Planning 2 準備

「いいよいいよー、友哉ともや可愛いよー。ほら、もっと哀れみを誘うような目でっ。ボクのことを冷徹なご主人様だと思って! 必死にすがりついてっ」

大同だいどうさん、もうやめようよお……。こんなの、ヒドイよお……」

「そう、それっ! その涙目いただき! いいよ、友哉、今のアンタ、神がかって可愛いよ! 最高!」

「大同さーん……」

 フラッシュとシャッター音が断続的に響き、それに男女の声が被さる。攻輔は開けたドアをそのまま閉めようかと思った。

 この学校には、こんなに変人ばかりいたのか? 通い始めて一年経ってるけど、まだまだ知らないことだらけなんだなあ……。

 新事実に思いを馳せながら、写真部の部室に入る。足音が聞こえたのだろう、仕切り板で区切られたスペースから声がかけられた。

「どちら様ですかー?」

「すみません、写真撮影を頼みたいんですけど」

「え? あ、ちょっと待って」

 攻輔の返答に、仕切り板の向こう側からハスキーな声が上がる。「友哉」に対し、奇妙な要求を課していた方の声だ。少しして、肩に一眼レフカメラを掛けた背の高い少女が出てくる。「お待たせ」とハスキーボイスで言った。

「どうも。今度新しく部を作ることになったんで、ポスターの写真を撮ってもらいたくて。あ、俺、二年の若王子です」

「ボクも二年生だよ。写真部部長の大同」

 声だけでなく喋り方も男っぽかった。私服なのだろうか、真っ白なワイシャツに紺のスラックスという服装が非常に似合っている。髪形も短髪なので一見して少年と見間違えそうだ。

「ポスター? どんなの? モデルは君?」

 さばさばした調子で尋ねてくる。攻輔は「いや」と首を振った。

「モデルは今、衣装の準備をしているところ」

「そう。で、何の部なの? どんなポスター撮りたいわけ?」

「ブライダル・クラブっていって、結婚式の予習をするクラブなんだ。今から嘉鳴を連れてくるから、ウェディングドレス姿の彼女を撮ってくれ。こう、結婚式って感じの純白なイメージで。ピンクとか入った方が良いのかな?」

 少し思案しながら言う。大同の方を見ると、彼女の目の色が変わっていた。急にズイッと迫ってくる。

「嘉鳴って、獅王葉嘉鳴!? あの双子の性格の良い方?」

 うわー、嘉鳴ってやっぱ有名だなあ。ってか、性格良い方って絢悧は悪いほうか。まあ、納得だけど。

 攻輔がそんな感想を抱いていると、待ちきれないのか大同が肩を掴んだ。

「なあっ、そうなのか!?」

「そ、そうだけど、どうかした?」

「本当に!? ヤッター! 友哉っ、獅王葉嘉鳴をモデルに写真が撮れるって!」

 諸手を挙げ、大同が仕切り板の向こうに跳んでいく。仕切り板が大きくずれて、中が少し見えた。

「キャッ。大同さん!」

 そこには、メイド服を肩まではだけさせた美少女が――いや、美少年がいた。そして、その少年の顔に攻輔は見覚えがあった。

香月かづき!?」

 同じクラスの香月かづき友哉ともやである。口紅を塗りアイシャドウも差しているものの、彼に間違いなかった。香月はメイド服を着崩し、肩を露出させた格好で立っている。

「えっ? わああっ、若王子くん! って、大同さん、仕切りが、仕切りがっ」

 慌てて仕切り板を元に戻そうとするメイド服少年、香月。攻輔は素早く飛び出し、仕切り板を掴んで引き開けた。大同が目を丸くしている。

「香月! お前、そういう趣味があったのか?」

「み、見られたっ。とうとう見られたっ、クラスメイトに……」

 肌を露にした両肩を抱き、少年がその場にへたり込む。「見ないでっ」とまだ声変わりしていないのかと思ってしまうくらい高い声で叫んだ。

「……いや、何とコメントしていいものか」

「だから、見ないでっ。見ないでよおっ。若王子くん、出ていってぇ……」

 必死に自分の姿を隠そうとする香月。そして、その様を見て、

「友哉! それだよ、それっ。その顔が欲しかったんだよ!」

 大同が再びカメラのシャッターをバシバシ切り始めた。嫌がる香月を四方八方から撮りまくる。恥辱に震える姿を興奮した面持ちで捉えていった。

「いい、いいよ友哉っ。もっと恨めしそうな目でボクを見て! 屈辱に悶える様をもっと!」

「やめてやめて大同さんっ。こんなの、こんなのヒドイよお……」

「…………」

 二人のやり取りに、攻輔は脱力していくのを感じた。

 おかしいな。ポスターの写真撮るの頼みに来ただけのはずなのに、何で俺、こんなに疲れてるんだろう……。

「入るわよ」

 突然、ノックもなしにドアが開けられ、絢悧の声がした。ギョッとして振り向くと、背後に嘉鳴を従えた絢悧が一直線に攻輔へと向かってくる。何か言おうとする前に、彼女の右手が彼の喉元を掴んだ。

「ねえ、若王子。あんた、嘉鳴に何やらせてんのよ。何やらせてんのよ。死にたいの? そんなに死にたいの? いいわよ、今すぐ社会的に抹殺してあげる」

「……その前に……俺の、息の……根が止まり……ます」

 懸命に相手の腕を叩いてギブアップの意思表示をするのだが、まったく力がゆるまない。全てを凍結させるような絢悧の視線に、本気で人生の終わりを予感した。

「絢悧っ」

 意識が遠のきかけたとき、嘉鳴が助けに入った。やっと絢悧の力がゆるみ、攻輔はむせ返りながら屈み込む。嘉鳴が背中を撫でてくれた。

「もうっ、絢悧は乱暴なんだから」

「嘉鳴が甘いのよ。こういう男は躾が肝心なの。ちょっとでも甘やかすとつけ上がるから。ほら、さっさと立ちなさい」

「……お前、本当に、覚えてろよ」

 息を整えつつ立ち上がる。

「それで、どういうつもりかしら。嘉鳴をあんたのところのポスターのモデルにするんですって? 誰の許可を得て言ってるの?」

「う、うっせえ。こっちは校長先生の後ろ盾があるんだからなっ」

 攻輔は水戸黄門の印籠よろしく、制服の内ポケットから昨日貰った契約書を引っ張り出した。広げて絢悧の顔の前に突きつける。

「どうだ、この野郎!」

「ちょっと近いわよ」

 絢悧はそれを指先でピッと摘み取り、文面に目を通した。「ふーん」と鼻を鳴らす。

「絢悧、モデルの件は私も承諾してるから。……霧峰さんは怖かったけど」

 嘉鳴が援護するように言った。攻輔は「そういえば」と霧峰のことを尋ねる。嘉鳴の代わりに絢悧が答えた。

「あいつは、さすがの私も調教に時間がかかるわね。制服が汚れるところだったし」

「……何か、想像できるから怖いな」

 攻輔は首を振る。絢悧が人を射殺せそうな目で睨んできた。

「そんなところに嘉鳴を放り込んだ奴は誰だっけ?」

「絢悧っ、それはもういいから」

 嘉鳴が妹の肩を抱いて訴える。絢悧は一つ息をついて、衣装の件を話した。

「採寸は私がしたわ。ドレスも私が選んだから。今は霧峰にそれを嘉鳴のサイズに仕立て直させてるところよ。まあ、ほとんどピッタリだったから細かい部分の調整だけね。一時間もすれば出来上がるんじゃない?」

「お待たせーっ! さあ、早く着替えましょう!」

 絢悧の話が終わるや否や、霧峰が件のウェディングドレスを抱えて室内に飛び込んできた。勢いのまま嘉鳴に飛びつこうとして、絢悧にラリアットを食らう。吹っ飛ぶ彼女の顔には、恍惚とした笑みがあった。

「じゃ、始めようか。友哉、メイクお願い」

 それまでことの成り行きを眺めていた大同が、メイド服の上から薄手のコートを羽織った香月を呼ぶ。嘉鳴が今更ながらに「香月くんっ?」と驚いた声を上げた。

「……こんにちは」

 恥ずかしそうに俯く彼は、化粧道具を揃えたカートを押している。攻輔の視線に気づいたのだろう。大同が言った。

「友哉のメイクアップ技術はその辺の女子高生なんて目じゃないよ。プロ顔負けの腕前だから、任せておいて」

「あ、ああ。……香月、お前って本当に――」

「言わないでっ。お願いだから何も言わないで、若王子くんっ」

 ギュッと目を瞑って叫ぶ彼を見て、攻輔はそれ以上何も言えなくなった。

 その後の写真撮影は非常にスムーズに進んだ。

 霧峰に目隠しをして照明器具のコードで縛り上げると、絢悧が手伝って嘉鳴にウェディングドレスを着せた。香月は慣れた手つきで化粧道具を操り、嘉鳴にメイクを施していった。華やかでありながら清潔感のある仕上がりには絢悧も唸ったほどである。

 それからセットを準備する。背景はPCを使って加工することにして、青バックの前に嘉鳴を立たせ照明の角度を調節すると、香月が最後の仕上げを施し、霧峰が絢悧の監視の下、ドレスの広がり具合などを整えた。それから大同が撮影を始める。「美人は絵になるから良いよね」と霧峰に近い発言をしながら何枚も撮っていった。嘉鳴に声をかけ、次々にポーズを変えさせる。最後にはドレスのままセットの中を走り回らせた。

「よーし、良い絵が撮れた。お疲れさまー」

 撮影が終了したとき、時刻は午後八時を回っていた。

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