026
「あなた……ですか?」
スゥは、不安気に聞く。
「見つかっちゃったね」
その声の主は、トンネルを抜けた先にぽつりと一人立っていた。
そして、その姿を目にした時、どこかで聞き覚えのあるその声が、誰の声なのかを理解した。それは、一番自分が良く耳にしているはずなのに、それでいて、一番気にも留めていなかった人の声。
その声の主は――自分の声だった。
自分と同じ姿を持ち、自分と同じ声を持つ。最早、そこにいるのが、自分であると言っても過言では無かった。黙ってさえいれば、入れ替わったところで、誰にも気付かれなそうな程に。
「あなたは、誰なんです?」
「私は、私だよ? あなたと同じ、私」
「同じ?」
同じ容姿を持つその少女の言う意味がスゥには、分からなかった。
私は私――それはスゥにも同じことが言えた。自分が、自分以上の何者であるはずがないからだ。ただ、あなたと同じ私――少女が、何故そう言ったのか、その意味が分からなかった。
「どうして困っているの? 私とあなたは、スゥであって、同様にあなたと私もスゥなんだよ? せっかく、クロードさんから付けて貰った名前なんだから、あなたにとって大切なように、私にとっても大切な名前なんだよ?」
「ど、どうして――」
「そんなことまで知っているの――ですか?」
その少女は、呆れた様子を見せた。
「私があなたで、あなたが私だから知っていると言うこと……ですか?」
「そう言うこと」
その少女は、笑みを見せた。
しかし、その笑みは喜びから生まれる笑みとは少し違って見えた。言うなら、他人をあざ笑うかのような、どこか小馬鹿にしたような――そんな笑いだった。
「ただ、私もあなたもスゥと言うのは少し分かり辛いですね。だから、私はフゥとでも名乗りましょう。本当は、あなたにそうして貰いたいんだけど、そこは仕方なく譲ってあげるよ」
スゥは、嫌な予感がしていた。
それが、具体的に何かとは言えなかったが、これから嫌なことが起こりそうな気がしてならなかった。だから、一刻も早くこの場を去りたかった。
しかし、フゥはそうさせようとはしなかった。
「そう言えば、私はスゥちゃんに見つかっちゃったね。そしたら、今度は私が鬼をするから、スゥが隠れてよ。そう言うルールだよね?」
「いや、でも……」
直ぐにでもこの場を去りたかったスゥは、言葉に詰まった。
「あ、そうだったね。スゥは、遊びの途中だもんね。人間や動物から鬼ごっこで捕まらないように逃げて、ホライズンと言う街で、誰も探してくれないのに、かくれんぼしているんだもんね」
フゥはそう言うと、不敵な笑みを見せた。
「えっ……」
スゥは動揺した。
それは、スゥが聞きたくないことだったからだ。
人間とも動物とも違うどっちつかずのスゥは、どちらとも相容れることは出来ず、自分の居場所を望みホライズンへやって来た。しかし、見方を変えればホライズンへ逃げ隠れる為にやって来たと取れなくも無いが、勿論スゥはそんなつもりでは無かった。
「で、でも……」
「クロードさんは、私のことを助けてくれましたって? でも、本当はどういうつもりで助けたんだろうね? 私、思うんだよね。クロードさんは、スゥちゃんを利用する為にあの時助けてくれたんじゃないのかなって」
「どうしてそんなことを言うんですかッ!」
珍しくスゥは、顔色を変えて怒った。
クロードは、列車の中で切符を持っていなかった自分のことを助けてくれた。ホライズンに着いてからも、行く宛ての無かった自分のことを助けてくれた。それは、どこからどう見てもクロードが善意してくれたことだ。
だから、スゥはクロードの悪口を言われているようで無性に腹が立った。
「でも、良く考えてもみてよ。切符の代金を返す為にお店を手伝うことになった訳だけどさ、一週間もあれば悠々と切符代なんて稼げるんだよ? なのに、掃除に、料理に、洗濯に、お店の手伝いに――やっぱり、良いように利用されてるんじゃないのかな?」
「そんなこと無いですッ!」
掃除、料理、洗濯、お店の手伝い――それらは、クロードがスゥへ強制的にやらせていたことでは無かった。クロードの役に立ちたい一心で、スゥ自ら始めたことだった。だから、クロードが自分を利用しているなど有り得なかったし、それを考えたくも無かった。
「ふーん、そっか。少し前までのスゥちゃんなら、こう言う考えに至らなかったはずだから、これは成長と取るべきなのかな? それとも、単に前向き思考な馬鹿になっちゃったのかな?」
フゥは、手を後ろに組みながら鼻歌交じりに、スゥの周りをグルグルと回っていた。それは、まるでスゥを虐めるのを楽しんでいるようにも見えた。そして、スゥの丁度背後に来た時、再びその口を開いた。
「本当は、内心迷惑しているんじゃないかな? クロードさんの性格上、どんな困っている人でもきっと助ける。傷付いている人には、慰めの言葉を当然のように掛ける。すると、中にはちょっと優しくしただけなのに、勘違いをする人が出て来るんじゃないかな?」
「止めてッ!」
スゥはその場で耳を塞ぎ、しゃがみ込んだ。
その小さな体は、小刻みに震えていた。
「どうしたの、スゥちゃん? そんなに怯えちゃって。何も、スゥちゃんの話をしている訳じゃないのに。変なの」
フゥは、再び鼻歌交じりに、スゥの周りをグルグルと回り始めた。
「今日は、気分が良いからこんな話もしちゃおうかな。オルゴールと懐中時計のお話」
スゥは、その言葉に目を見開いた。
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