第2話 「ウーズ狩り狂想曲 2」
事務所の壁のホルダーから駆除用ロッドを取り上げ、ちょいと具合を確認してからホルダーに戻す。
その後、衣装掛けから黒地に炎のロゴが入ったお気に入りのジャンパーを取り出すと、さっと羽織った。
それから俺は、振り返って食器を洗ってるアリグラに声をかけた。
「じゃ、いってくるわ」
「はい。朗報と高ギャラの仕事に期待してますよ」
ひざが抜けかけた防刃ジーンズに履き替え、玄関で履き古しのブーツを履く。
見た目は売れないバンドマンってところだが、その正体は……
どこに出しても恥ずかしい、最近仕事にありつけてないガテン系スイーパー!
やれやれ、洒落にならない。
駐輪場に停めてあるフローターバイクにちらりと視線を走らせるが、少し考えた末、今日は歩いて駅に向かうことにする。
まあ、最近燃料も高くなってきたしな。たまには歩くのもいいだろう。
軽い食後の運動ってヤツ。
息を整え、小走りで走り出す。前衛のストライカーとして、日々体は鍛えておく必要がある。
結局他人様の精神世界の中でも、頼りになるのは自分の体だけ。
妙な話に聞こえるかもしれないが、理由はちゃんとある。
他者の精神世界の中で己のアバターの形や性能を保つためには、結果的により明確に己の肉体を管理し、把握しておく必要があるわけだな。
まあ、簡単にいっちゃえばアバターは外界の肉体を模したパワードスーツみたいなもので、そいつを俺たちはココロの力で操縦するってわけだ。
10分ほどで最寄り駅につく。
ジリリリリリ……発車間際のベルが鳴り響く中、さらにひとっ走りして無人のオートマ・トレインに駆け乗る。
なんとか間に合った。やれやれ。急ぐ必要もないが、チンタラやってて美味しい仕事が目の前で売れちまったら、シャクだからな。
都心を八角形に囲むように作られた高架の上を走る、無人のオートマ・トレイン。
ドアにもたれ、外の風景をぼんやりと眺める。
高架を挟むように林立したビルの隙間から、この雑然とした街が一望できる。
人口1500万、かつてはこの世界有数の繁栄を誇ったが、今では少しずつ栄光の座からずり落ちていこうとしている街。
大陸南端の半島に突き出た港町から発展した、科学と神秘の魔都。
多民族国家・ジアスポリカの各地から人と情報が集まる、東洋世界のヘソ。
富と貧困、生と死、欲望と純潔。この世のあらゆるものが対でごっちゃになった混沌の坩堝るつぼ。
オクタ・カテドラルは、折しも4月下旬。
見下ろす街路にときおり、白とピンクのハイブリッド・チェリーの花。
もうそろそろ、散り始めている。
いつも、今年こそは花見をしようと思うが、忘れてしまうのだ。
そして花見を忘れていたことを思い出すのと同時に、すぐにこう思うのも同様だ。
そういえば、去年も同じことを思ったな、と。
「僕らはいつも、そんな風に繰り返している……」
ふと、いつか聞いた安っぽいポップスの歌詞が思い浮かぶ。
同じところを、何度も行ったり来たりしているようなデジャヴ。
だが、それはあくまでも錯覚だ。
一度通り過ぎてしまったら、二度と戻らないものは、確実にある。
街路に敷き詰められた、白とピンクの花。
それが無数の雑踏に踏みにじられ、汚くなっていく様子を思い浮かべた。
咲いて、散る。それがリズムだ。
昨年の花と今年の花は、似てはいても別のもの。
今、目の前にあるこの花は、この世界でただ一度しか咲かない花。
ふと思う。ガルキゲニマには、この綺麗さが分かるのだろうか。
虚空間からやってくるガルキゲニマどもは、4月になるとぐっとその数を増す。
たぶんリストラ候補のおっさんおよび、新入社員と対人関係に悩む学生が増えるからだろうと思っているが、
危険区域の予想を出す異象庁によると、単純にこの季節は世界の軸がブレて、次元の境界が曖昧になるからだそうだ。
ちなみにガルキと同様、幻素粒子の流入量も、この時期がMAXになるらしい。
まあ、ガルキどもが生まれる虚無の異世界なんて、俺は別に行きたくないからどうでもいいが、俺たちにとって掻きいれ時なのは間違いない。
多種多様なガルキゲニマどもは、複雑な精神構造を持った人間という種族を偏愛している。
そのあふれる愛で精神世界に棲みつき、コアを食い荒らし、アバターに寄生する。
ときには無理やり人生と行動をコントロールすべく人格を豹変させ、破壊衝動と精神エネルギーをしゃぶり尽くすのだ。
ヤツらがいつごろからこの世界に現われたのかは誰も知らないが、頼みもしないのに勝手に空間に穴を開けてやってくるから、実質的に侵入を防ぐ手立てはない。
この街だけでも年に数千人もが大なり小なりの被害を受け、“精神外科”のある病院やら専門駆除施設やらに訪れたり、運び込まれたりする。
いわばガルキゲニマは、都市に野放しになっている、猛獣みたいなものと言ってもいい。
だが、飢えたライオンが一日に数十匹まぎれこむからといって、この街に暮らす1500万以上の人間を喰らい尽くすことなど到底できない。
それに、人の住居を侵す猛獣は、いつでもすぐに狩られる運命にある。
売春婦と狩人は人類最古の職業のひとつらしいが、その狩人に当たるのが俺たち――スイーパーってわけだ。
昔はいざしらず、現代では空間の乱れを観測して大量出現の予測もできるし、駆除の方法だって、かなり確立されている。
結果、ガルキゲニマどもが引き起こす被害の末に生まれる死者は、昨今ではだいぶ少なくなった。
まあとにかく、世界各地の紛争や交通事故、殺人事件による死者や中絶される赤ん坊より、全然マシなレベルまで減少したのだ。
やっぱり、呪法科学の力ってのは偉大だよな。
人間は確かにこの世界の寄生虫かもしれねえが、そう言ってるあんただって、やっぱしガルキゲニマに黙って精神を食われっぱなしでいたくはないだろ?
やがて、車両が向かう先に、俺の目的地でもあるジグラト・タワーが見えてきた。
この巨大都市、オクタ・カテドラルを象徴する超高層ビル。
まだ世の中が華やかなりしころ、巨額の予算を注ぎ込んで建設されたそのバベルの塔は、灰色の市街と蒼穹をつなぐかのように、どこまでもまっすぐに聳え立っていた。
より高く、より遠くへ――誰もが背伸びしていた時代はとっくに終わっているのだが、完成時期までびっちり組まれた特別予算と利権が絡み合った建築計画だけは白紙に戻せなかったってわけだ。
街頭でがなりたてる新興宗教の勧誘員いわく、神はとっくに地上から去り、あとには愚かな人間と闇雲に広がる混乱だけが残された、とか。
意外に言い得て妙かもしれねえ。
俺も今度、集会所とやらに行ってみようか。
とりあえず、勧誘員はボサボサ頭の冴えねえメガネっ娘じゃなくて、もっとカワイイ子にしたほうが効率がいいと、教えてやりたいね。
それから、十数分後。長い昇りエレベーターから出ると、そこはジグラト・タワーの46階だった。
全体に白とオレンジのカラーリングで統一されたこのフロアの正式名称は、協会が運営する業務斡旋所――通称、ニコニコジョブセンター。
でもまあ、背に腹は代えられないって言葉もある。若いうちは、見栄や外聞のことは考えずに、ただただ黙って働いた方がいい。親父がよく言っていたが、全くその通り。
俺は「ガルキゲニマ駆除業務関連」と書かれた札が下がっている一角に向かう。
受付の子に愛想を振りまきながらスイーパー資格の証明書を見せる。
その後、俺は指定されたデスクトップPCの前に行き、カタカタと検索キーを叩きはじめた。
「ね、あの赤毛の人、ちょっとワイルド系だけどよくない?」
「マジでいってんの? アイツ、ジギーよ。ジグザ・バドラルク。
ほら、あの“バッド・スミス”……スイーパーの中でも最悪の“悪運野郎”。
はっきりいって負け組じゃん。そういやこの前も、危うく駆除対象者をロストさせちゃうところだったらしいわよ」
「あ、あれが? やだぁ! じゃあ、あのアリグラさんとコンビ組んでるのって、あの人?」
「そうそう、でももったいないよね。なんでアリグラさん、あんなにイケてるのにわざわざあのバッド・スミスなんかと仕事してるのかしら?」
「きっと昔からの腐れ縁か何かで、仕方なくなんだろうな……彼、冷たそうだけど話してみたら、意外にいい人っぽいもん」
「え、なに~? さてはあんたも、アリグラさん狙いか!?」
「え? いや、そ、そういうワケじゃないけど……。
でも、北方公国の大貴族兼、なんかの宗教の司教さんのご子息なんて、できれば乗りたい玉の輿じゃーん!」
背中で受付嬢たちの会話と、お決まりのクスクス笑い。
……聞こえてんぞ、スイーツ女どもが。
俺は内心舌打ちしながら、黙ってキーボードを叩き続けた。
だいたい人間、外見より中身だなんて大嘘だ。
ガラの悪そうなのと優等生っぽいのがつるんでりゃ、世間の悪いウワサや悪事の主犯格は当然、まとめて片一方に押し付けられる。
「泣いた赤トロル」って話を知ってるか? 昔々、人里離れた山奥に一匹の赤トロルが住んでいました。
彼は人間の子供が大好きで、いつもどうやったら友達になれるか考えて……。
いつ読んでも泣ける話だ。そして赤トロルの親友、青トロルはイイ奴だよな、ホント。
俺もあんな友達がいのあるヤツを相棒にしたいもんだぜ。とがった尻尾の生えたメガネ色魔とかじゃなくてな。
……まあ、相棒を見る目がなかったって意味では、俺にも大いに反省すべき点があるが。
まもなく画面にヴン、という音とともに、最新の依頼がまとめて表示された。
俺はさっさと画面を覗き込む――残飯ピラフと床落とし済みパン、クズ野菜のサラダに激冷めスープのセットで600ティカになります!
夜中に場末のファミレスでオーダーを選んでるみたいにハイな気分になったが、無理もない。
ここに集まってくるのは、いわゆるヒモ付き、札付きの依頼ばかり。
つまりは“特殊な事情”(経済的理由含む)がある被害者のガルキ駆除を国および協会がまとめて引き受け、
駆け出しの新人や自力でクライアントを確保できない底辺スイーパーにブン投げるわけだ。
ちなみに、それでも引き受け手がいないようなクズ依頼の場合、駆除担当は協会に名を連ねてる名簿の中から強制指名される。
それこそ目玉が飛び出る格安ギャラで、協会内でのコネが弱く、若くてヒマそうな低認定ランクのヤツが人身御供になるって仕組みだ。
もちろん駆除作業の途中で“事故”があってもわずかばかりの見舞金が支払われるのみ。
ま、あんたもスイーパーになるなら、最低自力で保険くらい入っておけ。
俺は目をフクロウのようにしてチェックしていき、ようやくその中からひとつを選び出す。
ギャラは15万。正直、そう高くない。
だが必要条件は、最低一年の経験とスイーパー三級資格以上。侵入してるガルキゲニマは……Eランクと推定。
まあ安全パイだろう。あまり手強いヤツと出くわしちゃ、こっちの方が“駆除”されかねないしな。後は交渉次第。
「ああ、B-56番の仕事なんだけど」
俺はそそくさとカウンターに向かい、オペレーターに伝える。
幸い、まだその依頼は空きのままだった。依頼案件のコピーを受け取り、改めて内容を確認する。
駆除対象者は……サラリーマン、男性、43歳と。
やれやれ。場所は……ケセル地区第七総合精神外科病院か。
お高い私立病院じゃない、良心的価格の庶民向けホスピタル。
「では、規約を確認してサインを」
そう言われて俺は形式どおり、長々と連なってる文字の羅列にちゃちゃっと目を通す。
最後の空欄に自分の名前と、こちらは正当な代理人として、アリグラの名前も本人に代わって書き込む。
こりゃあ要するに、駆除作業中に俺たちの身に何かあっても、国や協会をむやみに訴えたり、被害の申し立てをしたりしないってこと。
自己責任制度と象徴帝制つき自由民主主義、万歳!
これで契約は万事完了。ジャンパーのポケットから、携帯呪話機を取り出す。
アリグラに連絡を入れ、もろもろの情報を伝えるためだ。
「ケースはA-012。ガルキはE級。ギャラは15万。じゃあ、14時に現地集合な」
「了解」
ちなみにA-012は「一般人への侵入。現場にて状況要チェック」を指す。俺はちらりと、カウンターの上にかかっている時計を見る。
11時38分。
俺は少し考え、寄り道をすることにした。
ジグラト・タワーから少し離れた街の一角。
ここには、それこそ何でも売ってる一大マーケットが形成されている。
ないのはドラマみたいな素敵な出会いと、一等の宝くじを引き当てる幸運、あとは死体くらいだ。
おっと、死体なら地下の食料品売り場で腐るほど売ってるか。
タチの悪い冗談を思いつきながら、だらだらと古ぼけたビルの階段を登る。
コンクリむき出しの壁に、看板がひとつきり。
スイーパー御用達。この商売が成り立つほどのでかい街にはよくある「道具屋」だ。
店番は、この陽気なのに毛糸の古ぼけた帽子をかぶったじいさんが一人。
ありふれた通常の銃砲や武装に加えて、「Mスイーパー用(取り扱い注意!)」の札が貼られたコーナーには、専用グッズも各種取り揃えられている。
効果範囲ごとにクラスが分かれたシャッター・フィールド発生器。多様な形と機能を持ったスイープ・ソード&ナイフの替え刃。色とりどりのマテリアルと、出来合いのスペル・バレット。
サイレンサーやスコープその他、呪法銃の改造パーツ(アリグラなら、ケースに張り付いたまま一時間は粘りそうだ)。
狭い店内は、無数のアイテムでごったがえしていた。
調合に長けたアリグラと組んでるせいで、少なくともスペル・バレットは不要だ。
俺は長モノ振り回すほうが性に合ってるが、一応持ってる予備の短呪銃の整備だって、奴に任せておけば問題はない。
こういうところは、あのバカと組んでると何かと便利なんだな。
適当におだてておけば、よその業者みたいに金も取らずに上機嫌で道具をメンテしてくれるわけだし。
(あれで、キレやすい性格が丸くなって、やたらとスペル・バレットをぶっぱなす回数さえ減ってくれればなあ……)
ふと、そんなことを思ってしまう。でもまあ、無理か。
歩く非常識百科事典に、まともな人間のフリをしろってほうが難しいわな。
それに、実はこの人間トラブルメーカーには、故郷に面倒見のとってもよいお姉様が付いてるって特典もある。
このお姉さんがまた、実家に勘当された人格破綻者のクソメガネに、親父さんに内緒で、毎月のように仕送りや食料を送ってくれるわけだ。
さらに、このお姉さん――ナタリナさんは、写真を見る限り、目が覚めるような金髪のスレンダー巨乳さんで、悔しいが顔立ちもアリグラ同様の美形。
外見的にはパーフェクトな、まさにマジ天使と言っていい。そしてあろうことか、性格までも良い。素晴らしく良い。
ぶっちゃけ、マンガやドラマの中に出てくる「上流家庭育ち」がリアルに形を取って顕現したみたいな、本物の「天然モノお嬢様」であらせられるのだ。
「都会は寒いでしょう。これでコートでも仕立てなさい」という優しい筆跡のお手紙と一緒に同封されていたIDマネーカード。
何気なくその金額を聞いて、俺は、目の玉ひん剥いておったまげたね。
なにしろ、ちょっとした新車が買えるくらいの額だったんだから!
もっとも、アリグラのヤツは「よくあることさ。まったく、お姉様も世話焼きなことだ……」とヌケヌケとのたまわった挙句、
肩をちょいとすくめただけで、涼しい顔をしていやがったが。
やっぱり生まれが高貴な方々は我ら庶民とはどっか違うね、金銭感覚のスケールがさ。
結局、俺が必死でアリグラを説得し、それらはありがたく我が事務所の収支赤字を埋めるために使われ、俺はとっとと縁切りしようと思っていた導火線付きの厄介事の人間爆弾が、
ときどきではあるが、豪快な金の生る木でもあることに気づいたわけだ。
……しっかし、なんであんなイカレ野郎に、こんな素敵すぎるお姉様がいらっしゃるのか。
まったく世の中、不思議なことに満ち溢れているよな。
閑話休題。
俺はアイテムの山の中から、迷いに迷った挙句、強制脱出用の旧式エスケーパーと予備バッテリーを選び、カウンターに持っていく。
ついでに値切り交渉をしたが、欲深じじいめ、ガンとして応じようとしない。
畜生、どうせたいした品でもねえくせに。てめえの貪欲さに惹きつけられたガルキに憑かれても、絶対に助けてやんねえぞ。
心の中で悪態をつきながら、代金をカードで支払う。味気ない数字で表示されたカード残額は、俺をまたちょっぴり憂鬱な気分にさせてくれた。
バイクのローンの支払い期日が迫っているのだ。
ディーラーの親父の精神世界に潜って、アバターにスペル・バレットでも撃ち込んで記憶消去してやりたいところだが、ガルキ憑き相手じゃないとD・Dは効果がない。
第一、一般人にそんなことをしたら、監獄にぶち込まれた挙句、スイーパー免許取り消しになっちまう。
協会の影響力は、この狭いピラミッド社会において絶対だ。基本が自由業とはいえ、しがらみってものは、社会で生きてる限り、どこにでもついてまわる。
ま、長いものには巻かれておけってね。買い込んだものをザックに仕舞い込んで店を出ると、俺は歩きでケセル地区に向かった。
【パート3に続く】
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