046

「フローラ……、なんだか、優しそう名前です。ありがとうございます」


 少女は、フローラと言う名前を気に入ってくれたようで、自分の名前を呟きながら笑みを浮かべていた。それが自分の名前なんだ、と。当然、少女が気になることは何故、フローラなのかと言うことだ。


「どうして、フローラなんですか?」

「え、えーと……」


 スゥは、困った。


 その名前には、まるで意味が無いのだ。どこからかフローラルの香りが漂い、そこからフローラと言う名前が生まれた。生まれたと言うより、少女がフローラと言う単語を自分の新しい名前だと認知してしまった以上、それを間違いだなんて弁解する余地なんてモノは疾うに無くなっていたのだ。


 だから、嘘を付く気も、誤魔化すつもりも無かったスゥはこう言った。


「テキトー……です」

「テキトーですか」


 スゥは、思い切って言った。


 てっきり怒られるかと思っていたが、意外にもテキトーだと聞いたフローラの表情は明るかった。むしろ、それが嬉しいかのような表情を伺わせた。もしかすると、スゥがクロードと同じ理由だったことのようにフローラも同じように、自分の名前もテキトーに付けられたと言う、相似的や類似的な感覚に共感していたのかもしれない。


 汽車の汽笛が鳴り響く。

 この列車が、目的地であるホライズンに到着した合図だ。


「さあ、降りますよ」

「はい」


 貨物室から忍び込んで乗車したフローラは、乗車口から入ると言う本来の乗り方をしていなかった為、降車口にこのまま進んで自分がちゃんと降りられるのか不安だった。


 ただ、切符はスゥが買ってくれたのだから心配する必要など微塵も無いのだが、貨物室に忍び込んだのは間違い無く事実であり、こっそり忍び込んだのがバレて、また追い掛けられるんじゃないか――フローラにはそんな不安があった。


 だから、フローラは降車口に向かう時もスゥにくっ付くように出て行った。フローラの不安がるその様子を察してか、スゥは何も言わなかった。


 一歩、一歩と進み降車口を抜け――そして、新しい土地へと足を踏み入れる。


 今のスゥにとっては、特段新鮮味など感じる土地でも何でもないが、フローラにとってはそれは違う。何か一つ取っても、新しいことだらけだった。


 フローラは、街並みをグルリと回りながら見渡した。


 ホライズンと言う街は、汽車の窓からの景色で見るよりもずっと大きな街で、そこには様々な文化が入り混じりながらも、互いに共存し合い、活気付いた様子が伺えた。


「ここが……ホライズンですか」


 少女は、小さくそう呟いた。

 かつて名前の無かった街。

 最果てのホライズン。

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