031
そこは、相変わらずと言うべきなのだろうか――本で溢れていた。スゥは、アンリエッタの仕事場へ来たときは、本を本棚へ返す仕事をする。そうしなければ、足の踏み場も無い位に散らかしてしまうからだ。
けれど、片付けたところで、数日もすれば本棚を引っ繰り返したかのように、本は再び辺り一面を覆い尽くすことになるのだ。ただ、本棚に本を戻すと言う単純な作業ではあるが、なんとなく働いているような実感があり、スゥは嫌いでは無かった。
奥を見遣ると、クロードとアンリエッタがいるのが見えた。
二人は、いつになく真剣な面持ちをしていたが、スゥが近づくに連れ、匂いに気付いたのか、アンリエッタはクンクンと匂いを嗅いでいた。
「この匂い……、エッグタルトかッ!」
アンリエッタは、目を見開く。
「お疲れ様です」
「お、スゥか。この匂いはエッグタルトだな? そうだな?」
「はい」
手に持っているケーキボックスを軽く上げ、ここにありますと言うアピールをした。
「ワタシも暇では無いのだが、スゥがワタシにどうしても食べて欲しくて、エッグタルトを持ってきてくれたと言うのなら、食べてやっても構わんぞ?」
アンリエッタの顔は、待ってましたと言わんばかりの顔をしていた。恐らく、クロードからスゥが何かを作っており、持って来るだろう旨を伝えていたのだろう。
「じゃあ、休憩を取るとするか。大方のことは終わったしな。クロードも休め」
「そうするか。スゥも食べながらで良いから、少し聞いておいてくれるかい?」
「はい。分かりました」
返事をすると、スゥは一緒に持って来た水筒からクロードとアンリエッタとスゥの分の紅茶を用意し、エッグタルトをアンリエッタに半分、残りの半分を更に半分にしクロードとスゥで分けた。
そして、食事の準備が整ってから、クロードの話に耳を傾けた。
「今回の流行り病は、実は現代では居るはずの無い細菌類だったんだ。今では、少し形が変わり、進化した細菌となっているんだけどね。だから、僕達はその菌に対する免疫が無い訳では無かったから、体調不良を訴える程度で済み、従来の治療が可能だったと言う訳なんだ」
「問題は、その菌がどこから入って来たのかってことだ」
アンリエッタは、エッグタルトを頬張りながら言う。
現代にはいない。
その細菌は、進化している。
つまり、ある程度の年月が流れていないと可笑しいと言うことだ。しかし、もう既に居ないはずの細菌が現代に居ると言う矛盾が起こってしまっている。それは、在り得ないことが起こっていると言うことだ。
「まあ、原因は分かっているんだがな」
アンリエッタは、自分のエッグタルトを食べ終え、クロードの分に手を伸ばしながらながら言う。クロードは、手であげると言った仕草を見せながら、アンリエッタに続けて話をする。
「端的に言えば、今回のこの事件は姉さんの性だと言える」
「アンリエッタさんが細菌をばら撒いたんですかッ⁉」
「いや、私はきっかけに過ぎない。ウイルスを持って来たのは、スゥも良く知る人物だ」
良く知る人物だと言われたところで、街に細菌をばら撒くような人が知り合いの中に入るとは思えなかった。ただ、アンリエッタが知り合いの中に入ると言うのだから、それは間違いないのだろう。
そして、引っ掛かるのは良く知る人物と言う最後の一言だ。
良く知る人物と言うことは、スゥにとって馴染み深い人物であると言うことだ。そう考えると、スゥにはどうしてもこの一人意外に思い浮かべることが出来なかった。そんなはずはない、と恐る恐る聞いた。
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