010


「きゃあっ」


 スゥの大きな声に驚きの声を上げる女性がいた。


「ここは……クロードさんのお店。あれ? 私、さっきまでどこか知らないお家に居たはずなのに、戻って来た?」


 スゥは、ますます混乱していた。


「キミ、大丈夫? 何か、大きな声上げてたみたいだけど」


「あの、えっと、その、すいません……じゃなくて――い、いらっしゃいませ」


「何それ、変なの」


 その女性は、あはは、と笑った。


「今日は、クロードに頼んであったランプを取りに来たんだけど――もう出来てる?」


「あ、それならそこのテーブルに置いてあるモノだと思います」


 スゥは、先程クロードが錬成術を披露したテーブルを指さした。


「おー出来てる、出来てる。頼んであった通りだね」


 その女性は、ランプを回転させ、隅々までその出来を確認していた。スゥは、その様子をぼんやりと眺めていると、その女性にも獣耳が生えていることに気が付いた。


 スゥは、それだけで心做しか親近感が湧いた。


「ところで――キミ、見ない顔だね?」


「今日からクロードさんの家にお世話になるスゥと言います」


「スゥちゃんだね。私は、ニナよ。宜しく」


 ニナは、握手をしようと手を差し出した。


 スゥも差し出された手に握手し返そうとした時、思わずその手を出し掛けの所で止めた。


 それは。


 アルとの握手でのトラウマがあり、スゥにはこのまま何事も無くこの握手が終わるとは思えなかったからだ。


「ん? どうしたの?」


「い、いえ。なんでもありません」


 きっと。


 握手をするのと同時に何かを仕掛けてくる――そう思わずにはいられなかったスゥは、何が来ても柔軟に対応しようと身構えながらも、恐る恐る求められたその握手を返した。


「宜しくね、スゥちゃん」


「は、はい」


 何も無かった。


 あまつさえ、その素振りすら見せることが無かった。握手をするニナの屈託の無い笑顔を目にし、スゥは気が付いた。握手がああ言う恐ろしい儀式なんかではなく、アルの握手が一方的に可笑しかったのだ、と。


 何事も無かったことに、スゥはホッと胸を撫で下ろすと、ニナの後ろで何かが動いているのが見えた。ロングスカートの中から伸びており、左右にゆらゆらと揺れるそれは、良く動物に見かける尻尾に違いなかった。


「ああ、これ? そっか、この街に来たばかりなんだもんね。見慣れてなくても無理はないか。私はマーマリアンと言って、人型哺乳類族なの。中でも私は、ネコ目だから耳と尻尾が生えているって訳」


 ニナは、尻尾を毛繕いしながらそう説明をした。


「ところで、なんでスゥちゃんはクロードの店なんかで働こうと思ったの?」


「私、クロードさんに借りたお金を返す為にここで働いているんです。と言っても、働き出したのも今日からなんですけど」


「へえー、小さいのに偉いねえ」


「いえ、借りたモノを返すのは当然のことですから。出来たら、クロードさんの為に何か出来たらなって思っているんですけど、何をすればクロードさんの役に立てるのか分からなくて……」


 ニナは、スゥの言葉に暫し考える。


「だったら、御飯を作ってやるのはどう? クロードの奴、自炊なんてあんまりしてないだろ?」


 スゥは、クロードの店を見て回っていた時のことを思い出した。


 確かに。


 台所が使われた形跡はあまり見られず、自炊をしている様子は無かった。戸棚には、大量のインスタント食品が収納されていたことからも、クロードがあまり自炊をしていないのは間違いなさそうだ。


 けれど。


 自炊を出来ないのは、なにもクロードだけでは無かった。


「でも、私、料理なんてしたこと無いですし……」


「なら、私が簡単のなら教えてあげよっか?」


「本当ですかッ!」


「まあ、簡単のだけどね。そうと決まれば、今から私の家に行くよ。早くしないと、夕飯に間に合わなくなっちゃうからね」


「え、でも、私クロードさんに店番を頼まれているので――」


「ああ、それならメモでも置いておけば大丈夫、大丈夫。じゃあ、行くよスゥちゃん」


「え、あ、はい」


 スゥは、ニナに半ば強引に付いて行くことになった。

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