Planning 5 公園
連休に入り、校内には人があまりいなくなった。
部活動で登校している生徒も部室や活動場所にいるので、教室が並ぶ校舎内にはほとんど誰もいないといって良い。そんな中、攻輔たちは結婚式・披露宴会場となる一年C組の教室に来ていた。
「さすがに、このままだと華やかさがないね」
「でも、懐かしい感じがするよ」
戸隠と関谷もいる。二人は教室のあちこちを指差して、二人にしかわからないことで笑っていた。
「会場装飾のイメージは仕上がってる。必要なものも大半は揃っているか、鋭意製作中。どうしても買わなければならないものは発注済だ。後は前日と当日の午前中に実際に飾り付けるわけだが、招待客の人たちに手伝ってもらっていいのか?」
藤家が資料片手に尋ねる。コンセントの数と位置を確認していた攻輔は、「ああ」と答えた。
「俺もその辺は聞いてみたんだけど、むしろ手伝いたいって。佐野さんなんか、招待客なのに司会やるっていうんだぞ。その辺り、みんなで手作りって感じにしたいんだろうな。俺たちはそれを快適に回せる環境を整えるのに専念していれば良さそうだ」
「ありがたい話だね。そういえば、司会もそうだけど、友人代表でスピーチというか、二人との思い出話をしてもらう人もやっと決めたそうだ。予想通りとは思うけど、塩原さん。彼女が話をするって」
「なるほど」
一通り確認し終えたところで、竹井が廊下から顔を出した。
「装花係の方たちがお見えになりました」
「ああ、了解」
攻輔は片手を挙げてそれに応じ、出入り口へ向かう。藤家が「俺が行くよ」と引きとめたけれど、「お二人と細かいところを詰めててくれ」と返した。装花といえば園芸部だろう。嘉鳴たちと話すのに、藤家の手をわずらわせることもない。
「お待たせー」
「遅いわよ」
廊下には、嘉鳴と同じ顔をした悪魔が立っていた。
「獅王葉!? 何故!?」
「生徒会として、園芸部の活動を視察しているだけよ」
絢悧が傲然と構える。その後ろから嘉鳴がぴょこんと顔を出した。
「絢悧、どうしてそんな怖い顔してるの? 若王子くん、お待たせ」
「おう、嘉鳴。よろしく頼むふうっ?」
嘉鳴に挨拶をしていただけなのに、絢悧の拳が腹に突き刺さる。
「……何故っ?」
「通行の邪魔。どきなさい」
「口で言えっ」
「ごめんなさい。言語が通じる相手だと思わなかったものだから」
「もうっ、絢悧ってば」
嘉鳴が攻輔に寄り添おうとして、絢悧に腕を引かれる。二人とも教室に入っていった。竹井が急いで駆け寄る。
「大丈夫ですか、オージ先輩っ」
「ああ、いつものことだから」
「いつもって……。オージ先輩、実はそっちの趣味が……」
「竹井、お前変な勘違いしてるだろ」
彼女の額をはたく。「あうっ」とよろめき、竹井は笑った。
室内では藤家と嘉鳴を中心に話が進んでいる。戸隠と関谷はそれを感心した顔で聞いているという状況だ。絢悧は鋭い視線で教室内を見回している。
「あとは音響設備なんだよな。確か待ち合わせが……」
攻輔は携帯電話で時刻を確認した。昨夜、遠藤からメールが来ていたのである。以前、話した知り合いがゴールデンウィーク中なら会っても良いと連絡してきたそうだ。ちょうど会場を下見する予定だったので集合時間を教えたのだが、その時刻には間に合わないからと、もっと遅い時刻を指定してきたのである。
「どうしたんですか?」
竹井がくるんと瞳を回して聞いてきた。攻輔は音響設備の協力者のことを話す。
「なるべく俺一人でいて欲しいって話なんだ。よくわからないだろ?」
「謎めいてますね。もしかしたら、顔を知られるとまずいとかっ」
「いや、たまに休むけど普通に学校来てるらしいから。名前も教えてもらったし。斑鳩っていうそうだ」
「カッコイイ名前ですねっ」
「まあ、歴史はありそうだな」
廊下で二人が話していると、事務員室に行っていた小鳥遊が小走りに戻ってきた。「お待たせしましたー」と手を振っている。もう一方の手にはエコバッグを持っていた。
「エアコンの許可、取れましたよー」
小鳥遊が嬉しそうに報告する。攻輔はホッとした。歩行橋高校には各教室に空調設備が整っているものの、冷房は原則七月にならないと稼動せず、暖房も一二月にならないと入らない。クラブ活動のため、五月ではあるが空調を稼動してもらう申請をしてもらったのだ。
「五月とはいえ、冷房なしでドレスとかスーツとか厳しいですもんね」
「校長先生の許可証、役に立ちましたよー。大窪さんが確認してくださって、許可が下りましたー」
攻輔が渡しておいた契約書を丁寧に返してくれる。ちなみに大窪さんというのはこの学校の事務長だ。
「それから、皆さん喉が渇いたんじゃないかと思って、先生ジュースを買ってきましたよー」
自慢げにエコバッグを広げてみせる。中には缶ジュースが六本入っていた。
「……センセー、見事に波風が立つ本数です」
「えっ? えっ? だって私たちに戸隠くん、関谷さんを合わせて六――」
そこに絢悧たちが教室から出てくる。会場の下見は終わったようだ。小鳥遊が目を丸くして、獅王葉姉妹を見つめる。
「あと二本、買って――」
「ストップ!」
走り出しそうになった小鳥遊を藤家が止めた。彼女を捕まえたまま、攻輔に言う。
「つまり、自動的に俺たちの分がなくなるということだ」
「イエス」
攻輔も頷いた。当然という顔で絢悧が缶ジュースを手に取る。遠慮する嘉鳴にも一本押しつけた。
「あ、私はいいです。喉、渇いてないんで」
竹井がプルプル手を振るので、攻輔はバッグの中からグレープフルーツジュースを取って彼女に放り投げる。「はわっ」と不思議な声を上げて竹井がそれをキャッチした。
「遠慮しないで飲め飲め。世の中にはもうちょっと遠慮した方がいい人間もいるんだから」
「あんたみたいにね」
絢悧が一言つけたし、ゴクゴク喉を鳴らしてジュースを飲む。
「お前だ、お前っ」
攻輔は歯を食い縛り、拳を握り締めた。
「あ、それじゃあ半分こしようよ、圭くん」
そこに、名案とばかり関谷が戸隠に言った。戸隠も「そうしようか」と自分が持っていたジュースをバッグに戻す。関谷がジュースを少し飲んでから、「はい」と彼に手渡した。
「ありがとう」
「どういたしまして」
二人の世界に突入する戸隠と関谷。攻輔は残った一缶を藤家に譲ろうと彼の方を見たが、首まで真っ赤にして「キャーッ」と小声で叫びながら彼の胸をペシペシ叩く小鳥遊を見てしまった。藤家がものすごく困った顔で突っ立っている。絢悧はまったく気にすることなくジュースを飲み続けており、何故か竹井と嘉鳴は頬を染めてそわそわしていた。竹井がこちらをチラチラ見るので、「どうした?」と聞く。
「オッ、オージ先輩は、グレープフルーツジュースお好きですかっ」
随分と緊張した面持ちで言うから、先輩に気を遣うなと言ってやった。
「いいから、お前が飲めって。モリー、それ飲んでいいぞ」
「……いや、俺もいい。オージが飲めよ」
バッグから取り出して放り投げたので、ありがたくいただくことにする。
「それじゃ、次は明日のために衣装の最終チェックをしに行きましょうか」
藤家が二人だけで楽しそうにしている戸隠と関谷に声をかけた。我に返った二人は、たちまち俯いて「すみません」と呟く。
「俺はちょっと残るわ。ここの鍵、返しておくから」
攻輔はそう断って教室に残った。待ち合わせの時刻はとっくに過ぎている。ひとまず中で待ってみることにした。
藤家たちの足音が聞こえなくなったところで、廊下の先から新しい足音が聞こえてきた。ドアが開く。ガリガリにやせ細った少年が姿を現した。肌は白いを通り越して血色が悪く、病的に見える。髪には寝癖がついたままで、目の下に隈ができていた。まとっている空気が何となくどんよりと重い。一瞬、幽霊でも出たのかと思ったほどである。
「……えっと、
「そうだけど」
彼は教室に入るなり、「機材は?」と言った。音響設備のことだろう。攻輔は、まだ軽音楽部の部室に置いてあると告げ、それから携帯電話で撮っておいたそれらの写真を見せた。
「これをね、ここの教室に設置したいわけ」
「…………」
斑鳩が視線を巡らせる。攻輔は先程確認したコンセントの数と位置を教えた。斑鳩はもう一度携帯電話の画面を見て舌打ちする。
「電源が足りない。タコ足にしたら電圧が心もとないから、別の部屋からコード引っ張る必要がある。パソコンに繋ぐの? プロジェクターも使いたいってメールにあったけど? それやるんだったら配線を考えないと。結婚式ならここに絨毯とか敷く? 敷くならテープで止めて上から隠せる。敷かないなら目立たないようにしないと。スピーカーもこれを丸出しってけっこうゴツイよ。音量、このくらいの広さじゃ大きすぎるかもしれないし。板立てて間接にした方が良いんじゃない?」
早口で喋るので、攻輔はところどころついていけなかった。思わず「ストップ」と叫ぶ。
「…………」
「まあ、ジュースでもどうぞ。ぬるくなってるかもしれないけど」
間をもたせるために、机の上に置いておいた缶を差し出した。しかし斑鳩は受け取らない。小さく首を振った。
「あ、いい? じゃあさ、斑鳩くん。この際、うちのクラブに入っちゃいなよ! 今、何のクラブにも所属してないんだろ? うちってこういう機械系に特化した人っていないんだよね。手を貸してくれたら、助かるっ」
握手を求めて笑顔で手を差し出す。だが、斑鳩は一瞥しただけで首を振った。
「あらら、残念。まあ、そういうのもクールだよね」
軽い調子でごまかす。斑鳩がポツリと言った。
「聞いてた以上にメンドクサイ人だね」
「おおう。言われちゃったよ」
「頭悪そうだし」
「率直ですね、斑鳩くん」
攻輔は苦笑する。
「……来なきゃ良かった」
「まあ、そう言わずに。俺は君に会えて嬉しいよ。そういや、どうして手伝ってくれる気になったんだ? 気が向いたらって遠藤くんは言ってたけど」
気になっていたことを尋ねてみると、斑鳩は少し俯いた。
「別に……。獅王葉さんと仲が良いらしいって聞いたから、手伝ってやろうと思っただけだよ」
「獅王葉って、嘉鳴のことか?」
ここにも一人、嘉鳴信者がいたか。そう思ったが、斑鳩は首を横に振った。
「生徒会長の方」
「絢悧っ? そっちですか!?」
まさかの発言に心底驚く。
「いや、俺は仲が良いというより虐げられてるんだけどね。ってか、絢悧のどこが良いのですか?」
参考までに聞いておきたかった。ところが、斑鳩にはその質問の方が意外だったようで、険しい目つきで攻輔を見る。
「獅王葉さんは、いい人だよ」
真正面から言われて、攻輔は言葉を失った。
この前の古賀くんといい、斑鳩くんといい、獅王葉は意外と人気あるなあ。……でも、ミッちゃんは嫌ってるっぽいし、俺は嫌われてるし、何ていうか、俺もあいつの一面しか知らないってことか。
「……クラブには入らないけど、手伝いはしてもいい」
斑鳩がそう告げた。
「おっ、本当に? ありがとう! 大変助かるっ」
今度は両手で握手を求め、また完全に無視された。斑鳩は携帯電話を取り出す。
「番号」
「あ、ああっ。交換しましょう!」
赤外線通信をすると、「今日は帰るよ」と言って斑鳩は去っていった。
携帯電話の画面で交換したばかりの名前を確認し、攻輔はほくそ笑んだ。
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