044

「そうだ――」


 スゥの話で話題が変わる。


「これから行く街のことを知っていますか?」


 少女は、横に首を振る。


「そうですね。この列車に忍び込んだんですもんね」


 そのことをばれたく無い少女は、周りをキョロキョロと見渡し、その場であたふたする仕草を見せた。その様子を見てスゥはあははと笑い声を上げた。そして、そのスゥの表情に少女はムッとした仕草を見せた。


「この列車はね、名前の無い街へ向かっているんです」

「名前の無い街?」


 少女は、不可思議そうな顔を浮かべながら傾げた。


「正確には、名前の無かった街ですけどね。どうして名前をテキトーに決められるんですかって、さっき聞きましたね。私も、同じことを聞きました。では、問題です。これから行く街には、名前がありません。どうしてでしょうか?」


 スゥの問題に対して暫し考えてみるが、分からなかった少女は首を横に振り、素直に答えた。


「分かりません」

「ですよね。私も分からないと思って聞きました」

「ズルいです」


 少女は、腑に落ちない顔をした。


「あはは、そうですね。私も同じ質問をされました。そして、同じことを言いました。これが答えなのかは、私も良く分からないんですけど、人は不思議なもので、興味のあるモノには名前を付けるのに、興味の無いモノには見向きもしないそうです」

「どういうことですか?」

「例えば、リンゴを食べる時に、誰が育てたとか、どこで作られたのかなんて気にしないですよね?」


 少女は、無言で頷く。


「それは、リンゴに対して食べ物と言う認識でしか見ていないからで、それ以外の性質にまで目が行っていないんだそうです。それと同じように、街には住むモノと言う認識でしか見ていないそうで、自分の住んで居る街の名前が気にならないんだそうです」

「それは、なんだか寂しい気がします」

「そうですね。私もそう思います。ある日、その街には名前が付きました。誰が付けたのか分かりませんけれど、それでもどうしてその名前を付けたのかこの風景を見ることで感じることは出来ます」


 少女は、スゥの言葉に目を窓の外へ向ける。


「うわあ――」


 少女は、声にならない声を上げた。


 そこには、円錐状に街が広がっており、その下にもまた逆向きに円錐状の街が広がり、その上下に街並みが広がる奇怪な形をした街だった。しかも、その街は陸の上にある訳でなく、どう言う原理なのか空中に浮いている街だった。


 上下逆さま、円錐状に広がる街の境目を中心に、境界線を引かれているかのように、空の濃淡を分け、その風景の中で圧倒的な違和感を醸しつつ、そこにあるのが当たり前のような堂々とした佇まいで、名前の無かった街はそこに在った。


「誰が付けたのかも分からない。誰が呼び始めたのかも分からない。どんな意味があるのかさえ分からない。光と闇が相反する、境界線より遥か彼方にある最果ての都。人は皆こう呼びます。最果てのホライズン――と」

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