007
「よお、クロードさん。居るかあ?」
扉を開けるのと同時に、勢い良く誰かが入って来た。
良く見ると、その人はワニのような、トカゲのような容姿をしていた。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ」
スゥは、見慣れないその容姿に、慌ただしくクロードの背後に隠れるように回り込み、覗き込むようにして来訪者を見ていた。
「おいおい、あんまりうちのスゥを驚かしてくれるなよ」
「ちょっと、待てよ。今のは、俺の性なのか?」
突然の来訪者は、自分を指差しながらクロードへと聞く。
「他に誰がいるんだい、アルさん」
どうやら、その人はアルと言う名前らしい。
「ごめんよ、スゥ。あちらは、レプティリアンと言う人型爬虫類族のアルフレッドさんだ。そして、この子はスゥと言って、僕の親戚の子供で、暫くの間うちで預かっているのさ。さあ、スゥ。アルさんに挨拶を――」
クロードの声に、背中から半分ほど顔を出し、ペコリと挨拶をした。
「宜しくな、お嬢ちゃん。俺は、アルフレッドだ。みんなは、アルと呼んでいる。お嬢ちゃんも、気軽に呼んでくれて構わないぞ」
アルから握手を求める手が差し出される。誰かと握手をすることが初めてだったスゥでも、どういった時に握手をするのかということは知っていた。しかし、それでも怖いものは怖いもので、恐る恐る自分の手を差し出した。
すると、その時。
「がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ」
スゥは、慌ててクロードの背後まで隠れた。
「がーっはははははは。驚かせて御免よ、お嬢ちゃん。リアクションがなかなか良くて、からかいがいがあるってもんだ」
アルは、驚くスゥの表情を見て楽しんでいるように見えたが、驚かされたスゥにとってそれは気が気でなかった。スゥはすぐさま隠れたはいいが、全身の力が抜け落ち、その場でペタンと尻餅を突き、腰を抜かしてしまった。
そして、スゥは思った。
握手とは、何て恐ろしい儀式なのだろう、と。
「だから、スゥを驚かせない下さい。只でさえ、アルさんの見た目はおっかないんですから」
「誰がおっかないんだっ!」
クロードの声に、アルはまたも大声を上げる。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ」
「いや、ちょっと待て。今のは違う」
アルは、スゥの驚きようを見て、少々焦りの色を見せる。
「まあ、確かに見た目はおっかないけど、一応悪い人じゃないよ。それは、僕が保証するよ――と言っても、今のスゥには僕の声も届かないかな」
スゥは、その場で尻餅を突いたまま、頭を抱えながら怯えていた。
「それで、何か用があって来たんじゃないのかい、アルさん?」
「ああ、そうだった、そうだった」
アルは掌をぽんと叩いて、話を続ける。
「ちょっと、一緒に来て欲しいんだ。直して欲しいモノがあってな」
「そうか、分かった。じゃあ、スゥ――」
スゥは、まだ頭を抱えながら怯えていた。
クロードは、そっと優しくスゥの頭を撫でる。すると、その温かい手にスゥは、顔を上げた。顔を上げるとそこには、クロードの顔があり、スゥは落ち着きを取り戻すことが出来た。
「もう、大丈夫かい?」
「……はい。なんとか」
スゥは、そう呟いた。
「悪かったな、お嬢ちゃん。ちょっとやり過ぎちまってな」
アルは、頭をぽりぽりと掻きながら、照れ臭そうに反省をした。
「もう、大丈夫です」
スゥは、弱々しく笑みを浮かべた。
「いいかい、スゥ。僕は、ちょっと店を空けなければならなくなったから、悪いけど店番を頼めるかい?」
「えっ? 私一人で、ですかっ!? 無理です、無理です、絶対無理です。私まだ、この街に来たばかりなんですよ」
スゥは、拒否する反応で勢いよく立ち上がった。アルに驚かせられたことよりも、知らない人と接することの方が、スゥにとってその何倍も嫌なことだったのだ。
「じゃあ、スゥ。いらっしゃいませって言ってごらん?」
「い、いらっしゃいませ……」
スゥにそう言わせると、クロードはにこりと笑顔を見せる。
「うん、それなら大丈夫だ。あと、後でそのランプを取りに来るお客さんがいるから、僕がそれまでに帰れなかったら直接渡しておいてくれるかい?」
「いや、えっ、ちょっと――」
「じゃあ、頼んだぞ――スゥ」
「じゃあな、お嬢ちゃん」
スゥに有無を言わせる前に、クロードはアルと共に店を出て行った。バタンと扉が閉まると、いよいよスゥは店の中で独りぼっちになってしまった。
外観を見た時は、あまり大きい店には見え無かったけれど、一人になった性なのか、それ以上に店が大きく見えた。その広さが、どこか圧迫感があり、息苦しさと寂しさが込み上げてきた。
取り敢えず、スゥは近くにあったイスに座り、店番に努める。最初こそ緊張しながら、しっかりと店番をしていたのだが、あまりに暇過ぎた性か、店番の傍ら周りをキョロキョロと見回していた。スゥは、次第にクロードの店がどんな所なのか興味が湧いて来た。
勿論、これから自分がお世話になる店だからと言うこともあったが、それ以上に自分の見たことの無いモノがあり溢れており、スゥの中の好奇心をくすぐるこの店に興味が湧いていた。
そして、それはスゥにとって小さな冒険の始まりだった。
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