Planning 5 公園
戸隠が動いたのは、午後も四時を回ってからだった。
一度、昼食としておにぎりとサンドイッチ、お茶を藤家が持ってきたが、戸隠はお茶に口をつけただけだった。攻輔は悪いと思いつつも、自分まで体力をなくすわけにはいかないと、しっかり弁当を食べた。おまけに戸隠のサンドイッチまでもらった。
「……行こうっ」
その一言が戸隠の口から出たとき、攻輔はうとうとしかけていた。戸隠が立ち上がる気配を感じてハッと目を覚まし、自分も素早く立ち上がった。攻輔を放って歩き出した彼の後を、弁当のゴミをまとめて引っ掴んで追う。
「…………」
駐車場へ向かう間、二人は一言も言葉を交わさなかった。攻輔はただ戸隠の背中を見て、戸隠はじっと前を見て歩いた。
駐車場についたとき驚いたのは、関谷も車から出てくるところだったことだ。「圭くん」「美緒」と互いに一言だけ言葉を交わすと、支度をするために戸隠はテントに入った。大同が撮影の準備を始める。関谷は祈るように両手を組み合わせ、それに竹井が寄り添っていた。
ちなみに小鳥遊は車の助手席で寝ていた。大同の母親は下のショッピングモールに買い物に行っているらしい。
「本当に、お待たせしました。すみません」
かなりの急ピッチで支度をすませた戸隠は、まず全員に頭を下げた。一番時間を持て余していただろう大同は、しかし笑顔で「良い写真、撮れますよ」と言う。
こいつ、妙に男前だな。
攻輔は変に感心してしまった。
光沢のあるグレーのフロックコートを着た戸隠に、緑のアフタヌーンドレスを纏った関谷。彼らを囲むように大同がカメラ機材を担いで先導し、レフ版などを持った香月が右に、同じく機材を担いだ攻輔が左を歩き、後ろから藤家と竹井、霧峰が続く。
「準備をしないといけないから、少し待っていて」
ベストポジションは彼女の中で前もって幾つか決めてあったらしい。大同はまったく迷うことなく歩いていき、午後の傾きかけた日差しに周囲の緑がよく映える場所で立ち止まった。散歩道を歩いていた人々や、石畳の緩やかな階段に座っていた人、芝生に寝そべっていた人などが、何ごとかとこちらを見る。そんな視線は気にせず、攻輔たちは大同の指示に従って撮影の準備を進めていった。
「少し、風に当たってこようか」
それを見ていた戸隠が、関谷を誘う。二人寄り添って歩いていく後ろ姿を見送り、攻輔と竹井は微笑んだ。藤家が「お前ら」と険しい顔つきになる。
「悪い悪い、モリー。いい加減、白状するよ。っていうか、ちょっと見に行かないか? こっそり」
「なになに? 何があるの?」
霧峰も興味津々という顔でついてきたので、攻輔、藤家、竹井、霧峰の四人で後を追うことにした。「早く戻ってこいよ」と背中に大同の釘が刺さる。
戸隠・関谷ペアは見晴らしの良い場所で手摺に凭れ、何か話していた。霧峰が「衣装が汚れるー」とブーブー文句を言ったが、その口を塞ぎ、声が聞こえそうなところまでじりじり近づいていく。周りの人々は二人を本物の新郎新婦だと思っているのか、微笑ましく見守っている。通りすがりの女性二人組が「おめでとうございます」と二人に声をかけていった。
「わっ、どうしよう。本物だと思われたよっ」
「やっぱり、そう見えるんだよ。服装ってすごいね」
二人の声が聞こえてきた。攻輔は物陰に隠れるよう指示し、そこからじっと見守る。
二人はしばらく雑談を続けていた。なかなか「本題」に入ろうとしない。見ているこちらの方がじれったかった。
そのうち日が落ちてきて、夕暮れどきの光が差し始める。それを二人が同時に振り返って見た。戸隠が手摺から離れ、姿勢を正す。
「来たかっ?」
攻輔は思わず身を乗り出した。背中に誰かの体重がかかる。
「……美緒。あのさ」
数回分の深呼吸の間が開いて、ついに戸隠が口を開いた。夕焼けに染まりつつある景色を眺めていた関谷が、ビクッと身を震わせる。彼女も手摺から離れ、戸隠を見上げた。二人、きちんと向かい合う。
「きました、きましたーっ」
「えーっ、マジでマジで!?」
竹井と霧峰が小声で騒ぐ。二人の体重がかかって重い。押しのけようとしたが、ビクともしなかった。
「……あの、僕たち、結婚式挙げてみようって決めたよね」
「う、うん」
「これから受験で益々時間がなくなるし、あんまり二人でいられなくなるからって」
「うん」
「でも、僕、まだ肝心のことを……」
そこで急に戸隠が胸を押さえた。「圭くんっ?」と関谷が声をかける。攻輔も思わず飛び出しそうになった。
「あ、ゴメン。大丈夫。大丈夫だから。あのね、僕、美緒にまだ肝心なことを言ってないんだ。これはちゃんと、言わないといけない」
「……うん」
戸隠だけではない。関谷もどこか覚悟を決めたようにしっかり彼を見つめる。
「美緒」
戸隠がコートのポケットに手を突っ込んだ。それを握り締める。
「結婚しよう」
ゆっくりと、小箱を取り出した。
関谷の目が大きく見開かれる。両手で口元を覆った。目に涙がたまっていく。
「えっと、ほら、少し前にこれいいなって言ってた指輪があったでしょ。ペアみたいになってたやつ。お金が足りなくて、一つしか買えなかったんだけど、これ」
箱の蓋を外す。キラリと銀色の指輪が夕日に反射して輝いた。
「圭くん……」
「……受け取って欲しい」
箱を差し出す戸隠。ところが、関谷がポロポロと涙を零し始めた。気にしていない振りをしながら、密かに二人の様子を見守っていた周囲の人々から、低くどよめきが上がる。
「ど、どうしたの、美緒?」
そっと愛しげに涙を指でぬぐってやる戸隠。しかし関谷は首を振り、腕にかけていたポーチを手にした。蓋を開けて中から――
小箱を取り出した。周囲が再びざわめく。
「美緒?」
「……これ、私も、圭くんに」
涙で声を震わせながら、それでも懸命に蓋を外す関谷。中には戸隠が差し出したものとまったく同じデザインの、しかし一回りほど大きな指輪が入っていた。
「……私も、ちゃんと、圭くんに……指輪、贈りたくて……でも、お金足りなくて、一つだけ……」
「じゃあ、美緒も、僕と同じことを?」
戸隠の目が驚きに見開かれる。
「……私たち、同じこと考えて……」
「同じように、悩んでたんだね……」
互いに差し出された指輪の箱を受け取り、それをじっと見つめる。二人の顔に少しずつ笑みが広がっていき、ともにクスクス笑い出した。
「僕たち、本当に……」
「似てるよねえ」
堪えきれずに笑う。相手の腕に触れて、肩に手を置いて。
「美緒っ」
それから、戸隠が彼女を抱きしめた。周囲から「オーッ」と歓声が上がる。
「圭くん……」
熱っぽい瞳で戸隠を見つめる関谷。
「美緒」
さらに熱い視線で見つめ返す戸隠。
二人の唇が、スッと近づいた。
「おおっ?」
攻輔はとうとう物陰から滑り出た。竹井、霧峰、藤家と続く。そして――
カシャ!
フラッシュが光り、シャッター音が鳴った。ビックリして二人がこちらを振り返る。攻輔たちの横に、大同が立っていた。
「うん、最高の一枚が撮れた。ボクの勘に間違いはなかったね」
親指を立てて見せる。そして立て続けに数枚撮った。二人とも慌てて相手から離れる。大同がチッチッチと指を振った。
「何を今更、恥ずかしがっているのかな。こんな大勢の前でキスシーンをご披露しようとしてたっていうのに」
「いや、それは、その……」
「はいはい、もっと寄ってもっと寄って。くっついて。そうすれば、自然と笑顔になるんだから」
二人を煽りながらも、手だけで指示を出す。レフ版を持った香月が走り、光の具合を調節した。
「そこの人たちもボケッとしてないで。撮影はこれからだよ」
「あ、はい!」
大同に言われ、急いで攻輔たちも撮影の手伝いに戻る。周りから「おめでとう」と声をかけられ、戸隠と関谷は恥ずかしそうに笑った。
二人の笑顔は夕日に染まり、熱く輝いて見えた。
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