014

「あ、あれ、可笑しいな。悲しくなんか無いのに、涙が止まらないや」


 スゥは、必死に涙を拭った。


 それでも。


 その押し寄せる涙は止まってはくれなかった。


 スゥは、本当の家族を知らない。


 だから。


 自分の居られる、自分を認めて貰える――そんな居場所を求めたのかもしれない。それこそ、家族のような愛情を求めて。人間の街でも、動物の森でも、皆と同じであると言うことが家族と言うことだった。当然、人間とも動物ともどっちつかずの容姿を持つスゥは、決して家族にはなれなかった。


 そうなることを許されなかった。


 けれど。


 ニナは、それを言ってくれた。


 それも。


 意図も簡単に。


 長年、求めて来た愛情が直ぐそこにはあった。今まで溜まりに溜まった、あまりに余るその感情が吹き出し、スゥ自身にも理解の出来ない、涙を流すと言う感情が発現されたのだ。


 その様子を不思議そうに子供達は見ていたが、クロードとニナはそれを悟ってか、温かい目で、ただただ何も言わずその様子を見ていた。そして、ニナはそっと優しくスゥの頭を撫でた。


「スゥは、ここへ来た時、誰か一人でもスゥに対して白い目で見る人はいたかい?」


 スゥは、首を横に振る


「後ろ指を指すような人はいたかい?」


 再び、首を横に振る。


「血が繋がっているとかいないとか、人種が同じだとかそうでないとか――ここでは些細なことなんだよ。このホライズンと言う大きな家で皆と暮らしているんだ。それなら、僕らは家族ってことで良いんじゃないかな」


 クロードのその言葉にスゥは、大きく目を見開いた。


 そして。


 元気一杯に大きく返事をする。


「はいっ!」


 そして。


 スゥはこう思う。


 これが家族と言うモノなんだな、と。


 食事を終え、一息付くと、別れの時間はやって来た。どんなに幸せな一時であっても、それはずっとは続かないのだ。


「またおいで」


 ニナとレイやリナが見送る中、手を振りながら別れた。


 またおいで。


 その言葉は、とても温かいモノだった。二度と来るな――そう言われることはあっても、またおいで、と言ってくれた人は誰も居無かったからだ。スゥは、思わず小さく微笑んだ。


「そんなに楽しかったかい?」


クロードは、その様子を見ていたようで、問い掛ける。


「はいッ! とても」


「そうかい。それなら良かった」


「あの……そう言えば、地下にあるあの部屋は一体なんですか?」


 スゥは、二ナの家からの帰り道、何気なく聞いた。


「あの部屋に入ろうとしたのかい? 入れたかい?」


「いえ、入れませんでした」


 スゥは首を横に振り、そう答えた。


「だろうね。ドアノブに触ったら何か起きなかったかい?」


「はい。変な夢を見ました。家族みんなで朝御飯を食べる――そう言う夢です」


 クロードは、スゥから話を聞くと少し笑みを浮かべた。


「実はね、あの扉には、触れた人の潜在的に求めているモノが、映し出されるトラップが仕掛けられていてね。まあ、あの扉の先にはそこそこ重要な文献があるから、簡単に開けられる訳にはいかなくてね。でも――」


 クロードは、少し溜めて言う。


「スゥが潜在的に求めていたのは、家族で御飯を食べることだったとはね。それが叶って良かったじゃないか」


「はいッ!」


 スゥは、元気よく答えた。


「じゃあ、スゥ。改めて、これから宜しく」


 クロードは、手を差し出した。


 スゥにとって、これが三度目の握手だった。


 アルの握手での一件の性で、どうにも握手を求める手を見ると、一瞬躊躇してしまう自分がいた。けれど、クロードがそんなことをするはずも無く、ただ純粋に握手を求めているのを理解出来たスゥはクロードへ握手を返した。


「宜しくお願いします」


 二人は固い握手を交わした。


「今日は、星が綺麗だね」


「そうですね」


 二人は手を繋ぎ、空に輝く星を見上げながら、クロードの店へと帰って行った。


 ――誰が付けたのかも分からない。

 ――誰が呼び始めたのかも分からない。

 ――どんな意味があるのかさえ分からない。

 ――光と闇が相反する、境界線より遥か彼方にある最果ての都、ホライズン。


 そこには――


 血縁も人種の境界線も越える愛情で――満ち溢れていた。

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