Planning 3 要請

 コンコン。ドアをノックする音がした。藤家が「はい」と答える。

「失礼します。ここ、ブライダル・クラブだよね?」

 ドアを開けて入ってきたのは、一組の男女だった。面長の少年と、頬の辺りが少しぽっちゃりした、優しそうな雰囲気の少女である。攻輔は素早く姿勢を正し「どうぞ」と二人に椅子を勧めた。

「えっと、結婚式を挙げてくれるって……」

 少年の方が切り出す。攻輔は自信を持って「はい」と返事をした。この一週間で体に染みついた説明の台詞を繰り出そうとパンフレットを二人の目の前に広げる。

「あのっ、私たちの式を挙げて欲しいんです。なるべく早く」

 少女が身を乗り出して言った。攻輔と藤家は「おっ」と目を見合わせる。今までの相手とはどこか違うようだと感じたのだ。

「なるべく早くといいますと……。あ、申し遅れました、私、ブライダル・クラブ代表の若王子と申します。よろしければお名前を」

「あ、ごめんなさい。関谷せきたにです」

戸隠とがくしです。僕も美緒みおも、彼女のことだけど、三年生なんだ。それで、今年はいよいよ受験が本格化するだろ? というか、もうしてるんだけど」

 戸隠と名乗った少年の方が、彼女に代わって話し出す。

「実は、志望校も学部も違ってて、それで受験体制が強化されていったら、学校でも会う機会が減ってしまうねって話してたんだ」

「今までは、ほとんど毎日一緒にいたから……」

 そう言って関谷が戸隠を見た。戸隠も彼女を見て笑い合う。

「何だか寂しくなるねって。このまますれ違ってばかりになったらイヤだねって話していたら、結婚式の予習をするって話を聞いて、僕は最初、何の冗談かと思ったんだけど」

「私が圭くんに話したのっ。式を挙げようって」

 関谷が戸隠にもたれかかった。また二人で笑い合う。

「ええと、説明は――」

「聞きました! えっと、あの子が説明してくれたよ。私のこと覚えてない?」

 関谷はお茶を淹れていた竹井を指差した。彼女は一生懸命考える顔になり、それから申し訳なさそうに「すみません」と呟く。

「ちょっと、人が多かったもので」

「だよねー。私のときも他に五人くらいいたから。しょうがないよ」

 攻輔がフォローすると、関谷は軽く手を振って頷いた。

「それで、二人で話し合ったんだけど、式も披露宴もなるべく控えめな感じにしたいんだ。招待する人も友だちを何人か呼ぶだけで、一○人くらいのプライベート感覚なやつにしようって」

 戸隠がパンフレットを捲る。手作りウェディングの頁で手を止めた。

「イメージとしてはこういう感じかな。式も、僕たち無宗教だから人前式で、そのまま披露宴というかちょっとしたホームパーティーみたいにするのが良いねって。みんなで楽しく話す感じ」

「あんまり堅苦しくなくやりたいんだ」

 関谷が戸隠の腕に自分のそれを絡みつける。いつの間にか瞳が潤んでいた。攻輔は努めて冷静に話をまとめる。

「なるほど。ご希望としましては、人前式で少人数のホームパーティースタイルにしたいということですね。それから、日取りはなるべく早い方が良いと」

「そういうこと」

 二人が頷いた。藤家が卓上カレンダーを滑らせて攻輔の前に出す。

「でしたら、今が四月の半ばなので……」

 通常なら、どんなに急いでも二ヶ月はかかるものだ。六月までカレンダーをめくろうとして、そこで手を止める。それでは時間がかかりすぎではないかと思ったのだ。

 ……五月中に。いや、待てよ。

「戸隠さま、関谷さま、ゴールデンウィークのご予定は?」

「ゴールデンウィーク? 僕は特に……模試、あったっけ?」

「ううん、ないよ。ね、代表さん、『さま』づけはいいよ、硬すぎるから」

「そうですか。それでは戸隠さん、関谷さん、ゴールデンウィークは今のところ空いているということで?」

「受験生だから、勉強するのが当たり前なんだろうけど……」

「映画くらいは行きたいねって話はしてたよ」

「そうだっけ?」

「そうだよぅ。もうっ」

 二人がじゃれ合う。藤家が攻輔に目で尋ねた。ニヤリと笑ってみせる。

「でしたら、思い切ってゴールデンウィーク中に準備をして、ゴールデンウィーク明けすぐの日曜日に式を執り行うというのはどうでしょう」

「何だって!?」

 一番に叫んだのは藤家だった。戸隠と関谷の目が点になる。

「なるべく早くとのご希望ですので、こちらも全力でお答えしたいと存じます。それに今回は少人数のホームパーティー感覚ということですので、充分可能かと」

「それは、構わないけど。……大丈夫かい?」

 戸隠が藤家の方を心配そうに見た。攻輔は「大丈夫です」と力強く請け負う。藤家も黙って一礼した。

「じゃあ、それで決めます! えっと、何日だっけ? みんなに連絡しないと」

 関谷が手帳を取り出して日にちを書き込む。

「それじゃ、よろしくお願いします」

 戸隠が頭を下げた。

「こちらこそ、よろしくお願い致します」

 攻輔と藤家、それに竹井と小鳥遊も深々とお辞儀をする。

「それでは、早速ですが……」

 藤家が二人を促した。

「人前式の一般的な流れはこういったものになりますね。特に誓いの言葉が大切になるのではないでしょうか。婚姻届は無理なので、結婚証明書のようなものを作られるのも良いかもしれませんね」

 結婚式・披露宴のプログラムを検討し始める。攻輔はおおまかに今後の展開を考えてみた。時間は限られている。一分一秒も無駄にはできない。

 ……ちょっと思い切り過ぎたかなあ。

 自分で言っておきながら、すでに不安を抱きつつあった。ゴールデンウィークで学校が休みとはいえ、半月ほどの期間で全ての準備を整えるというのは、攻輔たちだけでなく戸隠と関谷にとっても負担が大きい。なるべくスムーズにことを運ばなければならず、そのためには事前の計画が大切だった。紙にあれこれと書き記し、矢印で繋いだり、丸で囲ったりしながら考えを詰めていく。

「人が足りなくなると思います」

 竹井が側に来てちょこんと屈み、そっと囁いた。攻輔は視線だけで続きを促す。

「私たちだけだと、絶対に人手が足りませんよ。当日はお食事会みたいなこともするんですよね? だったら料理を作る人も運ぶ人もいりますから」

「それは俺も考えてたんだ。で、思いついたことはある。明日以降、駆け回ってみるわ。俺の考えとしては、全体の総括と記録をモリーに任せて、俺が渉外担当。竹井には細かい雑用や現場監督みたいなことを頼むと思う」

「了解ですっ」

 ピシッと竹井が敬礼した。

「先生は、何をすればいいですかぁ?」

 小鳥遊まで近づいてきて、竹井にくっついて屈む。まだココアのカップを大事そうに両手で持っていた。ヒソヒソ声でやり取りする。

「小鳥遊センセーは……モリーの補佐ってことで」

「何ですか、今の間はっ。先生、役に立ってますよ。役に立ってますからっ。いらない子じゃないですからっ」

「そんなこと言ってませんって。センセーは、ほら、顧問ですから、いざというときのためにドーンと構えていて下さいよっ」

 涙目になりそうな顧問を宥め、攻輔は再び考えに没頭した。不意に校長の言葉を思い出す。自分には活動報告と会計報告の義務があるのだ。特に会計報告は死活問題である。すでにポスター作りで攻輔の財布は空同然だった。先立つものも用意しておかなければならない。

 やっぱ、校長先生曲者だなあ。報告をきちんとしないと金を出さないってことになったら、報告のことを考えて記録を取るようになるし、無駄な出費を抑えるために計画を立てるようになる。遡って考えるよう、自然に仕向けられてるなあ……。ちょっと待てよ?

「それでは、早速明日から忙しくなると思いますが、お願い致します」

 藤家が話をまとめ終えた。戸隠と関谷が礼を言って部屋を出ていく。竹井が急いでドアを開け、攻輔たちは立ち上がって最敬礼で見送った。

「けっこう忙しくなるぞ」

 二人の足音が聞こえなくなってから、攻輔たちはテーブルを囲んで顔をつき合わせた。まず藤家が一通りのプログラムと演出の希望を書きとめた用紙を見せる。

「会場は一年のときの教室かあ。一年C組? あ、俺らと同じだ」

「会場の間取りはすぐにわかるから助かるけど、あのままじゃ殺風景だから、結婚式用に飾り付けないといけない」

「テーブルや椅子も教室のだと雰囲気出ないと思います」

「それから、かなりの量の花が必要になると思う」

 一つ一つ確認していくと、予想外の労力と資材を要求されることがわかった。攻輔は身震いする。しかしそれは、恐れや不安のためではない。むしろ歓喜のそれだった。身の内から湧き上がる興奮を抑えきれない。

「いよしっ、面白くなってきたぞ! あ、そうだ、モリー」

「うん?」

 藤家がこちらを向いた。

「普通、結婚式って幾らくらいかかるものなんだっけ? 本に載ってたよな?」

「ああ。ざっと四○○万円かからないくらいだな。あくまで平均的な話だけど」

「……そっか、そうだよな。なるほどね」

 一人頷く攻輔に、藤家が眉を顰める。

「どうした、急に?」

「いやいや。それじゃあ皆さん、ブライダル・クラブの初活動です。気合い入れていきましょう!」

 攻輔の言葉に、四人は各々気合を込めた返事を返した。

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