003
「あの……私、こんな耳だけど大丈夫ですか?」
少女は自分から帽子を外し、その獣耳をクロードに見せた。
あれだけ帽子を外されるのを、獣耳を見られるのを拒んだ少女が、だ。それは、クロードから見れば少女の小さな成長を垣間見た瞬間だったのかもしれない。クロードは、笑みを浮かべながら少女にこう告げる。
「そんなことなら心配ないさ。周りを見てごらん」
クロードのその言葉に、少女は辺りを見回した。
すると、そこには摩訶不思議な光景があった。
少女やクロードのように獣耳を生やす人。
ワニのような鱗の肌を持つ人。
鳥のような翼を生やす人。
犬のような尻尾を生やす人。
そこには、人であって人で無く、動物であって動物で無い――人であって動物でもある者達がそこにはいた。人間としても暮らせず、動物としても暮らせない少女が求めていた世界そのものに違いなかった。
少女の顔からは、先程の不安の色は消えていた。
ここでなら、きっとやっていける――少女は、そう思っていた。
「もう大丈夫そうだな。それなら、街へ着く前に名前を決めないとな」
「クロードさんの名前は……あっ、すみません」
少女は、謝り下に俯く。
「まだ街に着いてないんだから良いよ。僕の名前は、誰がどうやって付けたのか聞きたいんだろ? 僕の名前は、親代わりの人がテキトーに付けてくれた名前なんだ」
「テキトー……ですか?」
少女は、首を傾げる。
「そう、テキトー」
少女には、自分のこれから新たに始まる人生を彩るであろうその名前をいい加減に決めると言う気持ちが良く分からなかった。生きて行くからには、その名前はずっと付き纏うモノである。
つまり、ここで決める名前とはこれから行く街でずっと使う言わば場所限定ではあるが、一生モノの名前なのだ。それをテキトーに決めると言うクロードの名付け親の気持ちが良く分からなかった。
「どうして、名前をテキトーに決められるんですか?」
少女は、若干怒り気味でクロードに聞く。
「僕もその親代わりの人に同じことを聞いたことがあるんだ。僕の名前は、どうしてクロードなんだ、てね。そしたら、少し間を開けて、何となくって答えられてしまったよ」
クロードは、そう言いながら笑っていた。
そして、更に話を続ける。
「そりゃあ、その時はショックだったさ。だけど、歳を重ねて行くうちに気付くこともあるんだよ。まだ、難しくて分からないかもしれないけど、どんな名前であるかってこと自体には特に意味は無いんだ。どういう自分であるかってことに意味があるんだと、僕はそう思うよ」
「そうなんですか?」
「そう言うもんなんだと言うことにしておこうじゃないか。どんなに名前を変えたからと言っても、自分と言う本質が変わる訳じゃないだろう? 変わろうと思うその気持ちが何より大切なんだ」
一応、少女なりにクロードの話を理解しようと努めていたが、そのほとんどを理解することは出来ていないようだった。ただ、それは当然のことだった。本来は、もっと大きくなるにつれて、それを理解することになるのだから。
「そう言えば――」
クロードの話で話題が変わる。
「これから行く街のことをキミは知っているのかい?」
少女は、横に首を振る。
「まあそうか。この列車に忍び込んだ位だからね」
そのことをばれたく無い少女は、周りをキョロキョロと見渡し、その場であたふたする仕草を見せた。その様子を見てクロードはあははと笑い声を上げた。そして、そのクロードの表情に少女はムッとした仕草を見せた。
「この列車はね、名前の無い街へ向かっているんだ」
「名前の無い……街?」
少女は、不可思議そうな顔を浮かべながら傾げた。
「正確には、名前の無かった街だけどね。どうして名前をテキトーに決められるんですかって、さっき聞いたね。まあ、普通に考えれば、確かに名前には、モノの本質としての意味を込めて付けるモノだから、キミがそう言うのも良く分かる。だけど、これから行く街にはその名前が無かった。どうしてだか分かるかい?」
クロードの質問に対して暫し考えてみるが、その質問の意味も、その答えになりそうな答えすらも、まるで良く分からなかった少女は、首を横に振り、素直に答えた。
「分かりません」
「だろうね。分からないと思って聞いているんだから、それがある意味、正解とも言えるかもしれないね」
「ズルいです」
少女は、腑に落ちない顔をした。
「あはは、そうだね。僕も昔、同じ質問をされたんだ。そんでもって、キミと同じ様なことを言ったよ。で、この街の名前についてだったね。人は不思議なものでね、興味のあるモノには名前を付けるのに、興味の無いモノには見向きもしない」
「どういうことですか?」
「例えば、リンゴを食べる時、キミは誰が育てたとか、どこで作られたのか――なんてことを気にはしないだろう?」
少女は、無言で頷く。
「それは、リンゴに対して食べ物と言う認識でしか見ていないから、それ以外の性質にまで目が行かないんだ。それと同じさ。街には住むモノと言う認識でしか見ていないから、自分の住んで居る街の名前なんて気にならないのさ。それどころか、気にしようともしない。まあ、それが慣れと言うものだから、仕方ないのかもしれないけどね」
「それは、なんだか寂しい気がします」
少女は、ぽつりとそう言った。
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