春の襲撃編 14
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剣を1振り。
そうするだけで、蘭夢の体は簡単に吹き飛び、蘭夢は戦闘不能になり、蒼翔の勝利で終わった。
だが、生徒会には何で蒼翔が何も無く勝てたのか不思議でたまらなかった。『幻実』を使えばそうゆっくり、易々と蘭夢の近くに寄れるはずがない。それに、何故蘭夢は怯えていたのだろうか。
「蘭夢ちゃん!?」
すぐさま駆け寄る愛歩。
どうやら意識はあるようで。
「す、すみません会長……」
「何があったの?『幻実』は?」
そこまで強く攻撃していないのだが、死にかけな蘭夢に心配よりも何故勝てなかったのかを問う。
「き、効かなかったんです……脳内に入り込めない……何かに阻まれたような……」
(――ッ)
ヤバイ、と蒼翔が思った時には蘭夢は目を閉じて気を失った。
ゆっくり蘭夢の体を置いてスタスタ駆け寄ってくる愛歩。
「……どういうことかしら」
「簡単な方法です。『幻実』を発動するには相手の脳内に『想力分子』を送り込まなければなりません。つまり、脳内に『想力分子』さえ届かなければ『幻実』などという魔法はゴミくず以下です。ではどうやって止めたか、ですがお答えしましょう。『想力分子』を消す、ただそれだけの事です」
「しかしそんなことは――」
「――できますよ。先輩達には見えなかったでしょうが、自分の額から上は1度消えました。蘭夢先輩が『想力分子』を送るタイミングで自分の脳を消し、自分の頭で浮遊させる。その瞬間、自分の『想力分子』を使って脳を戻します。その瞬間、蘭夢先輩の『想力分子』は脳に押し潰され、『想力分子』はパーン!と消えるわけです。蘭夢先輩が感じたのはその押し潰された時だけの感覚でしょう。それも当然のはずです。神経が、感覚神経が感じるよりも速く『想力分子』を消したのですから」
こんな事できるはずがないだろう。というより、蒼翔はこんな事はしていない。だが、本当の事を言えば蒼翔の正体がバレてしまう。緋里の正体がバレるのならいいが(良くはないが)蒼翔の正体がバレるのは国家問題になってしまう。流石にそこまではしない。だからこそ、嘘をつくしかないのだ。
そもそも『想力分子』を押し潰すなど脳にはできない。
「そ、そんな……」
流石にバレるかと思っていたのだが、どうやらバレていなかったようで。相手が馬鹿で良かったと思う。
「そんなことよりも早く、次の対戦をしましょう?先輩方?」
●●●
少し間を置いて(心の整理をしたかったらしい)。
再び対戦を再開する。
「――次は2年男子書記、
「礼樹先輩っ!フルネームで呼ばないでくださいっ!『らいらい』って呼びますよ!?らいらいっ!?」
「おいお前後で俺のところへこい。しばいてやる」
字形から見るに当て字、というか想像・思い込みの感じだろう。どう考えても『帝国』と書いて『ろーま』とは呼べない。日本はどうなってんだ、と思うかもしれないが正直そこのところは甘くなっている。とは言ってもこんな名前をつける親はいないが。昔風で言うと『キラキラネーム☆♪』。
背は蒼翔の胸ぐらいまでしかなく、髪型ツインテールの可愛らしい男子。顔立ちもそうなのだが、どう見ても女の子にしか見えない。
刀三束家は漢字を見ればわかるが《与えられし名》だ。
この2人の光景を見れば、同級生のカップルがイチャついているようにしか見えない。
と、チラリと奥を見るとその2人のやり取りを見て興奮している女子生徒がいたが、気にすることはないだろう。気にしたら負けだ。
「刀三束先輩、よろしくお願いします」
「刈星君、よろしくね」
(なんだろうこの燃(萌)えそうな笑顔は……)
可哀想なのであえて名字で呼ぶ事にした。
意外とグイグイ距離を縮めてくるタイプなのだろう。思ったが、生徒会ってこんな人ばかりなのだろうか。少し不安になってくる。
どう見てもその笑顔は女の子。
「では早速始める」
「3」
「2」
「1」
「スタート!」
刈星蒼翔VS刀三束帝国。
圧倒的な力の差で蒼翔が勝つと思われる。
蒼翔が1歩踏み出す時にはもう既にその柔な体は姿を消し、蒼翔の背中に抱きついていた。そう、一瞬で、だ。
あまり重さを感じず蒼翔以外なら気付かない可能性が高い。
反射的に後ろを振り返ると、背中に抱きついていた刀三束の姿は消えていた。
(ほう……これは正真正銘の身体能力か……流石刀三束家の時期当主様だ)
蒼翔は『模擬戦闘室』を走り回っている刀三束を目で追いながら賞賛していた。
刀三束家は『想力分子』よりも身体能力を主に強化している。確かに『想力分子』も《与えられし名》に相応しい保有量を有しているが、それ以上に身体能力が高い。とは言ってもその身体能力も『想力分子』を利用しているのだが。だからこそ蒼翔にはその動きが見える。
だが、この刀三束帝国は違った。『想力分子』の動きが感じられない。つまり、『想力分子』を使わず正真正銘の身体能力で動いているというわけだ。
それには深い理由があるのだが本人は知らされていないだろう。
蒼翔が知る限り、刀三束帝国は身体を改造されている。極限の身体能力を欲しいが為に、現当主は自分の息子を実験台にしたのだ。
可哀想な話ではあるが、それは仕方の無いことであるとも知っている。
刀三束帝国は生まれた時にはほとんどの運動器官が機能していなかった。このままでいくと、1週間もしないうちに死ぬだろうとも。
しょうがない、という一言で片付けてしまう現当主の気持ちもわからなくもない。自分の息子を救う為にはその方法しかなかったのだから。
蒼翔はいつ狙ってくるのか待っていた。
正直、こちらから動いても攻撃を当てれる自信が無い。まぁ本当の『剣』を使えば当てれるが、その場合刀三束帝国は真っ二つに切り裂かれて無様に死んでしまうだろう。戦場で敵ならばそれでいいのだが、今は模擬戦闘、仲間である。そこまで感情がない蒼翔ではない。
その素早さは余裕でジェット機を超えるだろう。いや、風ですら超えるだろう。なぜなら、その姿は普通の人だと肉眼では見えないからだ。
だが蒼翔には見える。
こちらの様子を伺いながら慎重に距離を縮めて来ていることを。
(今なら行ける!)
刀三束は棒立ちしている蒼翔の背後を狙って、一気に攻めようと前進したその瞬間。
蒼翔が右足を上げ、地面を蹴った。
それだけで、『模擬戦闘室』の空間全てが揺らぎ、全員の体勢を崩した。
刀三束にはそれが何なのかわからなかったが、1つだけわかるのがその際に、空間にある全ての『想力分子』が左右縦横に高速で揺れたこと。感じただけなので本当かどうかは定かではないが。
刀三束は体勢を崩し、そのまま地面を転がる。
膝で地面を押し、なんとか綺麗にとはいかないが着地はできた。
だが、安心している場合ではなかった。
いつの間にか目の前に立っていた蒼翔の右足が目前に迫る。
避ける事など不可能。
だから刀三束は頭突きでそれを受け止めた。
「刀三束先輩、可愛いお顔が台無しになりそうでしたよ?」
「余計なお世話――だっ!」
蒼翔を転倒させようと、地面についている足を足払いしようとしたが、見事にタイミング良く、まるで待ち構えていたかのように跳躍して避けられ、跳躍した足で顔面を蹴られそうになる。
迫り来る足を片足で受け止めようとするが、その威力に刀三束は軽々と飛ばされる。普通の人間の蹴りとは思えない威力。
生徒会役員達は驚愕の表情をしているが、緋里の目は蒼翔を信じていた。
だがそんな驚きも束
つか
の間、飛んでいった先で砂埃が起こり、刀三束の姿が見えなくなった。誰しもが終わった、と思ったが。
殺気が後ろから気配を感じ、すかさず体を横回転させて回避する。
先程までいた位置に、刀三束の人間とは思えないスピード・威力の踵
かかと
落としが落ちる。
「刀三束先輩、自分に移動したことを分からせなかったことは素晴らしいと思います。しかし――」
蒼翔は体をバネにし、刀三束の腹に拳をめり込ませた。
空中を瞬間移動するかのように、壁に叩きつけられた。
「――殺気を隠さないと、『想力分子』が反応してしまいますよ」
実際、蒼翔には刀三束が後ろに迫っていたことを気づけなかった。だが、攻撃してくるのはわかった。
それは刀三束『想力分子』が蒼翔の後ろで反応していたからだ。
蒼翔は『想力分子』の反応に反応する。
刀三束の『想力分子』は殺気に反応してしまった。
その結果、蒼翔に攻撃が読まれてしまったのだ。
勝負あり――と杁刀が口に出そうとした瞬間、蒼翔が地面を転がった。誰かに吹き飛ばされたかのように。
「助言ありがとう。そういう事だったんだね。お蔭で今――攻撃を当てられたよ?」
その犯人は刀三束だった。
不気味な笑みを浮かべながら立っていた。
所々から血が溢れ、顔の半分は血に染まっている。
起き上がる蒼翔。
「あぁ――攻撃を当てられたのは久しぶりですよ?」
「おっと、それは自慢なのかな?」
「いえ先輩を褒めたつもりなのですが――まぁどちらにせよ、先輩は負けますから」
と微笑んだ瞬間。
刀三束の空間が揺らぐと同時に、刀三束は崩れ落ちた。
それは紛れもなく――
「――しょ、勝負あり!勝者刈星蒼翔!」
蒼翔は一礼して緋里の元へ戻った。
刀三束に体術で挑むとは負けに行くと同じなようなことだった。しかし、蒼翔にはそれでも勝てる自信があった。例え『想力分子』を使わなくても勝てる自信が。
蒼翔は《コンピューターの天才》阿武隈流浪の造った対人用ロボットと日々戦っているからだ。対人用ロボットは刀三束家以上の身体能力だ。
そんな彼が刀三束家如きに劣れを取るわけが無い。
「蒼翔?まだ向こうには6人いるけど大丈夫?」
「大丈夫だ。本気を出さずとも瞬殺できる」
と言いながら横に置いてあった『
今日はこれを使うつもりはなかったのだが。
「あまりその力使っちゃダメだからね?」
「さっきは使わずにはいられなかった。すまない」
「だから謝らなくていいって。謝らないといけないのは私の方。さっきはごめんね、本気出しちゃって」
「いや、雫瀬蘭夢は自分しか倒せなかったよ」
「物凄いムカつくんですけど……」
また定位置に戻る。
今度は腰に刀をぶら下げて。
「――次は剣採愛歩が相手をする」
(おっといきなり大将が登場ですか)
そんな蒼翔の思いが愛歩に伝わったのか、
「ちょっと予定変更よ。ここでもう終わらせるわ」
「随分と余裕ですね。今までのを見ても『不正』だと思ってるんですか?」
「えぇ当たり前じゃない?だってまだ自分の『想力分子』1回も使ってないもの。完全に体術でしか戦ってないわね」
「――アハハ……まぁいいでしょう。どちらにせよ、戦っていたわけですし」
お互いが睨み合い、強がる。
なんか愛歩が遼光に見えてきたのだがどうしようか。喋り方もなんか似ているような。
「では早速始める」
「3」
「2」
「1」
「スタート!」
杁刀の先程までとは違った威勢のいい声で勝負が始まった。だが――
――2人共全く動かなかった。
お互いが様子を見合っているという訳ではない。ただ単に睨み合っているだけだ。
生徒会3年女子書記の頭の中では2人の周りにただならぬオーラが、スーパーサ●ヤ人のようになっていた。とても残念な脳味噌をしているようだ。
「動かないのですか?会長」
「あら、こっちのセリフね」
3年女子書記の脳内では両方の目からビームが出てるらしい。
「ここは平等にジャンケンしましょう?」
(いや戦闘において平等もクソもないのだが……)
「ジャーンケーン、ポン」
と、蒼翔が咄嗟に出したその手は消えていた。言葉の通り、手首から先が無くなっていた。
蒼翔が気づいた時には、大量の血飛沫と激痛が襲ってきた。
フと見ると、蒼翔の隣には目の前の魔女と同じ笑み、表情をした愛歩がいた。そして反対側には、先程まで蒼翔に付いていた右手が宙を、血を撒き散らしながら舞っていた。
咄嗟に『想力分子』で無くなった右手の出血を止め、後方に大きく退く。
「あら?失敗しちゃったみたいね」
「噂だと思っていたのですが……まさか本当だとは……会長は――『異能力者』ですね」
「「ウフフ」」
2人の愛歩がシンクロしながら笑う。
噂には聞いていたがまさか本当に『異能力者』だとは思ってもいなかった。
剣採愛歩は本当に『異能力者』だ。噂でもなく、紛れもなく『異能力者』。
ただ、愛歩は少し特別な、ある意味な『異能力者』である。
愛歩の『異能力』は『
これは魔法の中にも『複製魔法』というものはある。だが、それとは明確に異なる。
魔法の場合は、『想力分子』によって作られたものを読み込み、同じものを作るという魔法。
だが、『異能力』の場合は、『想力分子』に限らず、何でも複製できる能力。
つまり、魔法の『複製』は『想力分子』で作られたものしか複製ができないが、『異能力』は『想力分子』で作られていなくても複製できる。人間だろうとも。
違いはこれだけではない。
『複製魔法』はランダムテレポートだが、『異能力』はその場に、したいところに複製できる。
また、『複製魔法』で作られたものは自我を持たないし、こちらの命令にも従わないが、『異能力』は自我を持ち、こちらの命令に従う。
ある意味で傭兵部隊と言っても過言ではない。
人1人で軍隊を作れるらしい。
まさかそんなチート級(だいたいの『異能力』はチート級なのだが)の『異能力』を愛歩が持っているなど聞いていなかった。また遼光は教えてくれなかったのか、と残念に思っていた。
何故先程蒼翔は気づかなかったのかというと、この『異能力』は『想力分子』を使わない。つまり、このもう1人の愛歩は『想力分子』ではなく、本当の人間と変わりがない。その為、『想力分子』に反応する蒼翔も反応できなかったのだ。
「びっくりした?」
そう言っている間にも、何人もの愛歩が次々と現れ始める。
そして最終的には本当に軍隊1個分の人数に。
「えぇ勿論――」
瞬間、真横にいた偽愛歩を右手で殴り飛ばす。
――先程消されたはずの右手で。
「なん――で――」
そんな驚いている暇はなく、次々に偽愛歩に命令する。
『刈星蒼翔を殺す気でかかれ』
と。
蒼翔は次々と襲いかかってくる愛歩達を素手で倒していっていた。
向こうから素手で向かってくるのだから仕方がない。何故死にに来るのか疑問に思う程に。
と、半分ぐらいすると急に向こうから来なくなりまた睨み合いになる。
「恐ろしいですね会長。こんな《劣等生》の1年に多数で殺しにかかってくるとは――折角の『異能力』ですのに、殺気を立てては意味が無いですよ?」
複製で自我があるからこそ、その周りにある『想力分子』もその個々の殺気によって反応している。
これでは折角の『異能力』が無駄である。
「――な、なんで右手があるのよ!?」
「『想力分子』で再生しただけですが?」
馬鹿げた事を!と、全員に命令する。
『それぞれの『想力分子』を使い、魔法で刈星蒼翔を殺せ』
と。
愛歩達が走り回り、蒼翔を中心にして四方を囲む。
そして一人一人が右手を前に差し出し、その前に魔法陣ができる。
(あの魔法は――)
刹那、全ての魔法陣から『光』の光線が放たれた。
太陽や反射した月の明かりに負けないぐらいの明るさと、轟音を立てながら。
杁刀はその魔法に気付き止めようとしたが間に合わなかった。
一定時間が経つと光の光線はだんだんと弱まっていった。
普通なら姉である緋里は心配をするはずなのだが、普通に立ってこちらの戦闘を見ている。どれだけ刈星蒼翔の事を、弟を信用しているのだろうか。
「――『ライトニング・ウェーブ』ですか。悪くありませんが、それは殺傷能力のある魔法です。杁刀先輩、会長は失格に値する行為をしたので、反則負けとして頂きたいのですが――」
杁刀は思わず「お、おう」と返事しそうになる。
が。
ここで全員(緋里以外)が疑問に思う。
――殺傷能力のある魔法を四方から食らって、何故無傷で立っていられるのか。
確かに愛歩は殺傷能力のある魔法を四方から蒼翔を狙った。これは間違いなくルール違反。
だが、何故それをまともに食らって普通にしているのかの方がわからなかった。
普通なら死んでいてもいいぐらいなのだが。
それを察した蒼翔は説明しようか迷ったが。
「――いえ、何でもありません。勝負を続けましょう」
説明するのも面倒臭いし、知られてはいけない秘密なので黙っておく事にした。
そして、誰も納得がいかないまま刈星蒼翔VS剣採愛歩が再び始まった。
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