春の襲撃編 16

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 蒼翔が勝利を収め、緋里の所に戻ってすぐ。

『模擬戦闘室』の入口が唐突に開き、全員の視線を浴びる。

 そこから登場してきたのは1人の女だった。


 左眼を眼帯で隠し、右眼は紅く輝いている。その体はスラリと細く、押しただけでも倒れそうな程。

 蒼翔はこの女を知っている。


「――坂堂咲葵――」

「おっとー、自己紹介しなくて済んだよー。それより、俺の事知ってるとは嬉しいことだねぇー」

「国民の多数がご存知だと思いますが……」

「そんな堅くならないで、蒼っち?」


 妙にグイグイくるタイプだ。そんなあだ名で呼ばれたくはないが。


 坂堂咲葵は《剣魔士》のほとんどが知っている人物。

 ニュースになるほどの超有名人だ。

 なぜなら彼女もまた――

 ――『異能力者』なのだから。


「やっと来たか……」

「らいらい先輩ーそんな怒らないでくださいよーさっきまで上で見てたんですからー」

「おいお前マジでしばくぞ」


 どうやら刀三束はこの女から影響を受けたらしい。この女――


(かなり面倒臭いな……)


 確かに面倒臭い性格だとは聞いてはいたが。まさかここまでとは思っていなかった。

 それと何故眼帯を付けているのか少し気になる。なんか昔の伝記で『眼帯少女は面倒臭いから気を付けるべし』と書かれていた本を見たことがあり、その時は「偏見が」と思って無視していたのだが、どうやら本当らしい。眼帯少女は面倒臭い。


 それより――


「ご覧になってたんですか……」

「うんそうだよー。蒼っち強いねぇー!まぁあのガキが弱いだけなのかもしれないけどねー」

「ガキ呼ばわりされる覚えはないぞっ!この眼帯ババァ!」

「おいガキ。今何っつた?」

「ババァ」

「ガキのくせに生意気だな。殺すぞ」

「ま、まぁ落ち着け」

「「らいらい先輩は黙っててください」」

「おい2人まとめて俺が相手してやる。さー殺されに来い」


 という茶番をしていると完璧に復活した雫瀬蘭夢がヒョロヒョロと自信なさげに歩いてくる。一体何に自信がないのだろうか。


 改めて見るとかなりの美人だ。緋里も愛歩もそうだが、なんかこの部屋にいる女子は全員レベルが高いのではないだろうか。蒼翔だって健全な男の子なのだから、少しドキドキしてしまうのは隠せない。

 だから、


「何ドキドキしてるの?」

「いや……」


 不意に後ろからそんな事を言われると困ってしまう。こういうところだけは気付くのはやはり双子だからなのか、蒼翔の反応がそんなにわかりやすかったのか。しかし、蘭夢は気にしていない様子で。


「さっきは対戦ありがとうございました。お2人共の圧倒的な力の差に少し驚きましたよ。特に刈星君……蒼翔君はそんな力を持っているのに何故劣等生なのか不思議で」

「蘭夢先輩の『幻実』には驚かされましたけどね」

「えぇ。蘭夢先輩の『幻実』には本当に驚かされましたよ?」

「――」


 蘭夢は蒼翔達が話していた事を聞いていなかったのだろうか。


 2人ともお世辞のように言っているが、本当に驚いてる。『幻実』という魔法は中々使えるものではないから、まさかこんなところでお目にかかれるとは思ってもいなかった。


 蘭夢は慰められているのだ、と勘違いをしてしまい、


「――そんなの嘘に決まってる」

「「?」」


 小声で、蒼翔達に聞こえない程度の大きさでボヤいた。

 蒼翔も緋里もずば抜けて耳が言い訳ではなく、普通の人と同じ耳を持っているので、蘭夢の言った言葉は聞こえなかった。だが口は動いているので「何か?」と思ってしまったのだ。


「それよりも、お身体は大丈夫ですか?」

「えぇ勿論です。蒼翔君も手加減してくれたようですし」


 当たり前だろう、と口にしたかったがこれ以上貴重な時間が長引くと嫌なので、


「それはよかったです」


 と微笑んで未だ茶番をしている咲葵達の方を見る。

 少し冷たい態度ではないか、と蒼翔は心配したがどうやらそこまで蘭夢は気づいていないようで。


 蒼翔と目が合った杁刀は「コホン」とわざとらしく咳払いをして仕切り直す。


「どうしたのらいらいセンパーイ?」

(少しは空気を読め)


 睨む杁刀。


「っで話戻すけど、俺は上で見てたんだよー?凄いねー。2人を一瞬でケチョンケチョンにするとはねー」

「ケチョンケチョンって……」

「うっせーガキ。ガキもケチョンケチョンにされていただろ。少し立場をわきまえろ」

「なにっ!?――」

「――刈星蒼翔だっけ?」

「えぇそうです」


 完璧に刀三束の事は無視した。

 これ以上やっても茶番を見せられるだけなので少しは黙って欲しいのが、蒼翔の本心だ。

 正直、時間の無駄である。


 何故名前の確認をしたのだろう。先程は急に「蒼っち」とか読んできたのたが。


「それでそっちがリード・セイレン様でしたねー」

「すみません、出来ればその呼び方はやめていただきたいのですが……」

「緋っち?いや……緋里っち?いや……セイレン様」

(結局戻ってるだろ……)


 口に出してツッコミたかったが。

 それよりも何故こんなに距離を縮めてくるのだろうか。やけにあだ名を付けたがる先輩である。「っち」っていうのがお気に入りらしい。


「んーセイレっち?……でもそれだと失礼だから……あかりん。そう!あかりんだ!あかりん決定ー」

「……恥ずかしいのですけど」

「まぁいいじゃないかあかりん」

「調子に乗ったら……わかるわね、蒼翔」


 冗談で言ったのだがどうやら怒らせてしまったらしい。

 わかるわね、と言われてもわからないものはわからないのである。まぁ大体恐ろしいということは予想がつくが。


 まぁ「蒼っち」だろうが「あかりん」だろうが何でも構わないのだが。


 緋里に苦笑いの顔をして冗談だとわからせてから、こっちをジーっと見てくる咲葵を見た。


「な、なんでしょう……?」

「いやー本当に双子なのかなーって思ってねー。俺兄弟もいないし、ましてや双子でもないからわかんないんだけどね」

「確か妹さんが居たはずでは……」

「あんなゴミを妹だと思った事は一度もない。これからも、ないだろう」


 自分から言ってなんだがとりあえず無視しよう。


「双子っていう割には、私と蒼翔では以心伝心もできないですし、考えていることも多少違います。正直、兄弟っていう関係の方が私達には合っているのかな、と。まぁ変な所で双子パワー見せちゃいますけどね」

「え!?何々!?何パワーだって!?」


 この人絶対話聞いてなかっただろう。

 眼帯の影響が凄すぎて、どうしても厨二病に見えてしまう。実際そうなんだろうが。


 蒼翔と緋里はこんなものだ。以心伝心もできない。双子なのに考えている事が違う。双子なのに優劣がある。双子なのにお互いの事を全て知っているわけでもない。

 異性の双子とはこんなものだ。


 変なところとは、関係ないところで言うタイミングが揃ったり、食事の食べる順番が合ったりとかいうくだらない事ばかりである。


「まぁ俺はそんなパワーよりも凄いパワーを持っているがな!」

(この人もうダメだ)


 この場にいる全員が思った事であろう。


「ところでらいらいせんぱーい。次の対戦は誰ですかー?」

「次は3年女子書記の新羅桃希あらいもねが相手をする予定だが?」


 そう呼ばれた新羅桃希は何故か興奮していた。

 そういえば、蒼翔と刀三束が喋っていた時にもこちらを見て興奮していたが。もしかして――


「えぇー次は腐女子先輩ですかー。腐女子せんぱーい変わってくださいよー」

「ふ、腐女子!?も、桃希の事!?た、確かに刀三束ハンと蒼翔ハンが喋っていると興奮するんやけど……」

「あ、相変わらず訳のわからない大阪弁を使うな……大阪の人に失礼だと思いますよせんぱーい」

「桃希は生まれも育ちも大阪どすえー」

(きょ、京都弁!?)


 大阪の人なのか京都の人なのかよく分からない腐女子先輩にツッコミを入れていると、トントンと後ろから蘭夢がつついてきた。


「桃希先輩のお母様が京都の方らしく……」


 そういうことか。つまり、桃希のお母さんは自分の娘に京都弁を教え込んだというわけか。そしてそれと同時にお父さんが大阪弁を教えていたせいで、ごちゃごちゃになってしまったというわけか。


「実はお父様は東京の方らしく……」


 大阪はどこへ行ったのだろう。


「ただ生まれて育ったところが大阪で、周りに合わせて喋っていたそうで……」

「あの自信なさげにするのはやめて貰いませんか?こちらも何故か自信がなくなってしまうので」

「す、すみません!……つまり、桃希先輩の喋り方は自由といいますか……」

「わかりましたありがとうございます。もう分かりましたので」


 少し可哀想になって来たのと、これ以上こんな姿を見たくはなく話を強制的に終わらせた。

 確かに冷たい態度かもしれない。それでも心は折れない蘭夢である。


 複雑、というより単に周りに流されているだけではないか、と思ってしまう。桃希はこれまで人に合わせる人生を送ってきたのだろう。――なんてつまらない人生なんだ。


「せんぱーい、大阪弁話すのか京都弁話すのか標準語話すのか1つにしてくださいよー」


 それならば咲葵はちゃんと標準語喋って欲しい、と思う。

 蒼翔も緋里も生まれも育ちも愛知県なので、ここら辺の方言ではあるのだが。それでも標準語はわかっているつもりだ。


「もういいやん!そんな細かい事気にしてたら寿命縮みますやん」

「心が広い者は長く生きれるそうですよー?ということはこの中で俺が1番長生きするぜよ!」

「あの咲葵先輩桃希先輩。もうそろそろ止めないと杁刀先輩が――」

「――次の対戦は、3年女子書記新羅桃希と刈星蒼翔だ。準備しろ」


 完全に押し切った杁刀。


「ちょらいらい先輩!?次俺がやりたいって言おうとしたの――」


「3」


「2」


「1」


「スタート!」


 カウトダウンの間に全員がフィールドから出る。ギリギリまで杁刀に文句言っていた咲葵も既に出でいる。


 スタート、杁刀の合図と共に動き出したのは桃希だった。

 蒼翔は桃希の事を知らない。


 だから今この光景が蒼翔の脳内を危険アラームに侵しているのだ。


 後ろに回転しながら飛んでいき、距離をとった桃希の片手にはピンク色の銃が握られていて、銃口は蒼翔に向いていた。


 確かに今の世の中戦闘と言えば『剣』か『魔法』だ。しかし、『銃』という武器がなくなったという訳では無い。確かにもう生産はされていないし、全部処分されている。


 だが、今でも『銃』を扱う者達はいる。


 その者達は『想力分子』で『銃』を作り出して攻撃している。

 勿論『銃弾』も。


 だが蒼翔の『異能力』を持ったとしてもその『銃弾』には敵わない。

 理由がわからない。蒼翔が何故『銃弾』にだけ敵わないのかは、未だにわかっていない。


 だから今蒼翔の脳内には『死』という文字が浮かんでいた。


「じゅ、『銃』使いでしたか」

「そうねん。桃希『剣』嫌いやし、扱いにくいから『銃』にしてまんねん。どや?かっこええやろ?」


 銃口を向けたまま笑顔で言ってくる。


 蒼翔が動いたとしても、その『銃弾』の方が遥かに速い。つまり、動けない。


「桃希先輩はいつから『銃』を?」

「せやなー……生まれた時からどすえ」


 どすえの使い方が合っているのか、とかいう疑問なんて出てこない。それどころではない。


「それは凄いですね」

「せやろー――ほな、おこしやすー」


 それと同時に1発の銃声が鳴り響いた。

 完全な不意打ちだった。


 しかし、蒼翔には当たらず蒼翔の足元に当たった。

 丸く焼け焦げている。ジュワジュワと燃える音を立てながらやがてそれは小さくなる。


 完全にそれに注意を引かれた蒼翔が前に向き直した時、もう既に桃希の姿はどこにもなかった。


「――そんな銃弾1つに気を惹かれててはまだまだやのー。桃希に気を惹かないと、この勝負刈星ハン――蒼翔ハンの負けやで」


 不意に後ろから声がし、振り返るとそこには銃口をこちらに向けた桃希の姿が。

 本来の人間、《剣魔士》ならば死んでいる。

 だが――


 ――桃希の銃から放たれた銃弾は、蒼翔の額に触れる前に真っ二つに割られ、蒼翔の体ギリギリを通り過ぎていく。


 蒼翔は瞬時に腰の剣――『灼屑』を抜き、その剣で銃弾を真っ二つに斬った。

 これは蒼翔にしかできないこと。


 これ程までに速い銃弾を斬れるのは、蒼翔の『異能力』があってからこそのもの。


「はて……この距離で『銃弾』を真っ二つにせはるとは……男子同士が喋る以外で桃希を興奮させるとは、蒼翔ハンも中々やるのー」


 この人、男子同士が喋るだけで興奮するのか。さすがにそれは行き過ぎではないか。

 未だに銃口をこちらに向ける桃希。


 今のは蒼翔のミスだ。考えれば分かるはずなのだ。足元の銃弾に意識を向けさせて、そのうちに正面から銃で撃ってきたり、後ろに回り込んで殺すということを。


 蒼翔は『灼屑』を構えたまま、後方に跳び退る。


「桃希、興奮してきたわ……興奮するわ」


 と言いながら何発も連続して『銃』を撃ってくる。


 あの銃はリロード等という無駄な行動はない。引き金を引けば銃弾が出る仕組みになっている。

 戦場においてリロードという行為は、相手に隙を見せることになり死んでしまう。だからそんな行動を省かなければならないのだ。


 何発も襲ってくる『銃弾』を綺麗に真っ二つに斬っていく蒼翔。


(感じればいける――)


『想力分子』の波動を感じ、

『想力分子』の反応を感じ、

『銃弾』の位置・速度を感じる。


 そしてタイミング合わせて剣を、『灼屑』を振る。


 全ての『銃弾』を体を使って全て斬る。


「中々やるやんけ」


 と桃希が撃つのをやめる。必然的に蒼翔の動きも止まる。

 だが、集中力は切らさず、いつでも防衛できる体勢にした。


「おもしろーなってきたわ」


 と言いながら、今まで使ってなかった手を前に出す。


 瞬きをした後には、その手にも銃があった。


 その2丁の銃口は両方とも、蒼翔の方へ向けられていた。


「2丁扱うのは久しぶりどすえ?」

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