って怖い。


 ここ、闇の森が広がる大陸の南西は未開の地だ。

 何せ、火竜山脈が連なっている。

 竜の巣とも言える山々を越えてまで、進出する理由など人間族にはないのである。


「あ、のう……」


 鼻先までずり下がった眼鏡を直さずに、メルはエルフ耳をひくひくさせた。


「何、やらせてるんですか?」

「開墾」

「ゴブリンが、鍬持ってるんですけど?」

「畑、耕してる」

「ホブゴブリンが、見回ってるんですけど?」

「作物の育成状況を確認してる」

「コボルトが穴、彫ってますけど?」

「水路、作ってる」

「トロールが木を、引っこ抜いてますけど?」

「伐採。農地の拡大と林業に転用」

「オーガが、何か作ってますけど?」

「柵だねえ。害獣と害虫の駆除もやらせてる」

「スライムがチラホラ見えるんですけど?」

「ふっふ♪ アレは土壌開発用の自信作だ。窒素とリンとカリウムを加えてある」


 吾輩は、誇らしげに「微生物も豊富だ!」と付け加える。


「なにやらせてるんですかあっ!?」

「開墾って言ってるじゃないかっ!?」


 メルは、度の合わない眼鏡を掛けたみたいに眩暈を起こし、蹌踉めいた。


「闇の眷属ですよっ!?」

「そうですよ?」

「奴らを従わせてるのは、確かに、何となく、そりゃ、闇の、魔王っぽいけど! 実際にやらせてるの、農業じゃないですかっ!」

「そうですよ! 君ね、食は基本だよ? 食糧自給率、何だと思ってんの! 第一次産業を馬鹿にしているのっ!?」

「……すみません、何を言われてるのか、良く分からないです……」

「本当に困っちゃうよ! ただでさえ、大飯喰らいが一人いるってのにさ! 君だって、森にいるわけじゃないんだから、食料いるだろ! ぷんぷん!」

「あの……ぷんぷん、とか、止めて下さい、ほんと……」


 おや、その大飯喰らいがどこにいったかと言うと……?

 畑の側まで言って、お辞儀をする。


「アンジェです♪」

「ゴブゴブ」


 額に汗かくゴブリンと、お互い頭を下げる。


「お疲れ様です、アンジェです♪」

「ホブゴブ」


 ホブゴブリンが、労うように手を上げて挨拶する。


「うわ……うっわぁ……あの子、普通に、挨拶してますけど……」

「うんうん、ちゃんと挨拶出来る、いい子だなあ」


 首を縦に振る魔王さまと、首を横にふるメイドさま。


「大変ですね、アンジェに出来ること、ありますですか?」

「コボルコボル」


 何か、大丈夫、あっち行ってな、みたいなコボルトの、職人気質の手の振り方だ。


「おっきい木、力持ちさんですね! アンジェです♪」

「ロールロル!」


 トロールは、力こぶを作って、ご機嫌そう。


「アンジェです♪ この虫さん、だいじょぶですか?」

「オガオガ」


 オーガは、指先でオッケーサイン。


「あい♪ 虫さん、良かったねっ」


 およそ、普通のRPGでは、あまり見受けられない光景だ。


「おーい、アンジェ! 向こうの森に、オークいるから! ちょっと挨拶してきなさーい」

「お! おおお? オークゥッ!?」


 金髪を振り乱して、切れ長の瞳を大きく見開いて、エルフのメイドは、甲高く声を裏返した。


「う! 薄い本に! なっちゃうじゃないですかあーッ!」

「……君ね、この世界観で、どこでその知識を得たの?」


 あーい、と脳天気に手を振り、軽快に駆け出すメイド服の天使の何と清らかさ。

 加えて、オークと聞いて、R18な想像を警戒するエルフの何と言う小汚さ。


「おや? おぉっやあ? もしかして、豚野郎にアンジェが何かされると想像したのかなあ? そういう行為には、とんと無頓着なエルフさまがあ? どうしたのかなあ? 即売会かなあ? 独りコミケでも開くおつもりかなあ? 委託販売かなあ?」


『精霊手、風』


 ゴッ! 唸りを上げて風の精霊を乗せた拳が、吾輩に繰り出される。


「へぶっ!?」


 頭が消し飛んだけど、ホムンクルスだから気にしない。魔王さま、次の頭よ。どうでもいいけど、あんパンって牛乳に、めっちゃ合うよね。牛の乳か。あれ? なんか、エロいよね? 牛もだけど、乳とか。生乳とかの表記もやばいよね。ナマでチチとか。

 すみません。


「……真面目な話、して、いいですか?」

「吾輩、ずっと真面目だけども? (嘘です。ゴメンナサイ)」

「闇の眷属に連なる亜人種が、こんなことしてるのって、実際、おかしいですよね?」

「まあ、そうだね……」

「何故ですか?」

「育てることより、奪うことが簡単だって、刷り込まれてしまった、情報への上書きをしているところさ」

「……それだけでは、ないですよね?」

「繁殖の抑制は、確かに魔力で制限している」

「何をしているんですか?」

「自らの手で、何かを創り出すことを忘れた者達への、手解きさ」

「……亜人が?」

「産まれを気にしているのかい?」

「世界中の亜人種を、人間種と同じく扱うというのですか?」

「雑魚モンスターなんて呼ばれる彼らが悪者にされるのは何故だい?」

「?」

「育ちが悪いってのは何故だい?」

「それは、確かに周囲の環境が……」

「……産まれ持った才能と、環境に育まれた才能、どっちが強い?」


 その先は、本人の才覚ではないか?

 教育の分野では、永劫に答えの出ない問いではないのか?


「結果でしか、語れないよ? 過程を褒めて貰えるのは、子供のうちだけさ」


 奪うことでしか、腹を満たせなかった者たちに、それを伝えられるのだろうか?


「私、少し、考えます……」

「魔王さまー! オークさんに、キノコ、もらえましたー!」

「いや、それ、レアキノコじゃねえか! 最上級のおぉ!」

「いただきます♪」

「頂いちゃうの!? それ! ブラックダイヤモンドとか! 言われて!? あ、ああ!」

「あーん、む。うむぅ。もぐもぐ」

「はあ……それ、売ってしまえば、もっと美味しいものいっぱい買えたのに……」

「あの笑顔は買えないのでは?」


 両手を添えられたほっぺは、確かに美味しさに包まれた天使の笑顔。

 美味しい世界。

 優しい世界。


「……確かに」

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