008


 今、スゥの居る出入り口付近には、会計を行うカウンターや商品の収納された棚が壁伝いにあった。きっと、棚に並べられている商品も、クロードの錬成術によって創り出されたモノなのだろう。


「これは……一体、何に使うんでしょう?」


 ただ、瓶の中に光の球が入っており、手を左右に動かすと光の球が釣られて動く商品や、鏡なのに右手を上げれば鏡の中の自分も右手を上げる商品など――それらが一体、何の役に立つ商品なのか、その用途がいまいち良く分からないモノが多かった。


 しかし、地上で生活していた時には見たことの無い物ばかりで、どれをとっても新鮮であり、飽きることは無かった。スゥ自身、自分がこんなにも知的好奇心が旺盛であることに少々驚いていた。


 スゥは一通り見て回り、カウンターの奥へと進んで行った。


 そこには、上へ昇る階段と下へ降りる階段とがあったが、特に何も考え無しにスゥは、階段を昇って行った。昇った先には、キッチンやリビング、ベットといった、生活感のある空間が広がっていた。


 キッチンを覗いてみると、自炊をしているような形跡は見られず、戸棚の中にはインスタント食品がこれでもかと言う程、大量に収納されていた。それらの様子からも、どうやらクロードは自分で料理をしないようであった。


 スゥは、キッチンからリビングの方へと向かう。

 リビングは、特に散らかっている訳では無いが、綺麗に整頓されていると言うよりは、あまり使ってい無ような印象であった。リビングも同じようにぐるりと周って見る。


 すると。


「うわあ――」


 スゥは、思わず声を漏らしていた。


 それは、リビングを見て回っている時、何となく見た二階の窓から見えるその風景で、街の全貌を見渡すことが出来た。駅から十分ほどしか登っていないのにも関わらず、二階と言うこともあってか、まるでホライズンの頂上から見たかのような光景がそこにはあったのだ。


「あれ?」


 しかし、その綺麗な景色にスゥは妙な違和感を感じた。


「何か、おかしいような……?」


 スゥは、小さく首を傾げた。


 ここは、間違いなく駅から十数分程度しか離れていなかった。つまり、ここから見えるはずの光景は、もっと低く、もっと身近な光景のはずなのだ。だが、実際にスゥの目に見えている光景は、そのどれとも違っていた。


 そして、スゥは気付いた。

 これは、絶対に可笑しい、と。


 スゥは、自分の中の疑問を解決する為に、慌てて一階へと勢いよく駆け降り、勢い良く扉を開け、そこから見える光景を自分の目で確認する、しかし、そこから見える光景は、きっとそうあるべきであると言える低い光景だったのだが、それこそが普通であった。


 もしかすると、二階が異様に長い造りなのかと思い振り返るが、当然そんなはずは無かった。


 それは、初めて来た時に店の外観を見ていたのを記憶していたので、そう言い切れる自分がいた。だとしたら、可笑しいのはこの店の二階の窓から見える光景そのモノと言うことになる。


 スゥは、再びどたばたとしながら、勢い良く階段を駆け上がり、二階へと戻った。


「やっぱりっ!」


 そこから見える景色は、やはり可笑しかった。

 スゥは、思い切ってその窓を開けてみた。


 すると、開けて見えてきた光景は、本来二階から見えるであろう景色だった。もう一度、窓を閉じると先程の高地から見渡すような光景に変わり、また開けるとその光景は低地の光景へと元に戻った。


「なるほど、こういうことでしたか」


 どうやら、窓ガラスが本来在るべき姿を歪ませていると言うことは理解することが出来た。しかし、何度窓を開け閉めしようが、どうにもその原理が理解出来なかったので、一つ溜め息を付き、窓を閉じ元に戻しておいた。


「あとは、地下くらいですかね」


 一階へ戻り、まだ調べていなかった地下を調べることにした。


 地下は、降りるにつれてどんどんと薄暗くなっていったが、一応壁に照明があった為、全く見えないと言う程のことではなかった。もしかすると気の性かもしれないが、二階に昇るのに比べて階段数が多く感じた。


 つまり、それは二階に比べ、地下が深いことを示していた。


 最深部に到達すると、そこには謎の紋様が施された、レンガ造りの建物には不釣り合いな鉄で出来た扉があった。スゥは、その紋様がどこかで見覚えがあった。極々最近に見た様な――そんな既視感があった。


「あっ!」


 少しばかり考えれば、その答えは直ぐに出た。


 それは、クロードが錬成術を行う際に用いていた敷布の紋様に似ていたのをスゥは思い出した。と言うことは、この鉄の扉は何らかの魔法が掛けられているのでは――スゥはそう疑うべきだった。


「よいしょ、よいしょ――」


 鉄の扉は少々重たかったが、スゥ一人でもなんとか開けることは出来た。


 その扉を開いていくと、中から徐々に光が溢れ出てきた。扉を完全に開け切ると、直視出来ない程の光が溢れ出し、その光は体に纏わり付き、叫び声も虚しく、光のずっと先へと――スゥは引き摺り込まれて行った。

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