045
「最果てのホライズン……」
少女は、小さな声でその名前を口にしていた。
それが、かつて名前の無かった街の名前。
モノの本質に気付いた誰かが付けた名前。
少女は、ふと気づく。
ホライズンと言う街が見えて来たと言うことは、もう直ぐこの列車が窓から見えるあの街に到着すると言うことだ。しかし、少女はまだホライズンで使用する新しい自分の名前を決めていなかった。
少女は、迷っていた。
これから言おうと思っていることをスゥに伝えた時に、断られたらどうしよう、嫌われたらどうしよう――そんなことばかりが頭の中を駆け巡ってしまうから。それでも少女は、そうしたかった。そうして欲しかった。
だから、少女はそれを言葉にして出した。
「あの……私の名前、スゥさんが考えてくれませんか?」
「わ、私がですか⁉」
自分が、そうしたようにそのから自分の名前を決めて欲しいると言われるだなんてことを微塵にも考えていなかったスゥは、不意を打たれたように驚いた。
「はい。クロードさんも、自分で名前を付けたんじゃないんですよね? だから、私の名前も誰かに付けて貰えたらなって。あ、でも迷惑なら良いんです。そしたら、自分で考えますから……」
少女は、見て取れるほどに明らかな落胆をする。
「わ、分かりました。だから、そんな顔をしないで下さい」
スゥには、承諾すると言う選択肢以外、初めから無かった。この状況で、少女の名前を付けることを断れば、開きかけている少女の心を再び閉ざし兼ねず、はるばるホライズンまで行く意味さえも失ってしまう可能性があったからだ。
「本当ですかっ!」
少女の顔を見違えるほどに明るくなった。
少なくとも、少女の心を閉ざしてしまうと言う最悪の可能性は無くなった訳だが、その引き換えとでも言うべきなのか、スゥはもっと大きく、重大なことを任されてしまった気がしてならなかった。
「そうですね……」
そう一言漏らし考えてみるが、これまでの人生で名前を付けると言う経験をしたことの無いスゥにとって、それはとても難しいことだった。クロードがどんな気持ちで自分の名前を決めたのか、その気持ちが手に取るように理解出来た。
だからか、これから使い続けるであろう名前を、ましてや他人の名前を自分なんかが決めても良いのかと言う不安もあった。
スゥも少女もどうしてテキトーな名前が付けられるのか――なんて怒りっぽく聞いていたが、そのテキトーすら浮かばないとなると、逆にそのテキトーで名前が付けられたクロードやアンリエッタが凄いなとただ関心をした。
それは、些細なことからだった。
「フローラ……」
その言葉を発したクロード自身が一番驚いていた。
「それが、私の名前ですか?」
「え、いや、その……」
それは、名前のつもりで発した言葉では無かった。
ふわっと、どこからかフローラルの香りが漂ってきた――そう思ったことを口にしたその言葉が何となく名前と結び付き、口から発したのではなく、自然とそう溢していた名前がフローラからだ。
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