第3話 「ウーズ狩り狂想曲 3」

 14:00。

 第七総合精神病院は、もう何度目かの取引になる、おなじみの得意先だった。

「ちわーッス。ラックスマイル・カンパニーのものですけど」

 ポケットから協会のロゴ入り営業許可証を取り出して、受付に声をかける。

 カウンターの妙齢のおばちゃんが、俺を待合室に通してくれた。

 間もなくドアが空いて、一人の女性が入ってきた。

 この白衣の女医の名前は、アリカ・ハミルトン。

 彼女は精神外科医、通常の精神科医としてのスキルに加え、ガルキ関連の被害者の精神傷治療の専門家。

「うん? 今回のスイーパーってまたキミなの」

「えへへ、どうも……」

 毎度の事ながら、俺はついつい下手に出てしまった。

 思わず見惚れる美貌の彼女はまさに才色兼備、腕のほうもたいしたもので、街の中心から少し離れたケセル地区の病院にしては、法外な額を稼いでいるという噂。

 さらに、スイーパーの仕事にも一般人よりよほど詳しいというおまけつきだ。

 こういう女に、エプロンつけて手料理を作ってもらえたら最高だ。……ま、料理の腕については知らないけどね。

「最近、縁があるわね。バッド・スミスくん」

「あのぅ、アリカ先生。ボクのことは、できればジグザってほうの名前で呼んでほしいんスけど……」

「はは、気にしてるんだ? でもまあ、若いコはやっぱりバリバリ働かなくちゃね。魅力あるもん、頑張ってる姿って」

「え、そうですか!? いやあ、まだまだ、ボクらなんて駆け出しですから!」

 俺はデレデレしながら、白くて長い彼女の指をちらりとチェックする。綺麗な左手の薬指に、指輪はなかった。

 きっとまだフリーに違いない。フリーであってほしい。フリーだといいな……ま、そういうことにしておけ。

「そうだ、今度、お友達を誘って飲み会やりましょうよ? いい店、見つけたんですよ!」

 俺は持てる限りのチャーミングさをかき集め、今の自分に醸し出せる最大値のにこやか口調で言う。

 ギャラの交渉と女は、ちょっと無理そうでも高目を狙っとけ。親父よ、勇気が出る言葉をありがとう。

「そうね……でも最近、ちょっと忙しいのよ。また今度、考えておくわ。あなたにツキが向いてきたら、ね」

 クスリと笑って、アプローチはやんわり回避される。

 軽くヘコむが、これもまあ、いつものことだ。

 ド田舎の定食屋の次男としてこの世に生を受けてこのかた、俺の人生はいつだって、ツキに恵まれた試しがない。

 幸運だったのは、ハイスクール時代、クラスの人気者の副会長、ミリア・ニーアと付き合えた時ぐらい。

 卒業してこっちに出てきて、いろいろあった末にこのスイーパー業を開業して……そこから、俺の人生は浮かび上がることがない。

 クソメガネことアリグラ――呪法系メンテと飛び道具の取り扱いに長けた、能力的には理想的な後衛タイプ――に出会ってから、なけなしの幸運さえ、

 全て吸い上げられてしまったかのような感さえある。やれやれ! 

「それはそうと、今日はもう一人……アリグラ君のほうは?」

「あ、少し別件の処理で手間取ってまして……もうちょっとしたら、到着すると思いますんで!」

 流行っていると見せかけるのも、商売上のテクニック。この時期にヒマなスイーパー=腕か評判が怪しい。

 でも、それがアリカ先生に通じるかどうかは微妙だが。

 彼女については、決してお日様ぽかぽかのまっとうな道だけを歩いてきたわけでもなさそうだ、という印象を、俺は密かに抱いている。

 これだけの美人でやり手が、こんな場末の病院にいるってことがそもそもおかしいのだ。

 俺のそんな商売上の手管を見透かしているのかいないのか、彼女はちょっと含み笑いを浮かべたようだったが、そこはやっぱりオトナだった。

「ああ、そうなの。じゃ、対象者の侵食止めの処理を確認してくるから、後でまた。じゃ、よろしくね」

「ハイ、任せてください!」

 胸を張って、俺はひときわ声を張り上げた。

 アリカ先生が行ってしまうと、俺はポケットから携帯を取り出し、クソメガネに連絡。

 時刻は14:07。

「おせえよ。さっさとこいよ」

「ああ、失礼。ちょっとスペル・バレットの精製とアガーテの調整に手間取りまして」

 楽しそうな声。どうやらまた、呪法銃をいじってたらしい。

 物騒極まりない違法スレスレの改造モノに女モノの名前をつけて喜んでるあたり、いかにもダメっぽいよな。

 だが、同じマニアック趣味でも、イケメンがたしなんでりゃ「意外で男らしい趣味」になるのはお約束。

 赤毛のツンツン頭の上、眼光鋭い俺がガンマニアであってみろ、即座に犯罪者予備軍扱いされるのは目に見えてる。

 ま、俺もガルキ駆除用のマテリアライズ・ロッド(海外メーカー・ロッソ社の「バジュラSS」だ)には

 こだわりと愛着があって、あちこちいじってるけどね。

「で、どれくらいかかりそうなんだよ?」

「そうだな、あと15分ちょい、待っててもらいましょうか」

「俺たちゃ迅速、格安がウリなんだから、とっととしろ。

 どうでもいいけどお前、なんでいつもそう、上から目線の物言いなのよ?」

「おや? 僕の口調、そんな風に聞こえます? そんなつもりはないんですがね」

「ああ、そうかい。そんじゃアリグラ君、今後、注意してくれたまえ。

 キミと話していると時々、どうしようもなく苛立つことがあるんでね」

「ほう? それはなんだか、僕に比べると自分が惨めに見えてしょうがないって風にも取れますね? 赤毛虎君」

 ぶ厚いコンクリ製のトーチカのような、にこやかな傲慢さ。

 まったく、人をイラつかせるのが上手いヤツめ!

 やれやれ、お前は本当にできた相棒だよ――

 だが俺は生まれついての前衛タイプだし、アリグラはこれでも頼れる後衛であることには間違いない。

 親父が言ってた通り、人生、何事も我慢が肝心ってわけだ。

 ストライカーの前衛とバックアップの後衛、二人そろわないと、このスイーパー稼業は不都合だらけだからな。


 結局、ヤツから呑気な電話がかかってきたのは、かっちり20分後だった。

 俺は外に出て、素敵な相棒のご到着を出迎えることにした。

 しばらくすると、道路の向こうに、ヤツの姿が現れる。

「待たせちゃってスミマセン、いや、失敬失敬!」

 携帯呪話機を持った片手をちょいとあげて、さわやかに言う。

 そのくせ、ちっともすまなさそうに聞こえないのはなぜだ? 

 ……しかもまたがってるのは俺の愛車、ハンニバル550RXじゃねえか。

 ガソリン代をけちって、わざわざ置いてきたってのに。

 しかも、ハンドルを握ってるのは片手だけ。

 今、ちょっとフラフラしてなかったか? 俺は気が気じゃなくなり、大声で叫び返す。

「アブねえな、片手運転やめろよ! まだローン終わってねえんだぞ、それ!」

 それどころか、正直、後部シートに女の子を乗せて走ったことすらない。あーあ!

「大丈夫、ザウートの御名と僕を信じてください。これでも学生時代、バイク事故は3回しか起こしていない」

「普通はゼロだよ! ……今すぐ降りろ、今すぐ! 降りて押せ!」

 わめきたてる俺に向かって、心配ない、を連呼しながら、アリグラはようやく俺の前に到着する。

「ほら、大丈夫だったでしょ」

 言いながら、エアロスタンドを立てた……と思ったが。

 クソメガネめ、しっかり確認もしないで手を離しやがった。

 スタンド掛けが甘かったため、自重で哀れなハンニバルはゆっくりと傾き……

 俺の悲鳴と同時に、車体がアスファルトに叩きつけられる最高に嫌な音があたりに響く。

「おおっ?」

「て、てめえ!」

 俺は髪をかきむしって目を剥いた。

 ああ……メシ代とか栄養価とかスペル・バレットの幻素調合にはうるさいくせに、こういうところはホントに抜けてやがる。

 幸い、カウルに目だったキズはついていなかったが……

 ぶつくさいいながら、俺はアリグラと連れ立って再び受付を訪れた。


 被寄生者の寝ている部屋まで俺たちを案内してくれたのは、可愛い女の子だった。

 蜂蜜色の髪で、目の色は碧。ちょっとタレ目気味なのがポイント。

 薄桃色のナースキャップも良く似合っている。

 「あたし、ティナっていいます。アリカ先生の下で、いろいろ勉強させてもらってるんです。

 まだ見習いですけど、なんでもおっしゃってくださいね!」

 胸のピカピカの名札が、実に初々しい。0.1秒で気に入った。

 「あ、俺はジギー。ジグザ・バドラルクです! よろしくね!」

 ポテンシャルゲージをMAXまで振り切った笑顔で俺がそう言うが早いか、横からクソメガネが口を挟む。

 「僕はアリグラ・ゼ・クルスニカ。今回、コレと一緒に、スイーパー業務を担当させていただきます。

 よろしくお願いしますね、可愛いお嬢さん」

 涼やかな声で挨拶し、さりげなくメガネを外すと、するっと右手を差し出しやがった。

 大理石の英雄像みたいな顔立ちと、神秘的な紫の瞳があらわになり、ティナはちょっともじもじしながら、手を握る。

 アリグラの白い歯がさわやかにキラめく。長い金髪が揺れ、嫌味なほど整った顔にやわらかな微笑がふわりと浮かぶ。

 お前は一体どこのルネサンス絵画から抜け出してきたんだ、ええ?

 ちらりと見ると、案の定、ティナの頬がほんのり桜色になっちゃってるので、俺は内心気が気ではない。

(騙されちゃいけない、お嬢さん! こいつは人の皮を被った悪魔なんだ! 

 ぼ~っとしてたら、コンビニのチョコバーみたいに、朝食代わりにサクサク食われちまうぜ!)

 叫びだしたくなるのをぐっとこらえて、俺は仏頂面で歩を進めていく。

 隣でにこやかに会話が展開し、え~、とかそんなぁ~、とか照れたような声が時折聞こえてくる。

 その数分間が、俺にはハイスクールの数学の授業なみに長く感じられた。

 まったく、人生ってのはホントに不公平にできてやがる。

 以前、俺がちょっかい出してた飲み屋の女の子が、朝、こいつの部屋で下着一枚で寝ているところを目撃し、遠まわしになじってやったら、野郎、澄ましてこう言いやがった。

「花はその価値を知る男性に寄り添うもの……それが自然の成り行き、すべてはザウートのおぼしめしですよ」

 元は戦いの神様が、そんな色事の微妙な機微や風流のセンスを持ち合わせてるか? 絶対ウソだろ。

 まれに現実世界に顕現するS級ガルキゲニマが持つという、あの一瞥(いちべつ)即死の邪眼。そいつが手に入らないものかと、あのときばかりは本気で考えたね。


 俺たちはティナの案内で別棟に移動し、廊下をしばらく歩いた。やがて、別棟内の一画に入ったとき、廊下の向こうから声がかかった。

「こっちこっち! ようやくそろったわね、ラックスマイル君たち」

 そのぶ厚いドアの前には、アリカ先生が待っていた。

「ティナ、それじゃもういいわよ。どうもご苦労様」

「はい! じゃあ、私は仕事に戻ります。頑張ってくださいね!」

 ティナは笑顔で去っていく。彼女が去り際、アリグラに小さく手を振ったのが妙に俺の気に障った。

 ジロリ、と隣でさわやかに手を振り返しているクソメガネを睨む。

(てめえ、わずか10数分の間に、何、心のキョリ縮めてんだよ?)

 アリグラのヤツも俺の刺すような視線に気づいたが、余裕の笑みを返してきやがる。

 とことんムカつく野郎だ。ハイハイ、どうせ器の小さいオトコのヒガミですよ。

「さて、それじゃあお仕事、始めてもらおうかしら」

 先生の声に、俺たちは扉に向き直る。


 鋼鉄製の厳重な扉。その向こうにあるのは、ガルキゲニマがらみの被寄生者のための部屋……駆除室だ。

 精神に不調をきたして運び込まれた哀れな被寄生者は、ガルキ憑きと判明した場合、ここで“悪魔祓い”を受けるって流れ。

 俺たちゃいわば、ガテン系のエクソシストってとこだな。


 中に歩を進めると、せせこましい部屋の中には、巨大なメインベッドが一つ。

 どこでもそうだが、駆除室は簡素な作りだ。窓はなく、棚には万が一のための駆除グッズの予備。

 駆除業者用の空ベッドや椅子と、被害者の侵食度やガルキゲニマのレベルをチェックするウォッチャーマシンが付属した治療台が一つ。

 これはまあ、長いコード付きの特殊ゴーグルがセットになった手術機械だと思えばいい。

 今回の被寄生者のおっちゃんは、パジャマみたいな病院着でベッドの一つに横たわっていた。

 薬か何かで快眠中らしく、大きないびきまでかいてやがる。

「侵入痕は?」

「腕よ。右腕の手首」

 俺はおっちゃんの服の袖をまくりあげ、手首を確認する。

 ほんのり広がった、奇妙な桜色のあざ。スティグマともブランデッドともいわれるが、

 ガルキがコアに侵入する時にできた孔が、現実の身体に影響するのだといわれている。

 このあざの形なんかで、ガルキがどういうタイプかわかることもあったりするんだ。

 ややあって、俺は先生に声をかける。

「じゃあ一応、フック、掛けときますね~」

「ええ。どうぞ」

 おっちゃんの身体をベッドごと、アリグラに持ってこさせたマルチザックから出した、特殊素材のコードで固定する。

 これは万が一のリ・ボーン対策だな。これは一応、精神特保病院で駆除作業を行うときの決まりみたいなもんだ。

「依頼時の情報だと、ガルキゲニマはE級ってことでしたけど?」

「ええ、そう。さっき正式に確定したけど、“ウーズ”タイプよ」

「ウーズですか。楽勝ッスね」

 ウーズ・タイプの主成分は、赤いドロドロのアストラル質の流動物質塊。

 具体的には、たっぷりバケツ3杯分くらいの生きたストロベリー・ゼリーを思い浮かべてもらえばいい。

 被害者の精神外殻……シェルを溶かしてズルズル滑り込むために、被寄生者のあざはうっすらしたシミ状で、面積の広いものになる。

 ちなみに確認されている中でも一番の下級タイプで、そのぶよぶよした塊の中に取り込まれさえしなければ、駆除作業の危険は少ない。

「被害者はこれまでも少しずつ浸食を受けてたみたい。今朝、ついに限界を超えちゃったのね。

 職場で突然凶暴化したってことで、同僚に押さえ込まれてここに運び込まれてきてるわ」

「どれくらい前から、侵食されてたんですかね」

「さっき診た感じだと、結構な量が溜まってるみたい。数ヶ月から半年くらい前から、ってとこかな。

 でもまあ、まだ侵食は初期段階っていえるレベル。ここ数時間での急激なアバター崩壊は、まずないでしょうね」

 ウーズ・タイプは潜伏期間が長く、シェルを、ちょっとずつ溶かして侵入する。

 一気に力づくではなく、徐々にコア内に侵入してアバターを捕らえ、じっくりコトコト消化・吸収する、コツコツ型の努力家だ。

 まあ、扱いやすくてひ弱な、駆け出しスイーパーの経験値稼ぎにはもってこいの最下級ガルキと言っていい。

 確かにギャラが安めなのもうなづけるね。

「ふぅん……ま、とりあえず潜ってみますかね」

 やがてウィィン……と静かな音を立てて装置が作動し、あたりが薄青い光のベールに包まれ始める。

 ころあいを見計らって、俺は呪法銃を調整していた相棒に声をかけた。

「OKっス。アリグラ!」

 メガネ野郎はうなずき、マルチザックから輪っか――通称エンジェル・リングを3つ取り出し、1つをおっちゃんの頭にセッティングする。

 続いて俺が取り出したのはD・Dだ。デイメンション・ディガー、つまり空間掘削機なんて言われるが、要は俺たちスイーパーの精神を対象にリンクさせるための装置だ。

 ガルキどもが持っている「空間を掘削する」能力を研究した結果開発された、人類の英知の結晶。

 もちろん相応に値が張るから、俺たちは協会に開業許可と同時にレンタルしてもらってるわけだが、原理はよく知らねえ。

 まあ、エンジンの仕組みを知らなくてもクルマは走らせられるし、ソフトのプログラムを知らなくてもゲームはできる。

 どちらにせよ、最初に考え付いたヤツは、ちょっと頭がいいよな。


 やがて、残り2つの輪っかを俺とクソメガネの頭に乗っけて、認証を通す。

 見た目は妙な形のヘッドフォンを付けた2人組+おっさんって感じ。

 次に俺は、腰の作業ポーチと駆除用ロッド・バジュラの具合を確認してかrあ、予備のベッドに寝っ転がる。

 アリグラは手近の椅子に腰掛けることにしたようだ。

 いよいよ本番。

「じゃあ、キッカーはアリカ先生、お願いしますね」

「分かったわ」

 キッカーってのは、何かトラブルがあった時、薬剤を注入して、精神の同調状態から強引に連れ出してくれる役割。

 今回はエスケーパーも持ってるけど、誰かが待機してくれてたほうがより確実だ。

 この仕事、こう見えてなかなか外部のサポートが大事なんだ。

 これは、俺とアリグラの関係にも言えることで、だからこその前衛・後衛のチーム構成なんだが……。

 俺はちらりとアリグラのほうを見る。椅子に腰掛けながら、ヤツは鼻歌まじりにスペル・バレットを準備、呪法銃に装填していた。

 ん? なんだか今、見たこともない妙な色のバレットを弾倉に押し込んでたような……気のせいか? 

「それじゃ、始めてちょうだい……」

 アリカ先生にうながされ、俺とアリグラは同時に目を閉じ、若草色と白の精神同調カプセルを口に放り込んで目を閉じた――


【パート4 に続く】

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