春の襲撃編 15

 ●●●


『模擬戦闘室』には室内を見れる隠し部屋がある。マジックミラーで内側からは見えないが、その隠し部屋からは見えるというもの。


 その部屋に女2人が『模擬戦闘室』で戦闘をする人達を見ていた。


 1人の女の方は左眼を眼帯で隠し、反対側の眼が紅く輝いている。スラリと細く伸びた体は、少し押しただけでも倒れそうだ。

 もう1人の女の方は金髪で腰まで伸ばしており、黒い瞳に似合った眼鏡を掛けている。白衣を着ており、医者のような気がするがどことなく胡散臭く感じる。


 眼帯の女――坂堂咲葵ばんどうさきと白衣の女――犬界ミイナは興味深く見ていた。


「せんっせー」

「ん?なんだ?」

「あの女の方、名前はー?」


 ほぼ無表情で棒読みする咲葵は人形っぽくて逆に可愛らしかった。

 咲葵が指しているのは、剣を2つ構えた1年生の方だ。


「刈星緋里。今年の新入生代表だ」

「へぇ――緋里っちって『想力霊装』使えたんだねー」


 もう既にニックネームを勝手に付けて呼んでいるがこれが咲葵だ。

 声のトーンからして緋里の『想力霊装』に差程驚いていない様子。

 それに比べて隣のミイナは驚愕の表情で固まっている。


「おもしろ――ん?」


 咲葵があることに気付く。

 目の前では、何故か一瞬で消えた『想力霊装』。まぁ本人が消したからなのだろうが。

 しかし、咲葵には違うように見えた。


「せんっせーこっちの男はー?」

「か、刈星蒼翔だが……?」

「あの男――」


 咲葵が見たのは、その刈星蒼翔という男が緋里っちの『想力霊装』を消したということ。

 それはつまり――


「へぇーあの兄弟関係って本当だったんだー。というか世界最強様がこんなところに、しかも後輩にいたとはねぇー」

「……?」

「俺ワクワクしてきたわー」

「どういうこと?」


 咲葵の口調といい、咲葵とミイナは同じ部類の人間なのかもしれない。


「――ま、そのうち分かりますよせんっせー」


 その通りだと咲葵は思う。そのうち、絶対にバレる時が来るはず。まぁ来なかったら自分からやろうと咲葵は考えている。

 正直、ミイナに言おうと思ったのだが。


 といつの間にか刈星緋里――リード・セイレン――が退場し、刈星蒼翔――刀塚玄翔――が入場した。

 つまり、正体がバレてしまったので棄権したのだろう。

 というより、そもそもこの戦闘の目的は『不正』かどうかを見るためのもの。つまり、『想力分子』の保有量の多さ、使い方等さえ見せつければいいのだ。


 刀塚玄翔は頭の良い男だと聞いている。

 さすが、と言うべきか、アホだ、と言うべきか。


(さて、これからどう戦うんだろうねぇー――世界最強様)


 勝負が始まった。

 蘭夢が『幻実』を発動する。だが、蒼翔はそのまま蘭夢に向かって歩き続けている。

 そして何より、蘭夢が驚愕の表情のまま退さがっている。


 咲葵には何がなんだかわからなかった。いや、「咲葵には」というより「咲葵も」だが。


 蒼翔はゆっくりと近づきながら剣を出現させた。そしてそのまま蘭夢の目の前に行くと、その剣を1振りしただけで蘭夢は吹き飛ばされた。


「さ、咲葵?今のなんだかわかったか?」

「……ッ」


 わからなかった。何もわからなかった。

 何故『幻実』が効かなかったのか、何故剣を1振りするだけで蘭夢は戦闘不能にまでなったのか。

 ――わからないわからないわからないわからないわからないわからない!


「なぁせんっせー……俺楽しいよ!久しぶりにものすごい興奮してる!キャハハ!」


 まるで狂人。


「……」


 ミイナはこれでも保健師兼カウンセラー師だ。

 特にこの坂堂咲葵は贔屓と言われてもいい程気にかけている人物だ。

 彼女は精神状態があまりよくない。


「キャハハ!キャハハハ!――お?」


 だがその狂人が一瞬にして人間に戻る。

 それは『模擬戦闘室』の光景だった。


 次は刈星蒼翔と刀三束帝国が対戦をするらしい。


「ガキ如きが世界最強様に勝てるワケがねぇーだろうが――脳味噌入ってのかガキが」


 異様に対抗心を見せる咲葵。そんなに刀三束の事が嫌いなのだろうか。まぁ同級生だからというのもあるだろうが。


 だが、始まった瞬間にはもう刀三束は蒼翔の背中に抱きついていた。

 蒼翔が振り返るともう既に刀三束の姿はなかった。

 刀三束は『模擬戦闘室』を走り回っている。

 刀三束が蒼翔に向かって飛んだ瞬間。


 蒼翔が右足を上げて地面を蹴る。

 それだけで『模擬戦闘室』内の空間が、『想力分子』が揺らいだ。

 室内いた全員が体勢を崩す。

 刀三束はそのまま地面を転がる。

 膝をつけながら綺麗にとはいかないが着地した。


 だが既にもう蒼翔は目の前まで迫っており――右足が目前に迫っていた。

 刀三束は反射的に頭突きで受け止めた。


「馬鹿かガキ……しかし――空気内にある他人・・の『想力分子』をこんなに大量に操るとは――」

「――やはり?」

「うん。俺の憶測は合っていると思うよー。彼は――刀塚玄翔は『異能力者』だ。しかも、『異能力』の中で最も恐ろしい『能力』をねー」


 憶測であり、まだ本当に確信はしていないのだが。

 これを見れば少なくともその可能性には近づく。


 蒼翔を転倒させようと、地面についている足を足払いしようとしたが、見事にタイミング良く、まるで待ち構えていたかのように跳躍して避けられ、跳躍した足で顔面を蹴られそうになる。

 迫り来る足を片足で受け止めようとするが、その威力に刀三束は軽々と飛ばされる。普通の人間の蹴りとは思えない威力。


 明らかな『想力分子』の波長が見えた。

 蒼翔は『想力分子』、魔法を使ったのだ。

 だが、それは肉眼では見えない程の速さで起動した。

 そんなことできるはずがない。だが――


「まぁ彼なら出来るかもねぇー」

「しかし、それでも納得がいかないのだが。『魔法』はそもそも魔法陣がなければ意味がない。『魔法』を使うには『想力分子』で魔法陣を作り出さなければならない。その際確実に肉眼でその魔法陣が見えなくてはならないのだが――」

「――その魔法陣を情景と一体化させたら?」

「!?」

「そう。魔法陣は必ず見えてしまう。だから彼は考えたんだよ――魔法陣を隠せばいいってね。誰でも思い付くような事を彼は実現した。いや、彼だから実現できたのかもねー」

「というと?」

「それは自分で考えやー。考えるのもまた面白いよー」


 カウンセラーとしてやはりもっと教育をしないといけないのかもしれない。


『魔法』を使う為には『魔法陣』が必要だ。そしてその『魔法陣』を作るのは『想力分子』だ。だから、『想力分子』によって『魔法』という分野においても優劣というのが存在する。

『魔法陣』を『想力分子』で作ると、必ず『魔法陣』が肉眼で見える。そもそも『魔法陣』がなければ『魔法』というものは使えない。

『魔法』を使う為に、『想力分子』でその使いたい『魔法』の『魔法陣』を作り出して『魔法』を発動する。『魔法陣』を作り出す段階で、少しでも『魔法陣』の形・大きさ・太さ・光の加減・『想力分子』の量を少しでも間違えるとその『魔法』は発動しず、ただあるだけになる場合もあるし、他の『魔法』が発動してしまう可能性もある。


 ――『魔法』を使う為にはかなりの知識量と『想力分子』の操作能力が必要となる。


 だから『魔法』を使う者は少ない。


 だがそんな驚きもつかの間、飛んでいった先で砂埃が起こり、刀三束の姿が見えなくなった。誰しもが終わった、と思ったが。


 蒼翔は殺気が後ろから気配を感じ、すかさず体を横回転させて回避する。

 先程までいた位置に、刀三束の人間とは思えないスピード・威力のかかと落としが落ちる。


 これは刀三束の得意とする正真正銘の身体能力だ。さすが、と褒めるべきだが。


(――ガキが)


 哀れである。


 蒼翔は体をバネにし、刀三束の腹に拳をめり込ませた。

 空中を瞬間移動するかのように、壁に叩きつけられた。


 咲葵は「勝負あったかー……」と飲み物を飲もうとしたその時。


 蒼翔が何者かに吹き飛ばされた。


「「な……!?」」


 2人が驚いてるのも無理もない。

 あの刀三束が蒼翔に攻撃を当てたからだ。


 ゆっくりと立ち上がった蒼翔が微笑んだ瞬間。


 刀三束のいる空間にある『想力分子』が異常な反応を見せながら刀三束は地面に崩れ落ちた。


 今度こそ本当に勝負ありである。

 蒼翔が――刀塚玄翔が勝った。


「な、何が起こったかわかるか?」

「――あぁ、なんとなくだがなー……」


 咲葵は見えただけなので本当がどうかわからないが。


「なんか俺も戦いたくなってきたなぁー」

「行けばいいと思うが?咲葵も生徒会役員なんだから逆に参加しないとマズイ気がするのだが……」


 坂堂咲葵は2年生徒会女子副会長だ。

 つまり、この対戦に参加しなければならないのだが。


 名も知らない《劣等生》如きにそんな時間を費やす暇はない、と今日は休もうと思っていたがなんか気になったのでこうして見ているのだ。

 だがもうそんなどころではなくなった。


 自分の中の対抗心が燃えてきた。


「じゃあ行ってくるねー」


 だが、蒼翔がこの後あの愛歩を圧倒的な力の差で倒すとは知らなかった。


 ●●●


 誰も納得がいかないまま刈星蒼翔VS剣採愛歩が始まってすぐ。

 蒼翔が腰にぶら下げていた『灼屑』を抜いた。


 何か危機を察知した愛歩は自分を大量に複製する。

 そして『刈星蒼翔を殺せ』と命令してしまった。間違えたと思った時には既に遅くもう向かっていた。それに愛歩はそれでもいい、と思ってしまった。


『魔法』で攻撃する愛歩、『剣』を使って攻撃する愛歩とバラバラだ。


 蒼翔は剣を構えながら向かってくる愛歩達に向かって走り出す。

 まず来るのは剣を構えた愛歩達。


 前後左右上から攻撃の嵐が来る。

 蒼翔は急停止し、それら全てを信じられないスピードで受け止め、打ち返す。

 1人1人確実に致命傷を負わせれる部分に剣を当てる。

 着々と愛歩を消していき、蒼翔を襲った第1軍は消滅した。


 だがそれで安心している場合ではないと蒼翔もわかっている。

 次来るのは剣と魔法の同時攻撃軍。

 剣を構えた愛歩達が攻撃しに来て、それと同時に背後で魔法で攻撃する愛歩達が攻撃してくる。


(チッ……)


 心の中で舌打ちすると剣のスイッチを押す。だが軽めに。

『灼屑』を突如として取り巻く少量の『想力分子』。淡く光出す。


 その淡く光っている『灼屑』を横に1振り。

 そこから取り巻く『想力分子』が大きな刃となり、愛歩達に飛んでいく。


 剣を構えた愛歩達にぶつかるのと同時に爆発が起きる。赤い炎や灰色の煙がそこの辺り一帯だけを包む。熱い、等という感情は複製された愛歩達にはない。だが、その爆発に巻き込まれたら命はないだろう。

 そう思ったのと同時に何か嫌な予感をした魔法軍愛歩達は、灼熱の炎の中に『ライトニング・ウェーブ』をぶち込む。


 無数の『ライトニング・ウェーブ』が灼熱の炎の中にぶち込まれている中、1つの『ライトニング・ウェーブ』が消えたかと思うとそこから蒼翔が飛び出してきた。

 灼熱の炎に飛び込んでいるはずの蒼翔はほぼ無傷で、火傷の痕すらない。服の先が少し焦げているぐらいで、あとは何も変わらない。


 そしてそのまま愛歩達の発動中である『魔法陣』を『剣』で消した。

 1人1人の『魔法陣』に剣を当てるだけで、その『魔法陣』は跡形もなく消え去る。

 そしてそれと同時に、全員の足下に『魔法陣』が現れ『魔法』が発動される。


『魔法陣』が轟音とともに連続で爆発し、豪華な火花が姿を現した。

 蒼翔は既にもう通り抜けていた。

『剣』と『魔法』の第2軍は消滅した。


 残るは本物の愛歩を護衛している愛歩達。

 全員が『剣』を構えて襲ってくる。さすがに全員で襲ってくるとかいうアホな真似はしなかったが、また1人で襲ってくるのもアホである。


 次々と襲ってくる愛歩をかわしながら確実に殺していき、やがて本物の愛歩を護衛していた愛歩達も消滅した。

 残るは本物の愛歩ただ1人。


 まだ複製すればいいのだが、それは無駄だと悟った愛歩。

 あんなに大量に複製して攻撃したのに、無傷でここまで来た。


(こ、こんなの……)

「どうでしょうか?これでも『不正』をしていると?」


 後ろでまだ予備の爆発が続いている蒼翔を見ると勝てる気がしなくなる。

 なんだろうこの怪物は。


 何も答える事ができないまま、愛歩は意識を失った。

 愛歩は気絶しただけだ。

 それは当然だろう。今日だけでこんなに『複製能力』を使ったのだから。


 ――大きな力を持つ者は何かの代償を持たなければならない。


「しょ、勝負ありっ!」


 煙と炎が消え去った後、その中から愛歩をお姫様抱っこをしながら歩いてきた蒼翔を見て、杁刀は言った。


 刈星蒼翔VS剣採愛歩は刈星蒼翔の勝利で終わった。

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