Planning 6 開式

 ゴールデンウィークが終わると、あっという間に土曜日が訪れた。

 授業が終わるなり会場装飾に入る。音響設備の配線などからテーブルと椅子の搬入、カーテンや装飾品の設置、小物の準備と確認。係ごとにスケジュールの打ち合わせとリハーサルを行っていった。佐野たち三年生も走り回り、夜には一通りの準備が終わる。あとは当日の午前中に装花を行い、細かな調整をするだけという状態で解散した。

 そして日曜日。

「さあっ、いよいよ当日を迎えました! 皆さん、気合い入れていきましょう!」

 寝不足気味のハイテンションで、攻輔は仲間たちに呼びかけた。藤家、竹井、小鳥遊がそれぞれ真剣な眼差しで頷く。

「受付開始が午後一時で、一時半開式だ。出席者は八人だけだから、もっと早く揃うとは思うけどな」

 藤家が腕時計を見ながら言った。現在、時刻は午前九時すぎ。むろん、全員がもっと早く登校していたのだが、それぞれバラバラに動き回っていたので、一度ブライダル・クラブの面々だけでも集まろうと攻輔が声をかけたのである。

「もうじき、新郎新婦さんが到着しますっ。私、正門までお迎えに行ってきます」

 竹井がハキハキと告げた。

「先生も頑張りますよー。やりますよー」

 小鳥遊がキュッと両の手を握る。攻輔たち三人が動きやすい私服でいるのに対し、彼女だけはすでにドレスアップしていた。

「先生は新婦さんの介添えをお願いします」

「わかりましたっ」

 藤家が役どころを割り振ると、ますます意気込む。

「それじゃ、あとは式が始まるまで集まれるかどうかわからないから、オージに一言言ってもらいましょうか」

「おうっ。……えー、あくまで主役は新郎新婦さんです。戸隠さん、関谷さんの結婚式・披露宴を大いに盛り上げましょう。出席される三年生の先輩方をおもてなしする心を忘れずに。えー、それから、うん」

 そこで攻輔は言葉を区切り、三人を見回した。

「それから、幸せのお裾分けをもらって、俺たちも楽しみましょう!」

 攻輔の挨拶を受け、再びそれぞれの役目に戻った。

 当日の動きとしては、攻輔は各部署がきちんと機能しているか確認して、もしトラブルがあった場合は素早く対処する立場にある。藤家が新郎新婦や司会者と式・披露宴の流れ全般を受け持っているのに対し、裏方の面倒は彼に任されていた。まずは一番気になっていた料理愛好会の様子を見に行く。彼女たちはいつもの家庭科室ではなく、今日は特別に食堂の厨房を借りていた。休日出勤の食堂のオバサン監視の下、朝早くから料理の仕込みをおこなっている。

「戦場よ! ここは戦場なのよ! 一瞬でも気を抜いたら死ぬと思いなさい!」

「サー、イエッサー!」

「戦友の屍を踏み越えて、私たちは進んでいくのよ!」

「サー、イエッサー!」

「つまみ食いした奴は死刑よ!」

「サー、イエッサー!」

 厨房はよくわからない熱気に包まれて混沌としていた。

「……相変わらず楽しそうだな、ミッちゃん」

「あ、コースケ。当然でしょっ。こちとらこの日のためにどれだけの犠牲を払ったか。数多くの被害を出し、何人もの勇者が倒れていったわ。私、彼女たちの勇姿を決して忘れないっ」

「死んでない、死んでない」

 厨房からツッコミが飛んでくる。高櫨は「そうだったっけー?」と笑った。厨房内に爆笑が起きる。

「順調そうか?」

「もち。私たちが本気を出せば、和洋折衷フルコースなんてお手のものよ。ようするに作れそうなものだけ新郎新婦さんに選んでもらって練習したんだけどねー」

 アハハハハ。陽気に笑う。

「あ、でもケーキは本当に期待して良いよ。里ちゃんの力作がもうすぐ完成。あっちは一人で仕上げに入ってる」

「おお、いいねえ」

「こっち。と、その前に厨房に入るときは、そこで手を洗って顔洗って首洗って足洗ってきて」

「手だけじゃダメですか!? 途中から何か意味違ってる気がするんですけどっ」

「アハハハハ。ばれた? コースケも年貢の納め時かなあと思って」

「人を犯罪者扱いするなっ」

 軽口を叩きあいながら厨房の奥に向かう。和気藹々と下ごしらえをしている少女たちと一線を画し、里山はいつになく真剣な表情で直径五○センチほどのケーキと格闘していた。丹念に生クリームを搾り出し、精緻な模様を作り出す。

「……声、かけられそうにないな」

 高櫨の耳元で囁く。彼女はピクッと肩を跳ねさせ、「私、耳弱いのよー」と全然関係ないことを言った。

「すっごいでしょ。うちらの料理が万が一失敗しても、そのときはケーキパーティーってことでごまかして?」

「そんなわけにいくかっ! でも、本当にすごいな。安心したよ」

 里山を遠巻きに眺めてコソコソ話し、二人は料理を出す時刻を確認して別れた。次は会場の仕上がり具合を見ておこうと教室に向かっている途中、別の教室でのんびりくつろいでいる五人を見つけた。大同と香月、それに映画研究同好会の三人である。五人は意外にも楽しそうに喋っていた。大同や香月と遠藤たちには共通の話題が多いのだろうか。

「おっす。調子はどうだ」

 攻輔が室内に入ると、まず大同が片手を挙げた。

「やあ、おはよう。こっちは準備万端だよ。もうすぐ新郎新婦さんが来るから、そうしたら友哉と一緒にメイクの様子とか撮影に行くつもり」

「俺たちは式が始まるまで出番ないだろ? 一応、固定カメラも設置したよ。花の邪魔になるって獅王葉さんに文句言われたけど」

 遠藤が幾分疲れた顔で言う。他の二人も「うんうん」と頷いた。

「了解、了解。それじゃ、今日もよろしく頼みます!」

 頭を下げて部屋を出る。会場である一年C組の隣の教室まで来たところで、中を覗いた。斑鳩が一人でノートパソコンの前に座っている。

「おーっす。元気ー?」

「……別に」

 斑鳩はいつものように暗い雰囲気をまとっていた。

「悪いね、今日は音響関係全部任せちゃって。ありがとうございます!」

 深々とお辞儀をする。しかし斑鳩はボソボソと口の中で「別に」と呟くばかりだった。

「あ、そうだ。今から会場の確認に行くんだけど、多分、獅王葉もいるぞ。会いに行かないか?」

 誘ってみたが、斑鳩は首を僅かに振る。

「いいよ、別に。……覚えてないだろうし」

「……そ、そうか? じゃ、遠藤くんたちのところに行ったらどうだ? あっちの教室にいたぞ。友だちだろ?」

「……別に。友だちじゃないし」

「…………そうですか。友だちじゃないですか」

 遠藤も、彼のことを「知り合い」だと言っていたことを思い出す。

「でもっ、俺たちはすでに友だちだよな!」

 グッと親指を突き出して言ってみたのだが、死んだ魚のような目が返ってくるだけだった。

「本当にメンドクサイ奴だね」

「知らなかったのか? メンドクサイと書いて友だちって読むんだぞっ」

「読まないよ」

 あっさり否定される。

「いやあ、斑鳩くんは本当にクールだねえ」

「クールの正しい意味、わかって言ってる?」

「それじゃ、今日もよろしくー」

 攻輔は適当に挨拶して退散した。

「ああ、こんなところにいたの」

 廊下に出たところで、絢悧と出くわす。こちらが挨拶するより早く、会場の方を指差した。

「終わったわよ。チェックしておかないといけないんでしょ」

「おお、サンキュー。獅王葉(悪魔)」

 ドグッ。絢悧の膝が攻輔の腹にめり込む。

「誰が悪魔よ」

「しまった……。つい、心の声がっ……」

「魔王、もしくは魔神にしなさい。悪魔なんて小物だわ」

「そっちですか!?」

 攻輔はふらつきながら教室の出入り口に手を掛けた。「キャッ」と声がする。ちょうど廊下に出てこようとしていた嘉鳴とぶつかりかけたのだ。

「あ、悪い。獅王葉(天使)」

「え? 何? あ、おはよう。若王子くん」

「行くわよ、嘉鳴」

 絢悧が嘉鳴の手を取って引く。嘉鳴は名残惜しそうに攻輔を見ていたが、双子の妹に引っ張られて廊下を去っていった。

「……ふう。魔王・獅王葉め。いつか退治してやる」

 腹を押さえて会場に入る。中では装花を手伝っていた園芸部員が作業に使ったものや細かいゴミなどを片付けていた。攻輔は出入り口に立って室内をぐるりと見回す。

「…………はーっ」

 知らず、息が洩れた。

 純白の空間に赤や紫がアクセントをつけている。

 とても教室とは思えない空間が広がっていた。

 机や椅子は完全に撤去され、後ろにある作りつけの背の低い棚や掃除道具入れはベニヤ板で上手に隠されていた。その上から真っ白な壁紙を張っているのだが、継ぎ目や天井との繋ぎを細工を施して丁寧に消しているので、パッと見には本物の壁に見える。

 窓には白いレースのカーテンがつけられ、手作りの花飾りがくっついていた。部屋の中央に大きなテーブル。新郎新婦がもめた白のテーブルクロスが艶やかに光っている。料理愛好会が知り合いから借りたというテーブルと椅子は、レストランで使われているものなので高級感があった。

 テーブルと接するように高砂があり、その背面の黒板には塩原たちが昨日、面白がって描いた絵と祝福の文字が踊っている。周りを紙飾りが覆い、そこだけは学芸会のような雰囲気があった。

 そして何より、高砂に作られた装花の見事さがこの空間を華やかに演出している。攻輔には花の種類はよくわからないが、紫と黄色を主体に、上品に仕上げてあった。手で測ってみると意外に小さいのに、見た目にはかなり大きく広がって見える。

 室内には他にも幾つかアクセントをつけるように花が飾ってあった。テーブルにも生けてある。攻輔は腕を組んで唸った。

「……さすが嘉鳴だ。魔王とは大違いだな」

「失礼しまーす」

 ゾロゾロと男たちが入ってくる。全員、制服のカッターシャツに赤い小さな蝶ネクタイをつけていた。何の集団かと見ていると、演劇部の富沢が一番最後に室内に入ってくる。

「富沢っ。こいつら、何者?」

「何者ってことはないだろ。配膳係だよ。料理とか運ぶ役。藤家から聞いてないの? ちなみに、俺、チーフ」

「ああ、聞いてはいたけど……。そっか、初めまして」

 攻輔は彼らに一礼する。たちまち文句が出た。

「初めてじゃねえよ! 俺ら、漫研だよっ」

「一度会ってるだろ、部室で」

「霧峰にポスターの衣装を手直ししてもらいに来たとき」

「ああっ! トレカやってた!?」

「そうだよっ。忘れるなよっ」

「ごめん。あまりにも霧峰のキャラが濃すぎて、全然覚えてなかった」

「いっつもそうだよ! 全部、あいつのせいだよ!」

 ブーブー文句を言う彼らから逃れ、攻輔は会場を後にした。

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