Planning 4 始動

「なあ、里山。里山って料理部だったよな」

 翌日の昼休み。攻輔は一年から同じクラスの女子生徒、里山さとやま紗依さいに話しかけた。

「ん? 料理部っていうか、料理愛好会だけど」

 彼女は友だちと弁当を食べている。机をくっつけて集まっているクラスメイトたちも攻輔の方を見た。

「ちょっと頼みがある。料理愛好会って、結婚式で出すような料理作れる?」

「ええっ? 無理だよ。うちはそんな本格的なことやってないんだから。もっとゆるーく、まったりやってるんだから」

「そんじゃ、この機会に挑戦してみようっ。きっと面白いぞ」

「はーっ? 無理だって」

「そこを何とかっ」

 攻輔は図書館で借りてきたフランス料理のレシピ本を掲げ、里山にお願いする。彼女よりも、周りの女子たちが興味を示してきた。

「ねえねえ、それってブライダル・クラブ?」

「フランス料理とかやるんだ。本格的ぃ」

 フォークをぷらぷら揺らして騒ぐ。里山は友人たちの冷やかしに恥ずかしくなったらしく、「そういうことは、私じゃなくて部長に言ってよ」と早口に告げた。

「んじゃ、放課後家庭科室に行っていいか? 料理愛好会の部長、ってかこの場合は会長か? ま、とにかく高櫨たかはぜさんだよな。彼女に直接話すから」

「いいんじゃない。……でも、よく知ってたね。高櫨さんが会長だって」

 不思議そうな目をする里山に微笑んでみせ、攻輔は「よっしゃ」とレシピ本を掲げる。「おーっ」と周りから拍手が起こった。

「いやいや、どうもどうも」

 それに手を挙げて応じていると、教室の出入り口から「若王子!」と呼ぶ声がした。クラスメイトが呼んでいる。ドアの側には戸隠がいた。

「どうしたんですか?」

 彼に駆け寄り、廊下に出る。昨日の今日なので嫌な予感が胸を過ぎったが、それは顔に出さないよう気をつけた。

「ちょっと」

 戸隠は手招きして攻輔を窓際に連れ出す。開いた窓から外を眺めながら、「内緒の話があるんだ」と言った。

「内緒、ですか?」

「うん。特に美緒には、絶対に知られないようにして欲しい」

 戸隠の目は真剣そのものだった。攻輔は「わかりました」と答える。その返答を聞いて、彼は深呼吸をした。

「昨日はゴメンね。君たちに迷惑掛けて」

 まず、昨日のことを謝る。「とんでもないです」と返しておいた。戸隠は少し言い訳するようにぼやいてから、「実はね」と話を切り出す。

「結婚指輪のことなんだけど」

「はい。どうされるのか、まだ伺ってませんでしたね」

「もう買ってあるんだ。何十万もするようなものじゃないけど、少し前に美緒と買い物に行ったとき、美緒が欲しいって言ってたやつ。同じデザインのものが二つあってペアリングみたいになってたんだけど、一つしか買うお金がなくてね。彼女の分しかないけど、僕は別にいいから」

 照れたように笑う。

「いいじゃないですかっ。それじゃ、それを結婚式のときに」

「それなんだけど、頼みがあるんだ。結婚式の準備で、外に出る用事を作ってくれないかな」

「外、ですか? どこか行きたいところでも?」

「うん。思い出の場所なんだけど……」

 戸隠は、街中から少し離れたところにある高台の公園の名を告げた。

「あそこですか……。けっこう距離ありますね」

「頼めないかな?」

「何とかします。……そこで指輪を渡すんですね」

「うん。考えてみたら、結婚式をやろうって二人で決めはしたけれど、プロポーズはしてないんだ。やっぱり、そういうのは大切かなって思って。昨日のこともそうだけど、何となくケジメをつけてないのが良くないのかもって思ったんだ」

「おお、いいですねえ」

 攻輔も頬が緩んでしまう。戸隠が顔を近づけてきて、小声で言った。

「絶対に、美緒には内緒にしておいてくれよ。できれば君だけの胸に秘めておいて欲しい。ブライダル・クラブの他の人たちに話したら、何かの拍子で美緒の耳に入ってしまうかもしれないから」

「わかってます! 任せて下さいっ」

 攻輔が真面目な顔で答えると、戸隠は「ありがとう」と言った。

 戸隠と別れた後、攻輔は急いで藤家のクラスに向かった。教室を覗くと、彼は竹井と何か話している。「おーっす」と挨拶して中に入った。

「あっ、それじゃ私はこれで。オージ先輩、失礼しますっ」

 竹井は攻輔の顔を見るなり、ぴょこんと勢いをつけて一礼し、飛び跳ねるように教室を出ていった。攻輔はそれをとりあえず見送り、すぐ藤家に向き直る。

「モリー! いいこと思いついたぞ。衣装合わせも兼ねて、記念写真の前撮りをしようぜ。それもどこか、戸隠さんたちの思い出の場所で。これってけっこう盛り上がるんじゃないか?」

「…………」

 勢い込んで言った。すぐに返事が返ってくると思いきや、藤家は不気味なものでも見るような目つきで攻輔を凝視している。「どした?」と聞くと、「いや」と頭を振り、「まあ、いいか」と呟いた。

「何だよ、気持ち悪いな」

「それはこっちの台詞だ。しかし、衣装合わせと記念撮影のメインは大同たち写真部と霧峰だからな。あいつらに話を通しておこう。遠出することになるなら、ゴールデンウィークの間になるな」

「オッケー、それでいこう」

 攻輔は手を打ち合わせる。満足そうな彼に、藤家が「何か隠してないか?」と言った。ドキリとしたが、素早く「何でだ?」と逆に聞き返すことでかわす。藤家は「いや」とだけ言った。

「あ、そうだ。今日、料理愛好会と話をしてくる。上手くいけば披露宴の料理を頼めるかもしれないぞ」

 攻輔は話題を変える。

「ひょっとしたら、ケーキも頼めるかもな。メニューを戸隠さんたちと打ち合わせないといけなくなるか。ま、それは追い追い」

「あ、ああ。そうだな……」

 良い案だと思っていたのだが、藤家の反応は鈍かった。今度は攻輔が「どうした?」と問う番になる。藤家も攻輔の質問には答えず、「良い案だと思うよ」と言った。何だかしっくりこなかったが、隠しごとをしているのはお互い様なので、その場はそれで終わりにして、攻輔は自分の教室に戻る。

「お、嘉鳴……」

 廊下の途中で嘉鳴を見かけた。彼女は男子生徒と何か話している。いや、男子生徒の方が熱心に彼女に話しかけ、嘉鳴は困った顔をしてそれを聞いているという構図だ。攻輔は少し離れたところから様子を伺う。男子生徒が彼女に頼みごとをしているようだ。何度も頭を下げ、手を合わせている。攻輔は、危ないなと感じた。

 あの調子だと、断りきれないだろうなあ。嘉鳴は押しに弱いからなあ。

 先日、自分も似たような手段で彼女を口説き落としたので、よくわかる。

 あー、あと五分ってところかな。昼休みが終わるまで逃げ切れそうにないなあ。

 攻輔は嘉鳴の下へ歩き出した。彼女自身の問題なので、本来なら自分が口を挟むことではない。ただ、今はこちらも嘉鳴の、園芸部の力が必要なのだ。嘉鳴が身動き取りにくくなるような頼みごとをされると、こちらにも累が及ぶ。

「おいーっす、嘉鳴」

「あっ」

 攻輔が声をかけると、嘉鳴は心底ホッとした顔になった。反対に男子生徒の方はギョッとして一歩下がる。攻輔は彼を見て、それから嘉鳴に目を移した。

「取り込み中だった?」

 白々しいと思いながらも、そう尋ねる。嘉鳴が男子生徒の方を見た。

「遠藤くんが、私に映画に出て欲しいって言ってきて……」

「映画っ? それはすごいな」

「すごくないよおっ」

 嘉鳴はプルプル首を振る。

「文化祭の上演作品のために、主演女優を探しているところなんだ」

 男子生徒――遠藤というのだろう――が、明らかに警戒している目で言った。攻輔は思考を巡らせる。

「はいはいはい。映画研究同好会ね。会長の、遠藤光照くん?」

「……あ、ああ」

 初対面の人間にフルネームで名前を呼ばれたので、さすがに驚いたようだ。警戒に困惑の色が混ざった相手に、攻輔はススッと近寄る。

「おやおや、近頃大して活動してなかったのに、どうしたのかな? 去年は自主制作映画なんて作ってなかっただろ? 会員も三人くらいしかいないのに」

 全て生徒会で調べた情報だ。会員については昨年度のものだが、一年生が入っていたとしてもそれほど人数は変わるまい。

「な、何でそんなことまで知ってるんだよ!」

 遠藤は、攻輔の発言に完全に動揺した。更に詰め寄る。ここからはただの憶測だが、正常な判断ができなくなっている相手を揺さぶるには充分だ。

「あれあれー? もしかして欲張っちゃった? 欲張っちゃった? ブライダル・クラブのポスター見て欲が出ちゃった? 嘉鳴を拝み倒して自主制作の映画に出てもらえれば、会の活動が盛り上がって新入会員を見込めるかもしれないし、けっこう長いこと嘉鳴とも一緒にいられるし、しかも撮影したときの画像なんかを売ったらかなりの高値で取引されて会費を稼げるし、うわお、一石、何鳥だ? 三鳥? とにかくそのくらい美味しいから、映研のために頑張っちゃいましたか? 頑張っちゃいましたか? 遠藤くん」

 一気に畳み掛ける。遠藤の顔色がみるみる悪くなっていき、額にびっしり汗をかいた。予想以上に的中したらしい。

「へ、変なこと言うなよ! これは、純粋に映研のことを思っての行動だ! べ、別に下心なんてないぞ!」

 ところが遠藤は抵抗を試みてきた。攻輔はあえてそっぽを向く。

「えー、本当かなあ……」

「本当だよ! 映研の活動が盛り上がれば、俺はそれでいいんだっ。それだけだよ! 獅王葉さんが最近校内で有名だから、彼女に手伝ってもらったら宣伝効果が大きいと思ったんだ。下心なんてない!」

「素晴らしい!」

 攻輔は真面目な顔になって手を叩いた。遠藤がポカンとする。嘉鳴もキョトンとしている。

「さすがだよ、遠藤くん。君の映研にかける熱い思い。俺の心にも突き刺さったよ」

「……あ、そう。それならいいんだけど」

 遠藤が「助かった」という表情で笑った。すかさず彼の肩を掴む。

「えっ……」

 遠藤の笑顔が引きつった。今度は攻輔が満面の笑顔で告げる。

「そんな君の手伝いを、俺にもさせてくれないか」

「えっ? 手伝い? えっ?」

 混乱しつつある彼に、攻輔は用意しておいた言葉を言い放った。

「君たち映研に、やってもらいたいことがあるんだ」

「…………」

 遠藤の目が見開かれる。その奥に「まさか」という光が宿った。

「申し遅れました。私、ブライダル・クラブ代表の、若王子と申します」

「お前かーっ……」

 よろめき、それから観念したように、遠藤は項垂れた。


 あんなに簡単に映研と話をつけることができたのは、運が良かったなあ。嘉鳴に感謝しないと。

 放課後、攻輔は家庭科室に向かった。料理愛好会の会長、高櫨たかはぜ美津子みつこと話をするためである。廊下の突き当たりにある家庭科室のドアの前で、一応、身だしなみを整えた。深呼吸をしてドアをノックする。

「はーい」

 中から声がした。「失礼しまーす」とドアを開け、室内に充満する甘い匂いに思わず立ち止まる。

「あー、早く入って入って。ドア閉めて閉めて」

 急かされ、反射的に従ってドアを閉めた。部屋の中を見回すと、十数人の女子生徒が部屋の奥にある背の高いオーブンに群がっている。その中の一人が鍋つかみをはめた手でドアを開き、中から一枚のプレートを取り出した。「きゃーっ♪」と歓声が上がる。

「いい感じじゃん! バニラの香り、すごいっ」

「早く食べよ、食べよー」

「そっちに置くから、通して通してっ」

 わいわい騒いでいる彼女たちの手元を、首を伸ばして覗き込む。クッキーだ。焼き立てのクッキーを前にして盛り上がっているらしい。

「はい、会長っ。第一号ですよ」

 女子生徒たちと離れて、一人雑誌を読んでいた少女にクッキーを盛った皿が運ばれる。彼女は「うむ」と一枚摘み、口の中に放り込んだ。

「あ、美味しい美味しい」

「やった! みんな、食べようっ」

 わらわらと席につく女子生徒たち。攻輔は完全に放置されていた。

「ええと、失礼しますよ?」

 現状を打開すべく、彼女たちのいる空間へと足を踏み入れる。皆が一斉に振り返った。

「…………」

「あの、ブライダル・クラブのものですが。会長さんにお話があって……」

 それまで楽しそうに喋っていた生徒たちが、黙ってこちらを凝視している。何だか怖い。よくわからない威圧感が凄まじい。

「やだーっ、人来てるし! ハズいよ、もうっ」

「あたし、めっちゃはしゃいでた。見た? 見た? 忘れてー」

「もう、そんなとこに幽霊みたいに立ってないでよー。キモいよ。って、それは言いすぎ?」

「言いすぎ、言いすぎ。可哀想じゃーん」

 かと思いきや、唐突にハイテンションなお喋りが再開された。部屋の入り口付近で突っ立ったままの攻輔を一頻りネタにして喋り、それから「クッキー食べる?」と聞く。勢いに呑まれて一枚いただくことになった。

「いただきます」

 サクッと軽い食感。この甘い匂いはバニラらしい。焼き立てが温かく、香ばしい風味が鼻をくすぐった。

「どう? どう?」

「自信作よ、自信作」

「美味しいよね? っていうか、美味しいって言えっ」

 期待に満ち満ちた瞳で迫られる。攻輔は圧倒されながらも、素直に答えた。

「美味しいです。本当に。香ばしくって」

「いやったー!!」

 少女たちがハイタッチをしてキャアキャア騒ぐ。

「ところで、誰? 何の用?」

 仲間と笑い合いながら、彼女たちはこれまた唐突に聞いてきた。攻輔は我に返る。

「そうだよっ、俺は――」

「あ、そうそう。若王子くん来るんだった。忘れてたーっ」

 攻輔の言葉を遮って、一人の少女が叫んだ。里山である。周りの女子に何か言われて、また笑いが起きた。里山は「高櫨さーん」と雑誌をのんびり読んでいる少女に声をかける。肩の辺りで髪をシャギーにした、目の細い娘だ。里山の声に「んー?」と気のない返事をする。

「若王子くん、あの人あの人っ」

 里山が指を指すので、自分で行けということなのだろうと解釈した。攻輔は少女たちの輪から抜け出し、高櫨の下へと歩み寄る。

「ちょっといいですか。俺――」

「ブライダル・クラブでしょー。知ってるよん。このところ、うちでもその話題ばっかりだから」

 またもや台詞を遮られた。知っているなら話が早いと、肯定的に受け止める。

「実はご協力いただきたいことがありまして」

「何ーっ?」

 高櫨はようやく雑誌を閉じた。攻輔の方をチラリと見る。

「料理愛好会で、披露宴の料理を作って欲しいなって思いましてね」

 持参したフランス料理のレシピ本を差し出した。高櫨はそれを無造作に受け取り、表紙をまじまじと見つめる。

「どうっすか? これを機会に、挑戦してみるっていうのは」

「…………」

 高櫨の表情は読み難かった。細い目の奥で何を考えているのか、彼女は表紙をじっくり見た後、それを開き、パラパラと頁を繰っていく。そして途中で止めてパタンと閉じた。攻輔を見やる。

「…………」

 ごくり。息を飲んだ。

「って、そんなマジ顔されてもムリー!」

 アハハハハハハハ。高櫨が大声で笑い出す。それにつられたのか、他の女子もドッと笑い出した。部屋中大爆笑である。

「ちょっと、フランス料理って、一介の高校生に何を求めるかなあ。こんなのレシピ持ってこられても作れるわけないって。フランベ? 知ってる? ワインとか振りかけて、火をつけるんだよ。アルコール分飛ばすために。危ないって。怪我するって。人一人殺せるから、この本」

「いや、料理の本だぞっ。殺せるわけないだろ」

 攻輔は反論した。

「死ぬ死ぬ、死んじゃうっ。うちのレベルの低さをわかってないから。うちはクッキーとかパイとか甘いもの専門でやってるの。包丁持ったことない子もいるから」

「料理愛好会だろっ」

「そうだよー。私、料理大好きっ。フランス料理も大好きっ。でも、食べるの専門」

 また爆笑が起きる。攻輔は頭を抱えた。

「……予想外だった」

「まあまあ、そんなに落ち込まなくてもさ、料理なんてケータリングとかあるじゃない。そっちの方が美味しくて安くつくわよ。何でまた、私たちに頼もうなんて思ったかなあ。イマドキの女子高生をなめてもらっちゃ困るわあ」

 高櫨がゆるゆると首を横に振る。攻輔はガリガリと頭をかいた。

「ったく、獅王葉みたいなこと言うなよ。しかし、参ったなあ。計画が――」

「ちょっと」

 不意に笑い声が消える。シンと静まった室内に、高櫨の声が響いた。

「今の、どういう意味?」

 先程とはうって変わって鋭い口調で、高櫨が攻輔を見上げる。細い目の奥に宿る炎が見えたような気がした。攻輔は左右に目を向ける。クッキーを食べていた女子たちが、ヒソヒソ囁き合っていた。

「いや、どういう意味って……」

「獅王葉って、獅王葉絢悧のことだよねえ?」

「ああ、そうだけど」

「あいつが何か言ったわけ?」

「何かって、単に高校生に結婚式なんか無理だって――」

「あいつがそう言ったの?」

「ああ。……高櫨さん? どうかしましたか?」

 高櫨は天井を見上げる。しばらくそうしていたかと思うと、急に立ち上がった。

「えっと、名前何だっけ?」

 攻輔を見て言うので、慌てて名乗る。

「若王子だ。ブライダル・クラブ代表、若王子」

「ワコウジ? 呼びにくいなあ。下の名前は?」

「下? 攻輔だけど」

「コースケ。いいわね、コースケにするわ。コースケ、料理愛好会の会長、高櫨美津子よ。フランス料理は作れないけど、私たち料理愛好会は、ブライダル・クラブに全面協力してあげる」

「えっ? いいのか? さっきは無理だって――」

「フランス料理はムリって言ったの。披露宴の料理はフランス料理って限らないから。何とかするわ。新郎新婦さんと話し合わないといけないね。スケジュールは? どうなってる?」

「お、おう。だったら、今から部室に来るか? そっちで打ち合わせの真っ最中のはずだから」

「いいわよ。ちなみに予算は幾らくらいかな? うちってお金ないんだけど、材料費とかどうなるのかしらん?」

 話がトントン拍子に進んだと思いきや、痛いところを突かれた。しかし、ここでいい加減な返事はできない。

「うちは、いつもニコニコ現金後払いだ!」

 情けないことを、堂々と偉そうに言ってみた。

「……えっと、それはつまり、自分たちで金を出して、後で請求しろってこと?」

「領収書必須で! 内訳もきちんとよろしくっ」

「……私たちは、協力してあげてる身だよね?」

「それは本当にありがとう。感謝します」

「んー?」

 高櫨は顎に指を当てて考える素振りを見せたが、すぐにフッと微笑んだ。

「コースケって、得なキャラしてるよね」

「ミッちゃんとは仲良くやっていけそうだ」

 手を差し出す。高櫨は攻輔の顔をとっくりと見つめた後、

「まあ、いいでしょう」

 握手に応じた。周囲がワアッと騒ぎ出す。

「というわけで、やっちゃうよ、みんなーっ。料理愛好会は、今日から料理もするからねー。ちゃんと手を洗うようにーっ」

 笑い声とともに「はーい」と陽気な返事が返ってきた。

「絆創膏を忘れないようにーっ」

「はーい」

「っていうか、救急箱を用意するようにーっ」

「はーい」

「遺書、書いとくようにーっ」

「はーい」

 ……どんだけなんだ、おい。

 姦しく盛り上がる料理愛好会の面々を見回し、攻輔は唖然としてしまった。

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