029
「もう、大丈夫です……。ありがとうございます……」
抱きしめられていたスゥは、一歩だけ下がった。
「スゥは、この街は傷付いた人達が集まる街だと聞いてどう感じた?」
クロードは、スゥが落ち着いたのを確認し、聞いた。
「元気の無い暗い街なのかと思いました」
「じゃあ、この街に来てからはどう思った?」
「とても元気で明るい街でした」
「この街はね、一人が困っていたら、皆が一緒に助けてくれる。一人が悩んでいたら、一緒に悩んでくれる。スゥも身に覚えがあるだろ?」
スゥは、コクリと頷いた。
「助けたからと言って、何かお礼を強請まれたりしたかい?」
スゥは首を横に振った。
「一人はみんなの為に、みんなは一人の為に――ここは、そういう街なのさ。だから、僕は前に言っただろ? ホライズンと言う大きな家で暮らしている家族なんだって」
すると。
「スゥちゃーん」
クロードの背後からスゥを呼ぶ声が聞こえた。
それも、一つではなく、いくつも重なってスゥの名前を呼ぶ声が聞こえて来る。近くづくにつれ、その声は大きくなり、心の中へどんどん響いて行った。そして、大勢の人がスゥを囲んでいた。
街の人は、大丈夫、良かった――そう口々にスゥの安否を確認した。
「言っただろ? 皆、スゥのことを探してくれているって」
スゥは、見回した。
自分を探す為だけに、これだけの人が集まってくれたのだ。スゥは、それが嬉しかった。嬉しかったと言う言葉だけでは収まらないくらいに、嬉しかった。
クロードは、再びスゥへ手を差し伸べた。
「さあ、帰ろう。スゥ」
「……はい。はいッ!」
スゥは、クロードの差し出した手を取り、笑顔でそう返事した。
そして、クロードの手の温かさを感じながら、もう迷わない――そう心に誓った。自分の信じることを、信じる人を信じようと。それは、スゥとクロードの間により一層強い絆が結ばれた瞬間だったに違いない。
家に戻り、スゥが落ち着くのを図ってから、スゥが紛れ込んでしまった、ホライズン下側について、ホライズンの構造について、クロードは話した。
「あそこはね、この街の闇の部分なのさ」
「闇……ですか?」
スゥは、少し困惑しながら聞く。
「僕は、ここへ来る列車の中でここがどう言う街だって言ったか、覚えているかい?」
スゥは、少しばかり列車内でのことを思い返してみた。
「あっ……」
思い出したスゥは、小さく声を上げた。
「光と闇が相反する、境界線より遥か彼方にある最果ての都。僕は、そう言ったね。光と言うのは、ホライズンの上側のことを指しているんだ。そして、闇と言うのはその反対の下側。どうして、ホライズンが光と闇の上下に別れているのか分かるかい?」
スゥは首を横に振った。
「それはね、楽しいことや嬉しいことは当然あるだろう。けれど、その反対に悲しいことや辛いこともあるだろう。この街は、それが具現体系化された形そのものなのさ。良い感情が上側を肥大化させ、悪い感情が下側を肥大化させる。光と闇、その相反する感情が絶妙でいて、微妙なバランスを保っているのさ」
スゥは、何となく程度には理解出来た。
「闇は、必要でしょうか……?」
スゥは、小さな声で聞いた。
「もし、光だけならずっと楽しいことや嬉しいことしかないんですよね? それならいっそ、光しかない方が良いんじゃないですか?」
「スゥは、闇が無いと言うことが、どう言うことか分かるかい?」
「悪いことが無い、と言うことじゃないんですか?」
「確かに違いないんだが、それとは少し違う。闇を知らない人は、人の痛みを分かってあげることの出来ない人になってしまう。それは、人として成長が出来ないと言うことだ。僕は、スゥにはそん人になって欲しくない」
クロードは、スゥの頭を撫でた。
「だから、人の優しい光も、人の痛い闇も理解出来る――そんな人になってくれ」
スゥは、撫でられるのが妙に照れ臭かった。
「私なんかが、なれるでしょうか?」
スゥは、不安気に聞いた。
「なれるさ。スゥならきっと――」
――誰が付けたのかも分からない。
――誰が呼び始めたのかも分からない。
――どんな意味があるのかさえ分からない。
――光と闇が相反する、境界線より遥か彼方にある最果ての都、ホライズン。
そこには――
光と闇を境界線で隔てる――未知な世界があった。
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