Planning 6 開式

 一番初めに来たのは佐野だった。

 時計の針が一二時を差そうかという頃、黒のスーツ姿で彼はやってきた。攻輔を見つけて「やあ」と挨拶する。

「今日は司会だからね。リハーサルは昨日やったけれど、早めに来てみたよ」

「こんにちは。似合ってますね」

 攻輔がスーツを示すと、佐野は「だろ?」とおどけて笑ってみせた。親戚の結婚式に出る機会があり、そのとき今後のことも考えて親が買ってくれたそうだ。

「会場、今、見られるかな? もう一度、確認しておきたいから」

 プログラム進行を書き記した紙を手に佐野が言う。攻輔は会場に案内した。すでに準備は整っているはずである。

「おっ、いいね」

 教室の後ろ側のドアが出席者の出入り口になっており、その側にはコルク材の板が椅子に乗せられていた。ウェルカムボードである。「ようこそお出でくださいました(はあと)」と蛍光マーカーで色鮮やかに書かれ、周りにビーズが散りばめてあった。新郎新婦の手作りである。そしてその横の台には、先日公園で撮影した写真が飾ってあった。夕日をバックに見つめあう二人の写真が大判サイズに拡大してある。それを見るなり佐野が大笑いした。

「本当に、バカップルだよな、この二人」

「このとき、結婚指輪を渡されてプロポーズしてたんですよ」

「本当に? よくやるよ」

 佐野は整髪料でカッチリ固めた髪に触れながら首を振る。

 会場は本番に備えて全て整えられていた。テーブルの上には食器類が人数分並べられており、ネームプレートなども置いてある。ちなみにネームプレートやメニュー表といった小物も新郎新婦の手作りだ。

「あ、佐野さん。こんにちは」

 中には藤家がいた。富沢と何か話をしていたようだが、二人に気づいて頭を下げる。富沢との話を切り上げてこちらにやってきた。

「本番前に、もう一度会場を見ておこうと思って。いいかな?」

「どうぞ、どうぞ。こちらとしても助かります」

 佐野を司会用の演壇へと導き、藤家が今日の流れを話し始める。攻輔は後を託して廊下に出た。携帯電話を取り出して時刻を確認する。もうすぐ一二時半だ。

「こんにちはー」

 次にやってきたのは塩原だった。ワンピースドレス姿での登場である。いつもと違う雰囲気を醸し出す彼女に、攻輔は驚いてしまった。

「美緒は着替え中? 見に行っていい?」

「ご案内します。なんか、大人っぽいですね」

 案内しながら、つい口走る。塩原が笑った。

「まあねー。私もこのくらいの服持ってるのよ。めったに着ることないけど。でも、これ。袖が短いのよねえ。二の腕見えちゃうのが玉に瑕」

「うーっ」と腕を押さえる。筋肉がついて引き締まった腕を気にしているようだ。

 新婦の控え室をノックする。すぐに竹井が顔を出した。入って良いか尋ねる。

「あ、はい。どうぞー」

 竹井が塩原を中に導き入れた。すぐに「キャーッ」と黄色い歓声が上がる。塩原が満面の笑顔で新婦に駆け寄っていった。

 攻輔は新郎の控え室もノックしてみた。「はい」と戸隠の声がする。「失礼します」と中に入った。新郎用の控え室に使っている教室の中には、彼一人しかいない。

「お一人ですか?」

「うん。……一人にしてくれって頼んだんだ。また吐きそうなんだよ」

 戸隠はそう言って項垂れた。攻輔は彼に歩み寄る。

「今日は、時間通りに出てもらいますからね」

「……わかってる。今日は大丈夫だよ。ただ、やっぱりね。癖みたいなものかな?」

「本当にご気分が悪いときは仰ってください。緊張するのは仕方ないんですから」

「うん……。若王子くん、君はすごいね。しっかりしていて」

「俺は新郎じゃありませんから」

 攻輔は笑ったが、戸隠は「いや」と言った。

「本当言うと、ここまでやってくれるとは思ってなかったんだよ。ただのクラブ活動だろ? もっと素人っぽい、雑な真似事するんだと考えてたんだ。それが、話を聞いて実際にやってみると、すごく丁寧で……」

「それは俺の力じゃありませんけどね。モリー、藤家のお陰ですよ。しっかりしているといえば、むしろあいつの方です」

「ああ、彼もしっかりしているねえ。僕より年下のはずなのに」

 戸隠の表情に少しだけ笑みが生まれる。

「……しっかりしなきゃなあ」

「そんなに追い込まなくても。何か飲み物は?」

 攻輔は部屋の隅にまとめて置いてあるペットボトルを指差した。お茶、水、オレンジジュースがあるが、別に欲しいものがあったら急いで買いに行くつもりだ。

「いや、大丈夫。ありがとう」

 戸隠は手を挙げて断った。攻輔は「それでは」と一礼して退出する。ドアを閉める直前、新郎の様子を覗き見たが、彼は窓から外を眺めていた。

 それから続々と出席者が訪れ、一時を回る頃には全員が揃っていた。攻輔たち三人も服を着替え、各々がもつ最もフォーラムな服装になる。きちんとしたスーツ姿の藤家に対し、攻輔はジャケットで精一杯だったが。竹井は動きやすさを重視したパンツスタイルのスーツを着こなしていた。

 午後一時一五分。斑鳩が会場にBGMを流し始め、藤家が出席者を会場へと案内する。富沢たちが動き、出席者の椅子を引いた。

「いよしっ。始まるぞ」

 攻輔は一人呟き、廊下を駆けだした。

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