027
どんなに耳を塞いでいるからと言って、フゥの話す言葉が聞こえなくなる訳では無かった。どちらかと言えば、耳を塞いでいるのは、フゥの話すこと全てを受け入れたく無かったからだ。
「ある日、少年と少女は、大切な懐中時計とオルゴールを交換し、再会を誓いました。けれど、来る日も来る日も少年は、会いに来てくれません。だけど、それもそのはずでした。何故ならば、ホライズンへ来る人達は皆、心に傷を負った人達だからです」
「えっ……」
スゥは気付いてしまったのだ。
「つまり、少女が少年とホライズンで再会をすると言うことは、少年が心に傷を負った時と言うことなのです。だから、少女は待ち続けました。少年の心が傷付くのを、今か今かと――そう思い続けたのでした」
「嫌ああああああッ!」
スゥは、声を荒げ、叫んだ。
そう、カレンがこの街に辿り着くと言うことは、フゥの言うように心に傷を負った時だ。それなのに、いつ会えるかと心待ちにしていた自分が、なんて愚かだったのかと。それだけでなく、カレンの居た頃はサンタフェリアと言う村だったそうだが、クロードの話では、街として形成されると言う。
つまり、スゥにとって昨日のことのような出来事であっても、カレンにとっては数年どころか、数十年と言う大きな年月が流れてしまっていたのだ。それは、あの日の約束が果たされなかったことを示していた。
「ねえねえ、スゥちゃん。何かに気が付かない?」
しゃがみ込むスゥをイスにするかのように、フゥは背中に乗り掛かった。そして、両膝の上に両肘を置き、手で顎を支える姿勢で話を続けた。
「クロードは、偽善でスゥちゃんに仕方なく付き合ってあげている。勿論、街の人達も、哀れなスゥちゃんだから、優しくしてあげている。そして、ホライズンへ来ないと言うことは、カレン君もきっと幸せに暮らしている。まだ気が付かない?」
今にも笑い出しそうになりながらも、フゥはなんとか笑いを堪えていた。
「何が、言いたんですか……?」
「スゥちゃん。人混みの中に紛れているだけで、結局、今も一人ぼっちだよね?」
フゥは、満面の笑みでそう言った。
「一人ぼっち……」
その言葉を心の中で何度も何度も反復していた。
スゥは、少なからず街の人達と仲良く出来ていると思っていた。街の住人として認められていると思っていた。ここが、居場所なんだと思っていた。けれど、皆が優しくしてくれていた本当の理由は、スゥが可哀想なそうな子だったから――そう、フゥは言う。
「私は……」
スゥは、それ以上の言葉が出て来なかった。
「スゥッ!」
それは、聞き覚えのある声だった。
優しかった人の、温かった声。
もう、過去のこと。
そもそも、そんなことなんて、無かったのかもしれない。
それを望み続けることで、そんな夢を見ていただけなのかもしれない。それなら――夢の中なら、自分が少しくらい幸せだったとしても、誰に迷惑を掛ける訳でも無い。そうだ、そうに決まっている。だとしたらそれは、不幸よりもずっと――残酷なことだ。
けれど、スゥは、その不幸を自分一人だけが、全て被るのなら、それはそれで良かった。下手に幸せを知ってしまって、こんなに悲しい思いをするのなら、ずっと不幸でいることの方が、ずっと幸せだからだ。
「おい、スゥッ!」
スゥにとって、どこか遠い昔の懐かしい声のようにも感じていた。けれど、その声が誰の声だったのか、頭がぼーっとしていて、何も思い出せなかった。その聞き覚えのある声は、スゥの元へ走り駆け寄って来た。
「大丈夫か、スゥッ!」
その声の方へ耳を傾けるが、それでも誰だか分からなかった。いや、もう誰でも良かったのかもしれない。スゥの中では、もう何もかも、どうでも良いことになっていたからだ。
「誰ですか……?」
「何を言っているんだ、スゥ。僕だ、クロードだ」
クロード。
そう言えば。
この声の主は、クロードと言う名前だった気がした。自分のことを助けに来てくれたのだろうか――そんなことを考えたが、そんなことあるはずが無かった。何故なら、同情で自分に対して優しくしてくれているのだから、きっと何か目的があってそうしているに違い。
「今直ぐここを出るぞ」
クロードは、その空間から引き摺り出すようにスゥの手を引いた。
スゥの体は、かなり衰弱していた。一刻も早くここを出て行かなければと、クロードは急いだ。螺子曲がっているような、歪んでいるような、違和感のあるトンネルは、入り口が近くなる程ほど、次第にあるべき姿へと戻っていった。
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