第三章 015
「クロードさん、朝御飯ですよー」
スゥが、ホライズンへ来てから一週間が経った。
気付けば。
朝御飯を作るだけでなく、クロードを起こすのも自然とスゥの仕事となっていた。クロードは、朝が弱いようで、揺すったり、抓ったりする位では中々起きてはくれなかった。
そこで。
前に、ニナにそのことを相談した時に、自分の家でも使っているとっておきの方法があると教わった。それは、御玉と鍋を使い、それを激しく打ち鳴らすことで、どんな寝坊助でも一発で起きる裏技なのだそうだ。
スゥは、それらを勢い良く打ち鳴らした。
「クロードさん、朝ですよー」
恐らくは。
御玉と鍋とを打ち鳴らす騒音で、その声は聞こえてはいないのだろうけれど、その騒音に飛び起きるようにクロードは起きたので、スゥの声がクロードに届かなくとも、全く問題は無かった。
「スゥ、止めてくれ。頼む……」
クロードは、目覚め悪そうにしていた。
「あ、おはようございます、クロードさん」
クロードが起きたのを目視し、叩くその手を止めた。
「おはよう……スゥ。出来たら、もっと優しく起こしてくれないかな……」
「それなら、直ぐに起きて下さい。朝御飯出来てますよ」
スゥは、そう言い朝御飯の盛り付けをしに行った。
クロードは、頭を掻き、うつらうつらとしながら、テーブルまで足を運んだ。そして、着席するや否や、スゥがテーブルに並べた朝御飯を不満そうな顔で見つめ、何か言いたげな顔でスゥの方へ顔をやった。
「どうしたんです?」
「僕も文句を言える身分だとは思っていないよ。何しろ、今までインスタント食品ばかり食べていたから、家で手作りの御飯を食べられるのはありがたい。それには、とても感謝しているよ。だけど、だ。さすがに、一週間連続で朝昼晩カレーは止めて頂きたい。確かに、カレーは僕も好きだ。それでも限界がある」
「何でですか? こんなに美味しいのに」
スゥには、こんなに美味しいモノを毎日食べられると言うのに、それを嫌がるクロードの理由が全く分からなかった。
そもそも。
カレーの作り方を教わるまで、一度も料理をしたことの無かったのだから、逆にニナから教わったカレー以外の料理を作れるはずも無かったのだ。
「まだ、スゥに言っていなかったことを言おう」
いつになく神妙な面持ちを見せるクロードにスゥは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「実はな……この広大な世界には、カレーよりも美味しい料理がたくさんある」
「カレーよりもですかッ⁉」
今まで。
基本的にパンとミルクのような質素な食べ物しか口にしたことの無かったスゥには、カレーと言う料理は想像を絶するほどに美味しい食べ物だった。クロードは、それよりも美味しいモノがあると言う。
驚きを隠すことの方が難しかった。
「ああ、そうだ。そうそう、昨日渡すのを忘れてたんだけど――」
スゥは、クロードに一冊の本を手渡された。
それは。
料理を作る為のレシピ本だった。
「昨日、スゥの為に買って来たんだよ」
「私の為にですか?」
それが。
歳年相応のプレゼントだったかどうかと聞かれれば、恐らくそうでは無いだろう。けれど、これまでの人生でプレゼントなんてモノを貰ったことの無かったスゥにとって、それは掛け替えの無いモノとなった。
ペラペラと左右往々にページを捲り、本を眺めていた。そこには、見たことの無い料理がぎっしりと詰まっていた。食べるどころか、見たことすらないと言うのに、それらが美味しいモノであると感覚的に理解出来た。
「うわあ、こんなに料理がいっぱい。クロードさん、私もっともっと頑張ります」
「期待しているよ」
「はいッ!」
スゥは、プレゼントを貰えたと言う事実と共に、これでもっとクロードの役に立てるというその思いを、クロードに上手いこと唆されたのにも全く気が付かず、無邪気に燥いでいた。知らない方が幸せなこともあるのだ。
「あ、でも、この本を使うのはもう少し先になりそうです」
「どうしてだい? 使おうと思えば、いつでも使えるだろう?」
今にでも違う料理食べたいクロードは、スゥに聞く。
「いや、カレーは多めに作るモノだとニナさんに教わったので、まだまだたくさんあるんです」
スゥは、御玉にカレーすくい、まだまだたくさんある、と言うアピールをする。
「えっ……」
これで。
やっと、このカレー地獄から抜けられる――料理本をスゥにプレゼントすることで、やっと違う料理が出て来るとクロードはそう思っていたが、それは大きな間違いだった。どこの家庭でも、カレーは何日か食べられるように多めに作るモノだ。
クロードは、それを忘れていた。
後、二、三日ならと心の中で我慢することにした。
「あ、そうだ。僕は、やらなくちゃならない仕事をしなくちゃいけないから、その間お店を離れることが出来ないから、ちょっとおつかいを頼まれてくれるかい?」
クロードは、カレーを頬張りながら言う。
「えっと、私一人で、ですか?」
「そうじゃなきゃ、おつかいにならないだろ?」
普段、どこへ行くにもクロードの後を付いて行くばかりだったスゥにとって、自分一人だけで街へ出歩くのは、初めてのことだった。一人と言う言葉は、誰かと一緒に居る時には、感じない目に見えない緊張感や不安があった。
「私一人で大丈夫でしょうか? いや、危険です。何があるか分かりません」
スゥは、頑なに行くのを拒もうとする。
「ニナの家のレイやリナが居るだろう? あの子達はスゥよりも小さいのに、おつかいに行けるぞ? スゥは、レイやリナよりもお姉さんだろ?」
「そうですけど……」
スゥは、不安そうに答える。
「スゥは、一人ってことに怖がっているんだと思うけど、初めてってことにも臆病になっているんじゃないかな? 料理の時のことを思い出してごらん。初めての料理は、つまらなかったかい?」
「いえ、楽しかったです」
「なら、安心した。自分で何かをしなきゃ、そう言う新しい発見はいつになっても見つからないんだ。初めてのおつかいもきっと新しい発見のある楽しいモノになるさ。どうだい、おつかいに行ってみないかい?」
「はい……。頑張って見ます……」
スゥは、弱気に答えた。
「このメモに書いてあるモノなんだけど、大丈夫かい?」
クロードに手渡されたメモには、鉄屑百グラム、プラスチック片五十グラム、ガラス片七十グラムと書かれていた。恐らくは、錬成術で必要な材料なのだろう。これらは、全て知っているモノだったので、どうにかなりそうだった。
ただ。
「えーと、もしかして……レリウス商会ですか?」
レリウス商会へは、クロードと二人でなら来たことがあった。ここの店主は、レリウス商会と言う名前からも分かるように、店主の名前はレリウスと言い、タカ科のエイビシアンと言う人型鳥類族である。
スゥは、何を隠そうこのレリウスが苦手だった。
クロードからは、ちょっと怖いけど良い人だよ。不器用な人だけどね――と、紹介をされたのだが、獲物を捕らえるような眼光や、鋭い嘴。そして、口数も少なく、威圧的なその雰囲気がどうにも苦手だった。
「前に行ったことがあるから大丈夫だろ」
「いや、でも……」
「じゃあ、頼んだよ」
「はい……」
スゥは、クロードに半ば強引に押し付けられるような形で、おつかいをすることになった。あまり気乗りのしないおつかいではあったが、それは、スゥにとって初めてのおつかいの始まりだった。
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